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昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「怪」の章

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ブロックノイズ

***ブロックノイズ***


 イラストレーターの「ケイ」さんは、彼女と付き合って二十年目になる。


 僕が二十歳くらいのときですね。

 デザイン系の専門学校に通いながら、自作品を展示するサイトを運営していました。

 就職活動で提示するポートフォリオにも使えるし、あわよくば仕事の依頼が舞いこんでこないかなって、そういう魂胆でした。

 当時はまだSNSが商用や就職活動なんかでほとんど使われない時代でしたから、サイトに絵を置いて、連絡用のメールアドレスを置いて、それだけです。


 そんなに都合よく仕事の依頼なんて来ません。

 代わりにファンレターはちょくちょく貰ってましたね。


 ファンレターを送ってくれる子の中に、あるイラストが自分にそっくりだという子がいまして。実際に写真を添付して見せてくれたんです。


 それが、びっくりするほどに似てまして。

 コスプレとか寄せたとかいう感じじゃないんです。

 雰囲気が同じというか。ちょっと表現が難しいんですけど。


 当時の僕は、デジタルよりアナログ描きが中心でしたが、来るだろうデジタル化の波に乗るために、自分の得意な画材の画風をデジタルに落としこめるよう、四苦八苦していました。

 鉛筆画に水彩絵具のスタイルで、余白は多め。

 主線や全体の雰囲気の柔らかさにこだわってました。

 ええと、題材に使うのは花鳥風月と女性、特に少女がメインでしたね。


 そして彼女は、僕の描いたイラストのどれ、というわけじゃないけれど、雰囲気が似ていたんです。


 ファンレターをくれた当時、彼女は高校二年生でした。

 僕の画風に似ているだけあって、線が細くて、儚さと快活さが共存する印象です。髪が長くて美しくて、ストレートもポニーテールもとても魅力的でした。


 僕は彼女に、参考資料として写真を何枚かお願いしました。

 快諾してもらって、それを参考に新しくイラストを仕上げたんですが、これがある音楽グループの目に留まって、CDのジャケットに起用されたんです。

 こんなことを言っては失礼なんですが、聞いたこともないグループでした。

 ボーカルのいるバンドではなく、楽器のみのインストバンドなんで、やっぱり一般的には認知度は低くなるんでしょうね。

 それでも、メジャーレーベルから出てましたから、大、大、大快挙です。

 彼女にできる限りのお礼をしたいと申し出ました。


 照れくさい話なんですけど、彼女からの要望は僕との交際でした。


 僕は恋人なんていたこともなかったし、彼女はまさに絵に描いたような理想の子だったわけですから、断る手はありません。

 建て前として「僕がどういう人物か実際に判断してからのほうが」とか言って、夏に会いに行きました。遠距離だったんですよね。関東と関西。


 お互いにぎこちなかったんですけど、たぶん最初から付き合うことは確定で決めていて、たぶんその時は一瞬も揺らがなかったと思います。

 ぼくのほうは、少なくとも。

 印象通りの子でした。明るくて優しくて、ときどき、ふっと消えてしまいそうで。


 しばらくは長期休暇ごとに一回会うくらい、年に二、三回会ったり旅行したりして、残りはビデオ通話でやり取りをしました。


 僕はとりあえずデザイン関係の就職先を見つけ、フリーランスの仕事をときどき受けながら、一本立ちを目指しつつ、貯金をしました。

 本当は就職の段階で彼女のいる関東に移りたかったんですが、条件に合う会社に通らなくて。もたもたしてるうちに卒業までに決定するのが危うくなって、彼女にあまりこだわらないでって言われて、ようやく決めたんです。


 彼女のほうも地元の大学に進学してましたから、それまで通りの関係が続いていきます。


 ある時期に、イラスト業界の雰囲気が変わっていきます。

 イラストレーターという存在にプレミア感がなくなって、レッドオーシャンと化していくというか。

 実力のある子がばんばん出てきたんですよね。

 イラスト特化のSNSなんて見ると、プロ顔負けの素人がごまんといるんです。

 仕事のほうも、じつはパイ自体は増加していて、パソコンやケータイのゲーム用イラストや、カードゲームのイラストの仕事なんかがたくさん出てきました。

 ゆるキャラみたいなキャラクターデザインの仕事も目立ってきましたね。

 でも、人気作家でなければ糊口をしのげるほども稼げませんでしたし、僕はそういうのとはちょっとジャンル違いでしたから、業界全体では実力者が増えて相対的にはやっていくのが難しくなった印象でした。

