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昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「蝕」の章

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はえとり100%

***はえとり100%***


 みなさんはハエトリグモというクモをご存じだろうか。


 ハエトリグモといってもたくさんの種類がいるが、その多くはその名の通り、ハエなどの小さな虫を捕って食べ、足は短めでよく歩き回り、捕獲用の網は張らずに糸は飛行や落下に利用する。

 部屋の中で、ちょこちょこと歩いているのを目撃した方も多いだろう。

 こんなクモを可愛く思う人もいるようで、実際に飼育する愛好家もいる。


 今回は、そんなハエトリグモをこよなく愛する「山城」さんの体験談だ。


 山城さんがハエトリグモにハマったのは、パソコンでインターネットに没頭しているうちに陽の沈んでしまったある晩のことだ。


 薄暗い部屋の中、光に誘われたかモニターの上を小さなクモが歩いていた。

 クモはモニターのまんなかあたりまで歩くと山城さんのほうを見て、足を上げたり下ろしたりと、まるでダンスのようなしぐさをしたという。


「威嚇なのか求愛なのか。

 僕のぼさぼさの髪を、ほかの個体に見間違えたのかもしれないですね」


 普段なら部屋で虫を見つけたら生かしておかない山城さんも、この可愛い仕草に免じて見逃すことにしたそうだ。


 それ以降、山城さんがパソコン画面と向き合っていると、頻繁にハエトリグモが現れてダンスをするようになった。


「ゲージの増えるバーってあるじゃないですか。

 ダウンロードとか、インストールとか、ロードとかで見かけるあれです。

 ネットでファイルを収集してるとクモがよく現れて、

 バーの進行に合わせて踊るんですよ。

 昔は今と違ってダウンロードには時間が掛かりましたから、

 暇つぶしに眺めるのにちょうどよくて。愛着が湧きましたね」


 クモに対して愛着が湧いたものの、共同生活は長くは続かなかった。


「二週間くらいですかね。

 もともと毎日見かけていたわけではなかったんですが、

 三日連続で見かけなかったときに、あ、これはもしかしたらって。

 モニターの裏を見てみたら、埃に混じって丸まったクモがいて……」


 死んでしまったのだという。

 死骸を確認してしまうと、山城さんは急に悲しくなってきた。

 彼はインターネットを使って、ハエトリグモについていろいろと調べたそうだ。


「うちに出たのは、アンダンソンハエトリという種類です。

 オスは求愛ダンスをするそうです。

 捕獲用の巣は張らないんですが、繁殖関連では巣を掛けるみたいですね」


 小さな虫だ。一匹いればもっと潜んでいるかもしれない。

 山城さんはクモ探しを兼ねて、部屋の大掃除をした。


「残念ながら見つけられませんでした。

 僕の部屋って、掃除はあまりしてないんですが、物が少ないんですよね。

 イスの裏とか部屋の隅、カーテンレールなんかをチェックしたけど、

 クモが棲んでいる痕跡すらも見つけられませんでした」


 あれが偶然に迷い込んだ一匹だったかと思うと、ますます惜しくなった。

 山城さんは憑りつかれたかのようにクモについて調べ続けた。


「面白いものを見つけたんです。

 自作のアプリを公開しているサイトで、なんとそこで、

 クモをモチーフにしたデスクトップアクセサリーを配布していました」


 デスクトップアクセサリーとは、時計、カレンダー、メモリクリーナーなどのパソコンの環境を賑やか、便利にするための小規模なアプリケーションの総称だ。

 マウスカーソルや壁紙、スクリーンセーバーなども、これらとセットにされることが多い。


「クモの絵柄は制作者の匙加減でデフォルメの入ったものでしたけど、

 僕はもともと目があまりよくないし、

 小さなクモがモデルだから、あまり気になりませんでしたね。

 逆に、調べて回ったときに拡大写真が出てきて、うっ、となりましたし。

 アクセサリーには壁紙が三パターン。

 大グモがこちらを睨んでいるもの、小さなクモが山積みになっているもの、

 あとはシルエットのクモが並んで行進をしているおしゃれなやつです。

 目玉と思われるデスクトップマスコットは多機能で、

 クモのアニメーションがデスクトップ上をうろうろするもので、

 右クリックからメモリクリーナーや時計などを呼び出せるようになっています。

 マウスカーソルがクモになるものもありましたが、

 これは、うるさく感じて使いませんでした」


 さまざまなツールやアクセサリーの中でも、山城さんのいちばんのお気に入りはスクリーンセーバーだった。


「なんとですね、ダウンロードバーが表示されて、

 ゲージの増加に合わせてクモがダンスを披露するものだったんです。

 驚きましたが、僕と似た体験をした方もいたと知って嬉しかったですね」


 解説をしておくと、スクリーンセーバーとは、元来はブラウン管のディスプレイの焼き付きを防止するために、一定時間パソコンを無操作で放置したさい、適当なアニメーションを流す機能だ。

