プライド
***プライド***
先ほどの話はどうだったろうか。
なに、怖くない? 笑わせに来てるんじゃないかって?
失礼な。
まあ、似た経験のある方とない方とでは、見え方が全然違うだろう。
あの手の話の怖さは、当事者が自分たちの姿を客観視できないところにある。
真剣に捉えるべきではない。悩まなくていいのだ。
究極的な話として、実際に顔を合わせない人間や、たかがゲームのことなんて、パソコンの電源を切ってしまばさよならできるはずなのだから。
さて、今度の話は、わたしがくだんのMMOを初めてひと月程度のころ。
ネットゲームの流儀を知らない、外側の視点でプレイしていたときの話だ。
ゲームに誘われたのち、まんまと没頭したわたしは、最初のキャラクターもかなり育ち、さまざまなエリアに行けるようになっていた。
同時に、誘ってくれた友人も来なくなり、ソロプレイでの限界を感じていた。
MMOというものが初めてだったのと、コミュニケーションに緊張を覚えるたちだったのも合わさって、誘ってくれた友人以外には本格的にパーティーを組んだりしたことはなかった。とうぜん、グループにも参加したこともない。
わたしは、死体になってしまった人を辻で蘇生したり、非戦闘員に付きまとう雑魚敵に覚えたての攻撃魔法をぶっ放したりして、「ありがとう」を貰う程度のコミュニケーションに精を出していた。
その程度で満足していたため、初心者向けエリアを中心に活動していた。
それで退屈しないのか?
そういうマップにも、ボスやレアアイテムを落とす敵は設定されている。
だが、カネ稼ぎをする上級プレイヤーやRMT業者が張り付いて独占している状態だった。
とはいえ、彼らも人間であるため、トイレだの飯だの風呂だの睡眠だので離席しなければならない。
たまたまそういうタイミングに出会うことができれば、わたしにもレアアイテムを狙うチャンスが訪れる。
初心者エリアの海岸には、複数のレアアイテムの稼ぎポイントがあった。
わたしはその日も、お助けプレイの片手間に狩場のチェックをしていた。
狩場にモンスターは不在で、初心者エリアに似つかわしくない、いかつい装備に身を包んだプレイヤーが棒立ちしていた。再出現を待っているのだ。
残念ながら、欲求を満たせそうな初心者プレイヤーもいない。
わたしは当てもなく海を泳ぎ、何か面白いものは無いかと探した。
すると、遠くに恐竜のようなものが見えた。
このエリアでは見かけないグラフィックの敵だ。
当時はまだ、ゲーム情報をまとめた専用のウィキペディアを読みこんでいなかったため、知らない敵キャラクターの存在も多かった。
こいつもレアアイテムの所有モンスターで、他プレイヤーとの競争があった。
いちばん強力な攻撃魔法も使えることだし、挑んでみてもいいだろう。
ところが、近づくと恐竜は消えてしまった。
名称に「幻獣」とついているので、何かそういう演出なのだろう。
その幻獣がいたはずの場所に女性のプレイヤーキャラが現れた。
「ちょっとあなた」
「なんですか」
「幻獣が消えるからあっち行って」
「失礼しました。始めてからまだ一ヶ月でよく分からなくて……」
幻獣の出現に条件があるらしく、出現後にプレイヤーが接近すると消えてしまうらしい。これは悪いことをしたと立ち去ろうとすると、呼び止められた。
「あ、ちょっと待って。あなた魔法使いよね? フレアは使える?」
最上位の攻撃魔法だ。わたしは素直に使えると答えた。
「だったらいけるか。私、夕飯とお風呂したいから、ここを守ってて欲しいの」
よく分からないが、場所を譲ってくれるということらしい。
彼女の名前は「ミスネル」。
長時間、幻獣を借り続けてそれでゲーム内の生計を立てているらしい。
幻獣はキャラクターの成長限界の開放に必要なアイテムと、幻獣だけが落とす透明化のポーションの材料をドロップするらしい。
「このサーバーの透明薬のほとんどは、私が素材を提供してるの」
単なる独占なのだが、彼女は得意げだった。
「でも、ちょっと目を離すと中華の連中がやってきて。フレアが使えると必ずルート権が取れるから、剣を振ってるだけの中華には負けない」
ルート権とは、敵の死体から優先的にアイテムを得れる権利だ。
このゲームの場合は、与えたダメージの総計で勝てば権利が生じる。
当時の仕様では、フレアを撃ちこめば体力の大半を削ることができた。
余談だが、特定の魔法が使えるだけで独占できたせいか、数年後のアップデートでは魔法使いキャラが不利になる強化が徹底的に施された。
「中華には絶対に渡さないで。独占してる私のことを悪く言う人もいるけど、RMT業者に渡すよりはマシでしょ? 私はこのゲームを守ってるの」
わたしは「それはすごいですね」と答えた。
「でしょう? あなたは見込みがあるから場所を譲るの。任せたわ」
ミスネルはわたしに薬の試供品や、幻獣の位置を記したテレポート用の座標などをプレゼントをし、さらには呪文を先行で詠唱してチャージする方法まで手ほどきをし、テレポートを唱えて消えていった。
ヘンな人だが、せっかくだしチャレンジしてみることにする。
わたしもピンインを話す業者から横取りを受けた経験があった。
なるほど、ミスネルの言った通り、一撃で体力の八割程度のダメージを与えられる。チャージを活用すれば剣を振るよりも早く魔法が開放できるため、二刀流をぶんぶん振り回すだけの業者には負けようがない。