 僕もそういう世間を見ていて、自分のスタイルや画風が正しいのかって、疑問に思い始めたんです。

 イラストや漫画の大家の方なんかも、画風の変更や仕事の減少であえぐ方が多かったようですね。


 その辺りからですかね。彼女と口論になるようになってきたのは。


 これまではケンカのケの字もなかったというか、彼女が甘えでわがままを言うくらいのものだったんですけど、少し押しつけがましくなってきたというか、僕の仕事やイラストなんかにも意見するようになってきましてね。

 お互いのルーツがルーツですし、彼女も僕を想って言ってくれているのは分かっていたんですが、僕も早く一人立ちしたかったですし、何より住まいを関東に移してしまいたかった。

 ずっと、会うたびに写真を一枚残して、それを元にイラスト化するということをやってきたんですけど、それも初めて途切れました。


 不思議なことに、まあ、ただの偶然でしょうが、ビデオ通話の通信状況も悪くなることが増えてきました。

 大粒のブロックノイズがでるんですよね。黒い正方形の。

 お互いに機器の不調かと思って交換したり、僕のほうはネット回線も切り替えたりしたんですけど、ちっともよくならなかった。


 ことさら不思議なことに、僕たちの雰囲気が悪くなっていくほどに、ノイズは増えていきました。


 奇妙は奇妙だったんですけど、お互いにこの法則に気づいてからは、ノイズが出始めたらいったん冷静になる、ということをしたんで、口論がそこでストップできたんです。

 まるで僕たちの仲を取りなそうとするようだったから、良いものと捉えていました。


 ある時、彼女が入院すると言いました。

 検査入院だから大丈夫。そう、言っていました。


 一週間近く連絡が途絶えました。

 そのあいだに彼女のお母さんが連絡をくれました。

 彼女は難病を患っていました。発覚したのは中学生のころだったそうです。

 悪化すればいのちを落とす病。根治の難しい病。お金も必要になる。

 でも、生きられないわけじゃない。


 ちなみに、僕が資料用にと頼んで送ってもらった写真は、病気が発覚した後に家族で思い出作りをして撮ったものだったそうです。


「隠しててごめんなさい」


 彼女は謝りました。謝るなんてとんでもない。

 彼女が大学を関東にせざるを得なかったのも、病院の都合だったようです。

 僕は頑張って早くそっちに行くからといい、関係の継続を誓いました。

 泣いて喜んでくれましたが、その顔は酷く哀しそうでした。


 彼女に内緒で、僕はペンネームと画風を増やすことにしました。

 僕たちの出会いのきっかけになった彼女の好きと言ってくれた画風と、仕事用にやや万人受けやポップさを加味した画風の二刀流です。


 幸運なことに、トレンドを意識した画風の方にはよく仕事の依頼が来ました。

 継続するのは大変でしたが、本業を退職してもやっていける圏内には届きつつありました。


 彼女が二十二歳になる冬のことでした。

 入退院のあいだを縫って、久しぶりに生身でのデートです。


 僕は仕事が上手く行っていることと、転居の計画を伝えました。

 白状すると、僕はその日にようやく一線を越えるつもりでいました。

 けれども、彼女の答えはノー。まだ来ないほうがいいかも。そう言いました。


 それで別れたわけではなく、僕らのやり取り自体は増えました。


 彼女は頻繁に僕に電話をくれるようになりました。

 代わりに、ビデオ通話の頻度は極端に減りました。

 入院しているからかと勘繰りましたが、彼女は否定しました。

 ただ、通話しても以前にも増してノイズが酷くなってしまうので、けっきょく電話と大差がありませんでした。


 仕事のほうも、おかしなことや不運が続きました。


 単純なキャンセルはもちろん、依頼主の倒産や夜逃げが続きました。

 それに、作品にもブロックノイズが紛れこむようになってきたんです。

 いちばん多かったのは入稿したデータの異常でしたが、元データが壊れたり、印刷物になってから発覚するパターンもありました。


 それらは決まって美少女系イラスト関係の仕事のときに起こったんです。


 その頃はもう隠しペンネームのほうがメインになっていて、女の子の肌の露出も増やしていました。そういうのは売れました。

 彼女との生活にも手が届きそうなくらいに稼げたんです。だから、ちょっとやそっとの事故には負けていられなかった。


