リンクデッド
***リンクデッド***
プレイを開始して一年くらい経過したころ。
わたしは大手から少人数のグループに籍を移していた。
登録キャラクター総計が二十程度で、土日やゴールデンタイムに五人のフルパーティになるかならないかの活動率だ。
わたしと同年代のプレイヤーが多く、元は創設者の学友同士で作ったグループに数人を加えた構成だ。
いつものように辻で人を助けるプレイをしていたところ、協力したパーティに勧誘されて参加した。
わたしが参加してちょうどフルパーティ、蘇生や回復の扱える人員ということもあり、ちょうど彼らの穴にマッチする形になった。
会話も穏やかながら和気あいあいと展開し、学生組以外では年齢が少し上の男性で、親から会社を継いだ若社長という、当時の自分が初めて接触する身分のプレイヤーもいた。
気の合う仲間たちだったと思う。
大人数のグループでは味わえない一体感や、連携を感じることができた。
あるダンジョンの攻略に挑戦したときの話だ。
そのダンジョンは時間切れや孤立からの死亡で攻略が頓挫する特殊なもので、入場もクリアもフルパーティでなければならないものだった。
普段のわたしたちにはあまり手の出ない領域だったが、メンツが集まったため攻略に挑戦。完全攻略とはいかなかったものの、ちょっとしたお土産を持ち帰っての帰還となった。
わたしたちは攻略の緊張感からの解放と余韻、二次会にはやや遅い時間ということもあり、雑談に花を咲かせる。
「回線の調子が悪いのかな~」
サブリーダーがぼやいた。
だが、ゲームの接続状態を知らせるステータスは正常だ。
「なんでだろう。社長の靴が表示されないままで、ずっと裸足なの」
このゲームには、読み込みの問題で装備品が表示されない不具合がある。
意図せず裸足に見えたり、パンツ丸出しになったりする悲しい不具合だ。
「それは、趣味だからじゃないかな」
社長の発言と共に彼の足にサンダルが装着された。
「攻略中はステータス重視で履いてたけど、普段は裸足」
おちゃめである。チャット欄に草が生え散らかす。
「でも、攻略中にLDしかけて焦ったけどね」
LDはLinkdead、回線の切断を意味する。そうなるとゲームからはじき出され、パーティはもちろんダンジョンからも排出されてしまい、パーティ全員が攻略失敗となってしまう。
当時はまだ光回線が少数派でADSLが主流だった。
加えて、ゲームの運営会社がもっと儲かっているほかのゲームのほうに機材を割いていた……という噂もあり、過負荷によってゲームサーバーの調子が悪くなることも珍しくなかった。
「サーバーの問題で攻略失敗は、運営に責任を取ってほしい」
リーダーのボヤキにみんながうなずく。
「それか、途中で抜けた人が出た場合は、幽霊的な何かで補って欲しいね」
「なんで幽霊?」
幽霊発言をしたサブリーダーは、ちょっと天然で可愛らしいところがあった。
「いあ、さっき社長の足が表示されてなかったからw」
「足じゃなくて靴w」
「まあ、運営も予算や人員が自由にならなくて大変なんでしょ」
「さすが社長、内部事情に理解がある」
「うちは親父の右腕だった人が、じっしつ社長だから……」
「そうなんだ」
「俺がまだ三十だから。彼と同伴じゃないと、取引先に足元を見られる」
「足元は裸足www」
「wwwwww」
大爆笑である。
ふと、会話の流れで妙な体験をしたのを思い出した。
せっかくなので、わたしはその話を披露することにした。
……。
そこから半年ほど前だったか、学友からあるネットゲームのβテストを一緒にやらないかと誘われた。
普段ならネットゲームの掛け持ちは断るのだが、彼が誘ったゲームが韓国産だったのが気になって承諾した。
韓国はネットゲームのパイオニアで、当時からプレイ人口や市場が日本よりも大きかった。
だが、その友人は当時ブームだった嫌韓を患っており、「欧米はギリ許せるけど韓国ゲーは絶対にしない。基本は国産」と豪語しており、手を出さなかった。
しかし、そんな彼の誘ったゲームは韓国発で、すでに本国で成功し運営が軌道に乗っているものだった。
彼が信念を曲げるくらいなのだから面白いのだろう。
わたしはそう思ってテストの参加に応募した。
ただ、抽選に通るとは思っていなかったし、パソコンの要求スペックがぎりぎりという難点も抱えていた。
ところが、参加者としてあまり相応しくないわたしたちは、抽選に通ってしまった。
わたしはバイトと課題の都合でテスト初日は参加できず、彼は課題を捨ててテストに参加した。
そこまでするのかとわたしは期待を高め、翌日に満を持してキャラクターを作成した。
……のだが、起動からして動作が重い。
タイトル画面への切り替えだけで数十秒の暗転を強制される。
キャラクターの種族や名前を入力する画面では、キャラクターの見た目を選択できるはずだったが、それすらも表示されない。
タイトルに戻るも、設定画面が見つけられない。
テスト版だから無いのか、わたしが探せていないのか。
最低設定にすればなんとかなるのかと思ったが、あてが外れた。
「アクセスが集中して重いんだわ。なんとかチュートリアルだけでも抜けられない? チュートリアルは個別のダンジョンだから軽いはず」
彼はよほど一緒にプレイしたいらしい、あるいはそんなに推しているのか。
わたしは名前だけ入力して、残りの設定は捨てて先に進むことにした。
長い暗転ののち、軽いあらすじと設定が語られる。
ようやくインタフェースが表示され、操作ができそうだ。