しばらく幻獣を狩り続けていると、火力特化の装備に身を包んだキャラクターが泳いで来た。
業者の連中はこぞって同じ装備とスキル構成で狩りをしているため、ぱっと見で判別がつく。連中の構成は中程度の雑魚を大量に狩るのには向いていたが、魔法を使う強敵とは相性が悪い。
業者はしばらくわたしとの競争を試みたのち、泣き顔のアイコンを残して去っていった。
なるほど、これは気持ちのいいものだ。
でも、荷物がいっぱいなので帰ろう。
わたしはいったん引き返すことにした。
アイテムを預けていると、見覚えのあるキャラクターが座ってるのを見つけた。 ミスネルだ。持ち場を離れたことを咎められると厄介だ。
とはいえ、幻獣と連戦をすると荷物がいっぱいになるのは知っているだろう。
わたしはさっさと荷物を整理し、持ち場に戻ることにした。
狩場に戻ると、さっきの業者の死体があった。
死体は、わたしに対してピンインや英語で蘇生を要求し続けた。
わたしはそれを尻目に狩りを続ける。
蘇生の要求が罵倒に変わり、わたしは適当に「Sushi」「Tenpra」「I am geisha」などと返しておいた。
業者は泣き顔アイコンを残して諦め、そのうちに死体は消えた。
狩りに満足し始めたころ、業者ではない普通のプレイヤーがやってきた。
わたしは挨拶をし、日本人であることを確認したのち、場所を譲った。
戻ると今度はミスネルの姿はなかった。面倒そうな相手だし、幻獣も経験できたので、しばらくは幻獣に近寄らないようにしよう。
そう思った矢先だった。
「そろそろ終わったかしら?」
ミスネルだ。個別チャットを使って話しかけてきた。
内心面倒だと思いつつも、狩りの成果や業者とのやりとり、日本人プレイヤーに譲ったことを告げる。
「やっぱり、あなたは見込みがあるわ。うちのグループに入りなさい」
すごくえんりょしたい。
「うち、といっても私の別キャラがお世話になってるところ。このキャラは入れてないの。知人たちに迷惑が掛かるから」
だったらまともそうか? わたしは少し迷うも、どうやって断ろうかと思案する。
「そこで待ってて、もう少しでグループのサブマスターが到着するから」
はい? もう手を回してあるらしい。
わたしはこのゲームともお別れかな、それか、別にキャラクターを作り直すかななどと考えた。
だが、それは杞憂だった。
グループは当時、トップクラスに人数の多いグループで活発に活動していて、雰囲気も和気あいあいとして悪くなかった。
クセのある世話焼きや、初心者をバカにする人間もいたが、逆に積極的にコミュニケーションをしなくてもなんとかなるところもあり、コミュニティに慣れるのにいい場所だった。
学生や社会人、二十四時間ログインしている廃人、出勤や登校前にひと狩りする人、日中にログインしている主婦たちなど、さまざまな人物がいた。
意外だったのが、主婦の多さだ。当時のわたしは学生で、午前のコマが空いているときにも遊んでいたが、その時間帯は奥様だらけだった。
さて、ソロプレイでは楽しめない体験や、ゲームのいろはを学び、わたしは成長していった。
ミスネルも活動しているはずだったが、おおやけには幻獣狩りのキャラは秘匿されているらしく、どのキャラがミスネルと同一人物なのかは分からなかった。
一度、ミスネルに幻獣狩りのキャラで声を掛けられ、グループの塩梅はどうかと訊かれた。
わたしは肯定的に答えつつ、あれ以来は幻獣狩りをしていないことを伝えた。
「別に、無理強いをするわけじゃないわ。好きに遊んで。でも、中華は許さない。ここは私たち日本人の場所なの。それだけは忘れないで」
クセは強いが信念のある人物だと思う。
あるとき、深夜にログインしていると、グループチャットに不穏な話題が聞こえた。
「〇〇さん、倒れたそうだよ。××さんが気づいて救急車呼んだって」
どちらもあまり絡みのないプレイヤー名だったが、話を聞いていると、あるプレイヤーが持病持ちで、もしも特定の条件で応答がなかった場合、救急車を呼んで欲しいと親しい間柄の者に伝えていたらしい。
「確認したら海底の底で死んだまま放置だったって」
「あー、〇〇って幻獣狩りの人か」
「そうそう。晒されてる人はリーダーが許さないから秘密だけどね」
そうか、ミスネルが。
××さんから伝えられた話では、ミスネルは過度なゲームプレイが原因で持病の発作を誘発して倒れたのだという。
「中華嫌いは分かるけど、必死だねー」
「あの人、プライド持ってたからね。でも、入院したらさすがにね」
当時はまだ、Wi-Fiなどは一般的ではなかった。
「あーあ、中華に狩場とられちゃうw」
「その辺は大丈夫らしいよ。なんか、代理人に当てがあるとかどうか」
わたしはログアウトし、翌日からは新しく別のキャラクターを作ることにした。
当時、わたしのこの体験に限らず、ネットゲームへの没頭で私生活が破綻したり、生命の危機に瀕するという話はほうぼうから聞こえてきていた。
韓国では長時間プレイによってエコノミークラス症候群を発症して死亡した事例があり、日本の大型掲示板でもネットゲームにまつわる事件や奇談が数多く語られている。
最近はわたしも歳を取り、物事に熱狂できなくなってしまった。
当時は困惑したあの熱気や真剣さも、今は懐かしく想う。
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