あけましておめでとう
序盤に紹介させていただいた「個人サイト」を「村」だとするなら、「都」や「国」に該当するものはなんだろうか?
ひと回り大きなコミュニティをひとつ挙げるとするならば、ネットゲーム、とりわけ「MMORPG」というものが適当だろう。
マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲームの略称で、大規模多人数同時参加型オンラインRPGを指す。
多くはゲームごとの「世界」を持ち、そこへ同時に数百人から数万人がアクセスして活動する。
武具を支度し、自身を飾り、戦いを繰り広げ、物語を綴る。とうぜん多くのプレイヤーがいる以上、人と人の織り成すエピソードにも枚挙にいとまがない。
もちろん、そのスキマに挟まったナニカも垣間見えるだろう。
ここから先は、わたしが精神的に病んでいてネトゲにどっぷりとハマっていた時期に体験した話を紹介していこうと思う。
***あけましておめでとう***
わたしがネットゲームにハマったきっかけは、現実世界の暮らしが上手く行かなくなったことである。
おのれの生い立ちと、バイトと学業の両立に苦心した果ての挫折だった。
人生の陰りに身を潜めていると、死という「闇」を常に意識するようになる。
目を逸らすために、常に何かをし続ける必要がある。
だが「光」には弱くなり、外に出なくなる。人との付き合いが少なくなる。
この負のスパイラルの対症療法としてマッチしたのが、MMORPGだった。
しかしこれは麻薬のようなもので、深みにはまると逆に現実を蝕み始める。
もちろん、ゲームとしても面白みがある。
誘われて始めた当初は、純粋に楽しむのが目的だった。
こんな世界があるのかと驚いた。
最終的には十年二十年を越える付き合いの知り合いもできた。
あまたのひとびとが行き交う世界。
自分自身の存在は些末かもしれないが、いっぽうで自身が絡まなければ起きなかったであろう不幸、負の体験、取り返しのつかない結末にも遭遇した。
その代表例を挙げるとするなら、死だろう。
死を見つめていたのは、わたしだけではなかった。
わたし以上に闇の滓に沈んでいた者がいた。
彼の名前は「シキジマ」とでもしておこう。
現実世界では、わたしの学友だった。
ある分野の専門校に通っていたわたしたちは、界隈では落ちこぼれだった。
好きで足を突っこんだものの周囲のレベルについて行けず、また、学費を捻出することにも苦心していた。
シキジマは、わたしよりも先にドロップアウトしていた。
わたしも続いて堕ちたのち、彼を食事に誘った。
聞かされた近況は惨憺たる有様だった。
目は落ちくぼみ、頬はこけ、うっすらと生えた産毛と不精髭が顔のトーンをさらに昏くしていた。
二十歳すぎだというのに、その倍は生きているように錯覚する。
飯だけはなんとか食っているようだったが、先のめどは立たず、彼のかつての学友などがどこからか聞きつけたのか、ネズミ講や有名新興宗教に誘うのだといった。
「こっちも似たようなものだ。きみよりはマシそうだが」
「……おまえも何か誘うために呼んだのか?」
彼の目は冗談を言っているようではなかった。
これまでの勧誘者は「食事代は出すからさ」を釣り出しの文句にしていた。
「飯は腹の中だ。断ったからといって吐き出せんぞ」
わたしはただの善意のつもりだったが、同じ穴の狢が卑屈に垂れたので、ノリで切り出す形で自分のプレイしているMMOに誘ってみたのだった。
わたしを最初に誘ったネットの友人がゲームを離れて退屈していたので、ちょうどよかったというのもある。
「そういえば、その手のゲームはやったことがないな。死ぬ前にやってみるか」
のめりこむにも環境や才能が必要だ。
わたしはバイトをしていてフリーターのかたわらで遊んでいたが、いつ見ても彼はログインをしていた。
そのMMOは多くのRPGとは違い、レベル制ではなくスキル制を導入していた。
スキル制とは、ある行動をすると――例えば剣を振るなら剣技、武器を作れば鍛冶、木を伐れば伐採――該当するスキル値が上昇してキャラクターが強くなるタイプのシステムだ。
上げられるスキルの合計値が決まっているため、レベル制と比べて早くにキャラクターが完成し、キャラクターの得手不得手さえ噛み合えば、前線のプレイヤーに追いつける仕組みとなっている。
レベル制に比べてライトであるゆえに勧めたのだが、彼はキャラクターが完成したら次のキャラクターを作成するという方法で、常に何かしら育成をしていた。
かくしてシキジマはネトゲ廃人となり、わたしのフレンドリストは彼のキャラクターだらけになった。
シキジマは勧誘時には死を口にしていたため、わたしはこのゲームに彼を誘ったことが延命になったのだと信じて疑わなかった。
わたしもまた、バイト先と自宅を往復するだけの起伏のない生活を送っていた。
その中で、ゲーム内の冒険やコミュニケーションは程よい刺激となっていた。