 単純なものでは画像が表示されたり、文字が流れたりで、アルゴリズムを利用してランダムな迷路を生成するなど、視覚的に面白いものも多かった。

 現在のディスプレイは仕組みが違うため、こちらは離席時の覗き見防止が目的となっている。


「しばらくは、デジタルのクモを代わりに愛でて生活をしていました。

 離席から戻ると画面でクモが踊っているので、癒されましたね。

 ただ、メインのアプリだったクモのマスコットは、

 動作が重いのが気になって使わなくなってしまいました。

 メモリクリーナーの機能も付いていましたが、それ自体がメモリを喰いますし」


 ある日、ハエトリグモが再び現れた。


「最初ほど興味は持てませんでした。まいにち画面内で見てますし。

 でも、今回は一匹じゃなく、頻度がけっこう高かったんです」


 生死を問わず、モニターまわりに頻繁に見かけるようになった。

 死骸の掃除は煩わしいし、たまにマウスを操作する手に上られて痒くなり、無意識に掻いて潰してしまうこともあった。

 不衛生だと感じた山城さんは、クモを見かけるたびに殺すようになった。


 こっちのクモは手間を掛けさせないのにな……。

 画面内のクモを眺めていた山城さんは、あることに気づいた。


「スクリーンセーバーで表示されるゲージが溜まり切るのを、見たことがなかったんですよね」


 着席して少しダンスを眺めると、マウスを触ってスクリーンセーバーを解除してしまう。

 あまり意識をしていなかったが、そのさいのゲージはたいてい二、三割といったところだった。

 ところが、ある時ゲージがゼロのままのことがあった。


「パソコンを新調したんですよ。

 とりあえずお気に入りのスクリーンセーバーはフロッピーで移動して、

 コーヒーを淹れて、再設定を頑張るぞってタイミングです。

 今のOSと違って、ネットにつなぐ前にいろいろ設定をするんですよ。

 それってつまり、あのスクリーンセーバーのゲージはブラフじゃなくて、

 何かをダウンロードしてるってことかなって。

 100になったら0に戻るループ仕様だと勝手に思ってたんですけど……」


 ネットにつないでからスクリーンセーバーを起動すると、ゲージが動いた。


 クモが上に乗っかってダンスをしているゲージは、ゆっくりとした進行だ。

 どうやら進行すればするほど、蓄積スピードが遅くなる仕様になっている。

 100%に到達したらどうなるのだろうか? 疑問が沸いた。


 山城さんはうっかりマウスを動かしてしまわないように、マウスからマウスボールを取り出した。

 パソコンを触れないため、古本屋で購入した全四十巻セットの漫画を読んで待つことにした。


 山城さんには物事に集中しすぎるきらいがある。

 いつかのように、すっかりと陽が沈んでしまっていた。

 漫画を読んでいたため、暗くなりつつあるのには気づいてはいたものの、文字の読めるうちはと、灯りをつけずに強引に読み続けていた。


 ぽちゃん。


 液体に何かが落ちる音がした。

 電灯の紐を引っ張って部屋を明るくすると、すっかり冷たくなった飲みかけのコーヒーの中で、クモが藻掻いている姿があった。


 そうだ、スクリーンセーバー。


 山城さんはようやくパソコン画面に目をやった。

 奇しくもゲージは98%だ。

 山城さんは着席すると、漫画を机に伏せて組んだ手に顎を乗せて、モニターをにらんだ。


 99%だ。十分はかかったな。ここから先も長そうだが……。