ところが、テクスチャの読み込みに失敗したのか、キャラクターもマップもまっしろけになってしまった。
歩こうとしてもコマ送りのように飛び飛び、ここまで来るとパソコンのほうが心配だ。
友人には悪いが断念しよう。本サービスが始まっても、パソコンをアップグレードしない限り無理だろう。
ゲームを落として断りのメッセージを入れようかと思った矢先だった。
「山下裕二 鳩山三郎 ペ・ホンマン イ・グンソン……」
唐突にメッセージウインドウに名前が羅列され始めた。
なお、名前は記憶していないため仮だが、日本人と韓国人の名前だった。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
ウインドウいっぱいに呪詛のことばが並び、ゲームは停止。
その後「サーバーとの接続が」のメッセージと共にクライアントが終了した。
……。
「……ということがあったよ。友人に伝えたら、やりたくないからそんなこと言ってるんだろって怒られたんだけど」
話を聞いていたメンバーたちは「なにそれ怖い」、「嘘でしょ?」と返した。
「いや、でもありそうな話じゃない?」
社長が言う。
「昔のゲームにも隠しメッセージとかがあって、社内の不正の暴露とか上司の悪口とかが出てくるのがあったし」
そのたぐいだろうと、わたしも思う。
ネットが整備されて情報が共有されたり、ゲーム自体の解析がなされたりして、これまで日の目を見なかった要素や裏技、メッセージが明らかになるのも珍しくない。
「でも、ネットゲームでやるのは悪質じゃない? 大人数がプレイするんだし」
「コンシューマ機でも同じだよ。逆に、ネトゲだとサービス終了したら消える」
なるほど合点がいく。
しかも、アップデートで消してしまうこともできるし、テスト版ならなおさらだ。
「うちらのゲームはプレイヤー側が文句言うよね」
「運営キャラにちょくせつ文句言う人もいるからなあ」
「運営に関して決定権のあるスタッフじゃなきゃ、ある意味、被害者だよね」
わたしたちはわざわざキャラにエモートをさせてうなずき合った。
「そういや、今の話と似た図が去年にあったな」
リーダーが言う。
みんなが興味を示して話すように促す。
「いや、去年の突発イベの話だよ。LD祭りになってみんな絶叫してたし、運営への罵詈雑言もあったからさ。メッセージの吹き出しだらけになったあとLDで弾かれた」
襲撃イベントと称して、町の中に大量の強力な敵キャラクターが出現したことがあった。
ゴールデンタイムの接続数が多い時間帯におこなわれたそれは、プレイヤーの回線やパソコンをおおいに苦しめたのだ。
町の中というのがいけない。非戦闘員の生産職キャラクター、離席中のプレイヤー、同様に放置中の確率の高い露店キャラクターがいた。
かれらはみんな、死体になってしまった。
生きている者も、名前の横にLinkdeadの表示をつけて静止していた。
しかも、イベントは複数回実施。
苦情を考慮してか時間帯を変えての発生もあったが、同じことだった。
はじき出されたプレイヤーはアクセスの集中により再ログインができず、ログイン画面の背景である「お城」を長時間眺める羽目となった。
あれは阿鼻叫喚だった。ゲームが落とされただけでなく、負荷でパソコンを損傷(彼はそう言ってた)したり、気力を殺がれてゲームを引退した者もいた。
イベント当時、わたしは大手のグループに所属していたため、被害者たちの悲しみのコメントと別れを多く目にしていた。
「そういう形で引退したくないなあ」
「引退かあ……」
「ちょっ、リーダーなんか不穏w 引退しないで」
「いや、しないけどね」
お追従などではなかっただろう。
最近はさまざまな挑戦ができて、グループは盛り上がっていた。
リーダーは中心的な人物でログイン率も高い。
「城下町中央エリアにモンスターが出現中!」
なんというタイミングだ。
特に運営から告知があったというわけじゃない。
今の今までネガティブに語っていたイベントだったが、いざ発生して行かないのはプレイヤーではない。
われわれは突撃し、深夜だというのに集まった大勢のプレイヤーたちと共闘し、血煙を吐き、頭にLinkdeadをくっつけたのだった。
いい加減に眠くなり、何名かは蘇生の処置は後回しにしてログアウトをした。
その日を境にリーダーが姿を現さなくなった。
パソコンが壊れたのかと心配をされたが、リアルで友人だったサブリーダーが訊いたところ、パソコンは無事だという。
だが、理由は知れず、そのままリーダーはフェードアウトしていった。
それを追うようにして、サブリーダーも「旅に出る」と言って消えてしまった。
彼らは高校時代の学友ではあったが、大学に進学してからはゲーム内だけの仲だったらしく、お互いに引退の詳細を語ることもなかったようだ。
あれだけ楽しかったグループも、一気に静かになってしまった。
わたしは新天地を求めて去ることを決意した。
社長は彼らが戻って来たときのためにと籍は残し、ソロでペットの育成に励むプレイスタイルにシフトした。
こうして、われわれのつながりは切れてしまった。
あれ以来、ゲーム内でふたりに会うことはなかった。
時間を共有した仲間たちにも、私生活や明かされない事情がある。
それは明るいものか、呪詛のようなものかに関わらず。
わたしは何かゲームをプレイして画面がカクつくたびに、あのテストプレイや襲撃イベントと、彼らとの体験を思い出すのだった。
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