わたしはゲーム内でチームやギルドに相当するグループに所属して多くの人と関わっていたが、シキジマは基本的にはソロで遊び、個別のチャットでわたしとのやりとりをする程度のものだったようだ。
「トレインされた。また中華だ」
この「トレイン」は、大量の敵に追いかけられたまま逃走し、ほかのプレイヤーに迷惑をかける行為だ。彼のキャラクターは敵の行列に轢き殺されたようだ。
そして「中華」というのは、わたしたちの遊んでいたゲームでは、「中国語でやり取りをする業者」で、裏でゲームマネーやアカウントを売って現金を得る行為をする連中を指している。実際に、中国本土からアクセスしていたのか、香港やはたまた他国からだったのかは知らない。ただ、そういう言語を操っていたというだけだ。
ちなみに、厳密には中国語ではなく、「ピンイン」と呼ばれる中国語の発音をローマ字で表した表記法で、漢字の羅列とは違う。
注意として記しておくが、RMTは規約違反で、トレード内容によっては法に触れる場合もある行為だ。「中華」はあくまでローカルな俗称であり、特定国籍や民族を差別する意図はない。
うまみのある狩場には、常に複数人の中華が張り付いていた。
シキジマは完成したキャラクターではなく、育成中のキャラクターでプレイしてばかりだったため、競争において不利なことが多かった。
「横殴りの粘着がウザい」
「ゴミをプレゼントして追っ払おうとして来やがる」
「Cao ni maって言ってやったわ」
シキジマからはこの手の愚痴のメッセージがよく飛んできた。
わたしも業者や不正行為、迷惑行為を嫌うプレイヤーだったため、同調し気炎を上げたり、所属するグループのチャットに注意喚起をしたりしていた。
「中華の連中を皆殺しにしたい」
シキジマは次第に過激な発言をするようになった。
オープンなチャットでは口にしていないというが、わたしは常に彼からのそういった発言に晒されていた。
だが、彼を窘めることなく、わたしも同調し、時には燃料として不正行為などを見つけて彼に教えることをしていた。
それは、正義からではなかった。
彼が堕ちていくことが面白かったのだと思う。
わたしの知りうる中で、わたしよりも落ちぶれた状況だった人間が、彼しかいなかったから。
彼の業者への非難はどんどんとエスカレートし、MPK(モンスター・プレイヤー・キル、敵キャラを誘導して他プレイヤーを殺すこと)をもって妨害するほどになっていた。
それはもはや、一般プレイヤーにも迷惑が掛かりうる行為で、ゲーム規約的にも故意に繰り返すとハラスメントとして処罰される行為だった。
わたしはそれでもシキジマを窘めるだけにとどめ、かといって自分は大規模グループに参加していることを理由に協力はできないと言った。
だが、一般プレイヤーの中にもシキジマと同様の過激派は少なくなかった。
もともと、業者同士の助け合いでピンインのエリアチャットが飛び交う状況だったのが、泣き顔アイコンと共に助けを求める悲鳴の反響する地獄へと変貌していた。
この時期に、シキジマに一つの変化があった。
これほどまでにネットゲームにのめり込んだ彼だったが、現実の世界でアルバイトを始めたという。
業種がわたしと同じものだったため、わたしは彼の前進を嫉妬なく歓迎した。
といっても、ふたりの話題に「客の悪口」が追加されてしまい、関係としては正しい変化ではなかったのかもしれない。
お互いに呪詛を交換すると、シキジマは決まって世間への恨みを口にした。
いっぽうでわたしは、自責に回帰する思考だったため、世は恨まなかった。
ベクトルの違う憎しみによって形成された友情は、いびつだった。
わたしたちはときに「死に方談義」に花を咲かせた。
わたしは静かに消えたいと願ったが、シキジマは派手に散りたいと語った。
バイトを始めたことによる変化は、シキジマをさらに悪い方向へと導いた。
わたしたちの遊んでいたMMOは、基本無料プレイのゲームだ。
だが、課金することでキャラクターの成長を早めたり、通常は手に入らない強力なアイテムを購入したりすることができる。
シキジマはバイト代をつぎ込んでキャラクターを増やし、さらに安いパソコンを購入して二台で操作して、別キャラに蘇生や輸送などを担当させた。
業者への攻撃はさらに苛烈となり、サポート用のキャラで蘇生をしてやるふりをしたり、危険地帯やバグを利用してハマるような場所への転送などの罠もおこなった。テレポートの呪文に相乗りした一般プレイヤーも被害に遭った。
「よっしゃ、壁裏に送ってやった! 自殺コマンドしなきゃでれねえ。デスペナ強制だ。自殺しろっ! 自殺しろっ! 自殺しろっ!」
わたしの属するグループのチャットに悪人として彼の名前が挙がったとき、わたしはグループのリーダーにつながりがあることを諫められ、グループを追い出された。
そのまま身を引けばよかったものの、わたしもこの世界に依存しており、「一名だけキャラクターの籍を残すのを許す」という約束のもと、シキジマへ強い注意をおこなうことを約束した。