 掛け時計に目をやると、夕方の六時を回ろうとしていた。

 コーヒーを淹れたのが三時だから、ゲージがここまで来るのに三時間。

 最後は時間が掛かるとして、数十分は見ておくべきか?


 ここまできて引き下がるわけにはいかない。

 山城さんは再び手を組んで顎を乗せ、監視に戻った。


 クモのダンスを眺め続けて、どのくらいが経っただろうか。

 いよいよその時がやってきた。



 100%だ。



 すると、ゲージの上にいたクモが驚いたように跳ね、慌てて画面の左へと逃げていった。

 クモが退場するとゲージが割れて下へと落ち、右側から大量のクモが現れる。


「ほう」


 思わず感心した。隠し要素というわけだ。

 アニメーションもクモがデフォルメされているため可愛らしく、海外のカートゥーンアニメを彷彿とさせる。

 次から次に現れるクモ。画面の中は小さなクモが溢れかえっている。

 どこまで増えるのだろうか。


 つと、視界の隅に黒いものがよぎった。


「またか」


 クモが机の上をちょこまかと歩いている。

 伏せた漫画本を登山よろしくよじ登る姿には愛嬌がある。



 ――また黒いもの。



 だがそれは、(うごめ)いていた。

 机の上ではなく、パソコンモニターの隅のほうで、黒い何かが、蠢いていた。


 山城さんは目を疑う。

 眼鏡を外し眉間をつまむも、黒い物体は消えない。

 思わず息を呑む。

 モニターの隅に、実物の小さなクモがびっしりとたかっていた。


 パソコンやモニターの中で繁殖されたのか?

 いや、買い換えたばかりだ。クモの発生はそれより前から増えている。

 視界の端でクモが動く。

 いつの間にか、漫画本に登るクモの数も増殖している。


 漫画の表紙を見て、どきりとした。


 山城さんの読んでいた漫画には、敵方の妖魔がパソコンモニターから出てくるシーンがあったのだ。


 そんなバカな。

 慌ててマウスを操作するも、スクリーンセーバーは消えない。


 画面の中のクモたちも溢れかえらんばかりになっていて、群れの中にはサイズの大きなクモまでが加わっていた。


 マウスをつかんだ手に、たばこの箱サイズのクモが触れていた。

 慌てて振り払う。


 パソコン画面を見ると、画面の端から巨大なクモの足が現れかかっている。


「くそっ! 消えろっ!」


 マウスはいやに軽い感触を返す。そうだ、ボールを抜いていた。


 山城さんがキーボードを叩くとスクリーンセーバーが途切れ、デスクトップ画面が現れた。


 それと同時に、画面の隅にたかっていたクモたちは散り散りとなり、机の下やモニター、パソコンの裏へと消えていった……。


「あれ以来、パソコンを放置するのが怖くなりましたね。

 また、クモたちが出てくるんじゃないかって。

 もちろん、あのスクリーンセーバーやデスクトップアクセサリは削除しました。

 製造元に問い合わせようと思ったんですが、

 ダウンロード元のサイトはもう、見つけられなかったんです」


 画面からクモが出てくる怪現象こそは起こらなくなったものの、山城さんの視界にはいまだにクモが現れるという。


「ほら、そこにもいるじゃないですか。

 どんなに追っ払っても殺しても、いなくならないんですよ」


 彼はそう言って、机の上の何もない空間を手で払った。


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