ギルド戦
***ギルド戦***
わたしの高校時代の学友「N村」は、カシスオレンジを飲み干すと突拍子もないことを言った。
「俺が本当の俺なのかどうか、分からなくなってる」
急に呼び出しておいてなんなのか。
わたしの携帯のアドレス帳に書きこまれている友人なんて一桁だ。
こいつがN村でなければ誰だというのだ。
「とにかく、俺の話を聞いてくれよ」
彼は理工系の大学に進学したさい、大学指定で高価なノートパソコンを購入させられたそうだ。
古今、学校からの指定は高い割にしょぼい機種をよこされるのがつねだったが、N村の買わされたパソコンは「それなり」のスペックだったらしい。
とはいえ、レポートや論文を作るくらいにしか使用されないのだから、無駄の極みだ。
とうぜん、同じ学部の連中はみんな、同様のPCを持っている。
前年度や前前年度も同じようなものを買わせたらしく、先輩たちはオーバースペックを生かそうと、ゲームサークルを立ち上げていた。
今ではe-sportsは世間への認知度が高く、タイトルも多い。中学校にすらゲーム部が存在するらしいが、当時では非常に稀な話だった。
だが、この時代のノートパソコンのCPUの処理能力は知れていたし、ディスプレイの性能も低く、ゴースト(残像)が出てしまうことも珍しくない。
高スペックを要求されるものだけが良質なゲーム体験ではないとはいえ、「ノートでゲーム」と言えば鼻で嗤われた時代も長かった。
N村もサークルに参加した。性格の陰陽を問わずに興味のそそる内容だったため、幽霊部員を含めると学部内の男子のほとんどが籍を置いていたという。
ただ、活動自体はタイトルごとに分かれていたり、ガチ勢やカジュアル勢でべつべつに行動したりで、実質的には複数のサークルが乱立しているようなものだったという。
「俺が参加したのは、あるMMORPGのグループでな」
当初はおのおの気の向いたとき、都合のいい時間にログインして、その場にいるメンツと適当に遊ぶカジュアルなスタイルだったらしい。
有名タイトルだったため、サークルとは無関係に手を付けていたメンバーも多く、ゲーム知識やキャラクターのレベルにも差があった。
「ところが、二個上の先輩がギルドでまとまろうって言いだして」
彼の名前は「F井」とでもしておこう。
F井はゲームサークルの創設メンバーの一人で、ゲームやパソコンの知識が豊富で、人柄は柔らかく、サークル内の特に一・二年生からの人気が高かった。
そんなF井が号令を掛けたことで、ばらばらに活動していたメンバーが集まり、ギルドが結成された。
そのMMOにはプレイヤーと敵キャラの戦うPvE、プレイヤー同士の戦いのPvPのほかに、ギルド同士の抗争のGvGという遊び方がある。
彼らはせっかく結成したのだしとGvGに参加するも、惨敗した。
ぽっとでの寄せ集めなのだから当然だ。
だが、この敗北がF井をはじめ複数人のメンバーに火を点けた。
「F井先輩の性格がガラッと変わって。バカみたいに入れこみ始めてさ」
ギルド戦の参加人数の上限は五十名ちょっと。対してサークルからのゲーム参加者は十名程度。とてもじゃないが、大手や古参には勝てない。
F井はサークル内のほかのゲームで遊んでいたメンバーにも声を掛け、人数を増やそうと画策した。
人数も問題だったが、キャラクターのレベルも必要だ。
だが、レベル制のMMOは始めるのは易いが、トップに追いつくのはいばらの道である。
莫大な経験値を稼ぐために、長時間のプレイを必要とするからだ。
「レベル上げをするように強要し始めたんだ」
睡眠を削れ、バイトや授業を抜けろと言う。
「といっても、育成をサポートするアイテムは先輩が買ってくれるんだけど。そのへんはさすがだよな」
さすがかどうかはおいて、そんなことを言えばとうぜん反発を招く。
グループから離脱者が出始めた。
「ちなみに俺もF井先輩側で、プレイングがいいって気に入られててさ」
N村もF井も、大学の講義や実験レポートの提出を捨ててゲームに没頭したという。
「昼夜も分かんないくらいにやってて、帰る時間が惜しいからって、研究室に泊まり込んだりして。仮眠を取ってもゲーム画面が出てくるんだよな」
それでもレベル上げやメンバー集めは追いつかない。