そのさい、スクリーンショットとログの提出も要求された。
だが、結果は破談。わたしとシキジマは喧嘩別れに終わった。
シキジマはただ強情で自分の正義を信じたが、ゲームに引きこんだわたしを非難しなかった。
だがわたしのほうは、こちらの世界に巻きこんだことに引け目を感じ始めていた。
そのゲームにはプレイヤー同士の対戦要素もあり、情熱を対人に向けてはどうかとも誘ったが、彼は乗らなかった。
リーダーに結果を伝えると、「注意」だけが条件だったはずが、説得の失敗を理由にキャラクターはすべて除籍された。想像通りといえば、そうだったが。
大規模MMOとはいえ、その業界ではあまり大きなゲームではない。
その中の大手グループに泥をつけたとなれば、わたしも居づらい。
わたしは引退……はせずに、キャラを作り直すことで身ぎれいになった。
そのうちに運営が対策をしたらしく、中華業者の活動は大幅に少なくなった。
それからしばらくして、シキジマから現実の方で連絡があり、わたしを最近ゲーム内で見ないがどうしたのかと問いただされた。
わたしはことの経緯を包みか隠さず話した。
わたしはわたしで病んでおり、この頃は言わないほうがいいことまで何もかも吐露し、むやみに腹を割るような人格になっていた。
なんでもいいから助けが欲しかったのだろう。だが、わたしの伸ばす手は引き上げてもらうのを待つのではなく、引きずり下ろすために伸ばされていたのではないかと思う。
近況を交換し終えたのち、シキジマは謝り、誘ったことは気にするなと言った。
「退屈しのぎにマジになっちまったのは俺だからな。でも、マジになれたこと自体はよかったことだと思うよ。生きてる実感があったからな」
彼は連絡を取らなかった期間のあいだに、また無職へと戻っていた。
これからは静かに遊ぶのだと言っていた。
さて、わたしたちが遊んでいたゲームには、奇妙な文化があった。
年末の年越しの瞬間になると、プレイヤーたちがこぞって谷底へと身を投げるというものだ。
拠点の町の近所の谷に架かる橋へと集まり、新年を迎えるほんのわずか前に投身する。
もちろん、相当な高さがあるためキャラクターは落下によるダメージを受けて、谷底は死体だらけとなる。
酔狂な風習だが、もとは当時に流行していた「年越しの瞬間に地球上にいないと言い張るためにジャンプをする」という子供じみた遊びが発端だった。
高さがある、つまり落下距離の長いほうが成立しやすいため、崖からの投身自殺が選ばれたのだという。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
わたしたちは血煙を漂わせながら挨拶を交わした。
「今年もよろしく」
「……」
シキジマは返事をせず、ボランティアのプレイヤーから蘇生を受けると「寝る」といってログアウトしていった。
かつての学友からシキジマが死んだと聞かされたのは、それから数ヶ月経った春のことだった。
彼は新社会人や新学年を迎えた学生たちに混じって満員電車に乗り、真昼間の都市部のビルのテラスから、人通りの多い往来へと身を投げた。
さいわい、巻きこまれた者はいなかった。
わたしは疑問を投げずにはいられなかった。
シキジマをゲームに誘ったのは正解だったのか。
誘わなかった未来では彼はもっと長く生きたのか、はたまた、もっと早くに決断を下したのか。
答えを投げ返す者はいない。
ロードの暗転でディスプレイに映るわたしの顔が、シキジマの死相にだぶついて見えた。
その年だったか、翌年だったか、秋葉原で無差別の殺傷事件が起きた。
彼もまたシキジマにあったかもしれない未来かと考えた。
わたしはかつての学友たちと関係を切り、ケータイのアドレス帳をまっしろにした。
その代わり、ゲーム内にキャラクターをつぎつぎと増やし、育て、働いて得たカネをつぎ込み、狂ったようにマウスをクリックし続けた。
そのようなことをしても、シキジマを知ることはできない。
そのようなことをしても、現実の改善にはつながらない。
わたしは一度、ドアノブにLANケーブルをくくり付けて、こころみたことがある。
ドアノブの買い替えに終わり、わたしはまたマウスのクリックを続けた。
数年後の年末。わたしはゲームに接続していた。
例の奇祭に参加するためだ。
だが投身はせずに、谷底でほかのプレイヤーの蘇生に専念していた。
わたしが飛び降りたのは、シキジマと挨拶を交わしたあの年が最後だった。
見知らぬプレイヤーにリザレクションの呪文を唱えると、遅れて飛び降りたプレイヤーが覆いかぶさるようにして落下してきて死亡した。
ふと、画面右下にメッセージの吹き出しが現れた。
「あけましておめでとう」
メッセージの発信者に目を疑う。
慌てて返事をするが、「〇〇はオフラインです」のメッセージが返された。
ログにも何も残っていない。空目したのだ。
わたしはメッセージを送る代わりに、声に出して「あけましておめでとう」と、つぶやいた。
******