そこでF井はメンバーのゲーム内の知人などを加えてサークル外のプレイヤーで数を補い、レベルに関しては「ある奇策」を講じることにした。
「アカウントの共有だよ。廃人プレイが可能なやつが、無理なやつのレベルを上げる」
どこかで聞いた話だ。
わたしは身近なところでもそんなことがあったのだなと、注文していた軟骨のから揚げをつつきながら考えた。
彼らはノートパソコンなのを利用して、同時操作などもおこなったらしい。
だが、アカウントの貸し借りはゲームの規約違反でもある。
違反行為に手を出したことで、さらに一部のメンバーが離れた。
もちろん、F井たちはそのアカウントも「回収」した。
「規約違反するならBOTを使えばよかったんだけど、F井先輩は、どうしても自分たちの手でやることにこだわったんだ。職人と同じさ。機械生産よりも手作りのほうがいだろ?」
何を言っているのか分からない。
なお、BOTとはロボットの略で、なんらかの方法でゲームを自動で操作できるようにする行為や、その状態のプレイヤーを指す。
N村はシェア用のサラダをひとりで抱えこみながら、「BOTに頼ればよかったんだ」と、もう一度繰り返した。
過度なゲームプレイが祟り、メンバーの一人に不幸が降りかかったのだ。
創設メンバーであり、F井の幼馴染でもあったM本だ。
長時間のプレイ後に立ち上がろうとしたところ、胸を押さえて苦しみ出した。
血栓が肺動脈に詰まり、破裂したのだ。二十歳の若さであった。
「……どっかで聞いた話だな」
わたしはぼやいた。
「疑ってるな? F井先輩が記念に撮った写真があるんだが、見るか?」
見るか? と聞かれたはずが、携帯電話の画面を見せつけられた。
青白く、赤紫の斑点をあちらこちらに作った男が倒れている写真だ。
N村は言った。
「弔い合戦だ。これを見て、みんなで何度も奮い立たせた」
わたしは追加で頼んだウイスキーをひとくち呷ると、ぶるりと震えた。
この時になってようやく、N村が酷く痩せていることに気づいた。
濃いくまができ、眼球は忙しなくぎょろぎょろと動いている。
本物かどうか定かではないが、いま見せられた死体の写真と少し似ている。
「怒りが俺たちを支配していた。何に怒ってるのか分からなかったが、とにかく怒りが原動力だった」
彼らのギルドは週を追うごとにレベルを上げ、多くのギルドを打ち破った。
指揮していたF井は戦いに関しては冷静で、強すぎる相手や弱すぎる相手には挑まず、かつ、接戦ののちの勝利を提供した。
「残ったメンバーは、みんな先輩に心酔してたと思う。
俺もそうだった。だから俺さ、先輩の役に立ちたくてさ。
でも、学校も捨てきれなかったし、学費の問題もあったから、
夏休みとかくらいはバイト入れなきゃだったしで」
N村は取得単位数を最小限で計算し、落第になるぎりぎりのラインで出席し、時には教授に頭を下げた。
だが、バイトのほうは芳しくなく、休憩時間に職場の回線を盗んだことで揉めてクビになり、働く代わりに高校時代に買い集めていた古着やギターなどをぜんぶ売り払ったという。
しかし、身銭を切り続けるのにも限界がある。
N村は新たなバイトを探し、単位は来年以降に詰めれるよう再計算した。
バイトは見つかったものの、時給優先のきつい肉体労働だ。
「疲れてた。とうとう戦いでミスって、F井先輩にちくりとやられたんだよ」
おまえ、授業に出すぎなんじゃないか。バイトも探してたって聞いたけど。
「自分のキャラはもうレベルキャップまでいってたし、それ以上は深く追及されなかった。でも俺さ、悔しくて」
N村は説明しなかったが、その「悔しい」は小言を言われたことに対してではなかったようだ。
「なんどもいうけど、F井先輩の役に立ちたいって思っててさ。
俺だけじゃなかったからね、先輩に酔ってたの。嫉妬とかもあったんだと思う。
でも、もう体力の限界だった。俺がふたりいればいいのにって思ったよ。
パソコンみたいにコピペで増やせればって」
限界ぎりぎりの中、有名ギルドとの戦いが組まれた。
結果は接戦のすえの勝利。メンバーは沸いた。圧倒的な一体感と開放感。
だが、N村は準備のためにバイトを連日無断欠勤していた。
「電話が掛かってきたんだ。一気に現実に引き戻された。ところが、バイト先からじゃなかったんだ」
電話を掛けてきたのはF井だった。
彼はN村の働きを大いに褒めたそうだ。
「わざわざ俺にだけ電話くれたんだ。しかも、ギルドのサブマスターに昇格させてもらったんだ。サブマスの席はM本先輩だったからな」
N村は「ようやく成仏ってわけよ」と言いながら、おしんこうをつまんだ。
なすときゅうり。大学生にしては渋いチョイスだ。
「ところが、ちょっと妙なことになってな」
彼の口から、おしんこうの汁が飛んできた。
わたしはおしぼりで顔をぬぐった。
「なんか、俺がやってないことまで俺の手柄になっててさ。
掛け持ちの育成とかアイテムの準備とか、してたにはしてたんだけど……。
まあ、疲れてたし、褒められて嬉しいから黙ってたけど」
大金星の次の週。この週は珍しく、ハードスケジュールは組まれなかった。
次のターゲットとの実力差がやや開いていたこともあったが、F井が「たまには休息も必要だろう」と態度を軟化させたためだ。
「バイト先に戻ったんだ。一週間ぶりだし、どうせクビだろうと思ったけど、制服を借りパクするわけにもいかなくてさ。そしたら……」
主任の口から意外な言葉が飛び出した。
「いや、今日は休みでしょキミって。もう時間感覚がめちゃくちゃ。めっちゃ笑われたよ。でも、機嫌がいいんだったらと思って、無断欠勤を謝ったんだ」
何言ってるんだ? ずっと出勤してただろう。連勤お疲れさん。
「そんなバカなって。いやでも、ラッキーだなって」
この日を境に、N村は奇妙な体験を繰り返すことになったという。
それは、自分がいないはずの場所や時間で、自分が目撃される事象だ。
「行ってないバイトに行ってたり、出てない講義に出てたり。
知らないうちにおふくろの誕生日を祝ってたことになってたのは、
さすがにこれはおかしいぞって。これ、ドッペルゲンガーでしょって」
いちど、ドッペルゲンガーを探そうとしたこともあったらしいが、捕まえることはできなかったらしい。
わたしが「ドッペルゲンガーに会うと死ぬんじゃなかったか?」と突っこみをいれると、N村は「まじで?」と青くなっていた。
分身事件は現実だけでなく、ゲーム内でも盛んに起きていた。
アカウントの共有は横行していたが、N村のメインアカウントは彼だけがアクセスできる。にもかかわらず、活動が目撃された。
「メンバーと会話もしてたらしいから、BOTとかじゃない。じゃあ、勝手に誰かが? と思って何人か疑ったんだけどさ……」
繰り返すが、ゲーム内でも「同じことが」起きていた。
つまり、彼がログインしてプレイしているときに、まったく同じキャラクターが別の場所でも目撃されていた。
「こっちも捕まえられなかった。というか、途中で探すのをやめたんだ。
都合のいい活動をしてくれてるから、運営に通報してもメリットがないし、
そもそもこっちがBANされたら目も当てられないし」
この状況は今日まで続いていて、もう半年だという。
「どっちの俺がホントの俺なのか、もうよく分からないんだよな。でもさ、俺は確かに俺だろ?」
N村が、わたしを覗きこむようにして言った。
わたしはぎょろりとした目玉から視線をはずし、「多分な」と答えた。
……なるほど、奇妙な話だ。
ところで、N村はまだ「要件」を話していなかった。
まさかこの話を聞かせるためだけではないだろう。
「そりゃ、ゲームのお誘いに決まってるだろ。最近、学校辞めたんだって?」
わたしは「断る」と即答した。
「そんなこと言うなって。
バイトを辞めろとか言わない……いや、むしろ辞めろ。
ゲームしたら俺が時給出してやるよ。
どうせ働かなくても、もう一人の俺が稼いでくれるからさ」
N村は「ひひひ」と笑った。
語りが終わったからか、せっせと酒と料理を口に放りこみ始めた。
なんとか理由をつけて断ろうと思索していると、携帯電話がメールの着信を知らせた。
「すまん、今日いけなくなった。一緒にゲームしてる先輩が亡くなった」
わたしは携帯から視線を戻すと、N村を見た。
「ちっ」
N村は満面の笑みを浮かべて舌打ちをすると席を立ち、猛ダッシュで退店していった。
……なお、彼の飲み食いしたぶんは、わたしが支払った。
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