 珍しく彼女のほうからビデオ通話のお誘いがありました。


 最後に会って以降は、僕のほうがゴネないと通話してくれなくなっていたんです。でも、その日は違いました。


 珍しくノイズもなく、きれいに映っていました。

 入院着にマスク姿。彼女は必死に隠そうとしていたようでしたが、顔はむくみ、髪から色艶が失われていました。

 いきなり姿を見せられたら、彼女だって気づけないほどの変わりようです。


 彼女は病気が進行しているらしい(・・・)と話しました。


 医者の見立てや、科学的な数値と現状が合致しないというのです。

 難病ですから、あることかもしれません。

 彼女は、おのれの姿を醜いと嘆きました。

 僕は変わらず彼女への愛を語り、どうせ反対されるからと相談もなく決めた上京の日取りを伝えました。

 彼女は病院では個室に入っているらしく、僕は冗談めかして「個室なら僕も入り浸って半入院になるかもね」なんて言いました。

 彼女がどれだけ変わってしまっても、僕は動じない。それが義務だと思ったからです。


「来ないで! 違うの! 聞いていたのと違うの!」


 不測の事態や未知というものは恐ろしい。誰だってそうです。


「そうじゃない、こんな病気のはずじゃない!」


 彼女は不意に入院着の前を開きました。

 僕はいっしゅん、彼女は何か黒いインナーを着用しているのかと見間違えました。


 ですがそれは、彼女の肌に現れたそれは、黒い斑点でした。


 彼女は分かっていて見せたはずなのに、自身の身体を見ると、「違う!」と叫びました。

 何が違うのか。落ち着いて。通話画面の彼女は服を脱ぎ、身体を検めているように見えました。多分ですけど。

 はっきりしなかったのです。彼女が取り乱すと同時に、またあのブロックノイズが広がってしまい、ばらばらのパズルのように映像が乱れてしまっていたから。


 そのまま通信不良で切断されました。

 電話も通じず、翌日になって彼女が窓から身を投げたことを知らされました。


 葬儀のさい、お棺を開けることはできませんでした。


 思い出の写真と、僕の描いたイラストの中でも彼女のお気に入りの一枚が、添えられました。


 僕はもともとイラストレーター志望です。

 彼女を失っても、ペンを置くことはありません。

 ただもう、あの最初の画風を世に出すつもりはありませんでした。

 あれは僕と彼女とのだけのものにしておきたいのです。


 しかし、相変わらずデータや印刷に問題が起きることが多く、噂が広まったのか仕事が減りはじめました。

 どんなに絵柄がウケていても、入稿に問題があっては困りますもんね。


 僕はなんのために描いているのか分からなくなりました。


 せっかく来た仕事をふいにして疲れ果てた夜、ふとチャットアプリのアイコンが目に入りました。


 彼女の名前を呟きながらアプリを起動すると、見知らぬIDから連絡先の交換依頼が届いていました。

 この頃はまだスパムは多くなく、単純に交友を広げたい外国人が承認を求めてくることがありました。

 でも、アカウント名がでたらめな英数字の羅列だったので不審に思い、拒否しようとしたのですが、疲れからか間違って承認ボタンを押してしまいました。


 承認を押した途端、ビデオ通話が掛かってきました。


 僕は彼女との思い出のログを読むためにログインしたのに、見知らぬ変なやつに絡まれている。

 腹が立ったので、逆に通話を受けてどんな奴が掛けてきたのか見てやろうと思いました。


 通話を繋ぐと、見覚えのある黒い画面が表示されました。


 誰かがいるけれど、黒い四角の群れに覆われて見えない。

 見えている部分もパズルのようにズレている。

 あのノイズ現象は、彼女との通話のとき限定の怪現象だったはずなのに。


 僕は彼女の名前を呟きました。


 すると、


「ケイくん……?」


 確かに彼女の声が聞こえたのです。

 僕は必死になって語りかけました。

 ノイズが取り払われ、彼女の姿が現れる。

 病に冒される前の、あの美しく、快活で、どこか儚げな姿の彼女が。


 疲れからの幻覚か、そう頭によぎりましたが、どうでもよかった。

 僕はきみをどんなに愛していたか。どんなに会いたかったか。

 仕事が上手く行かない。本当はこんなはずじゃなかった。


 泣いて、取り乱して、甘えに甘えました。

 ビデオ通話越しの彼女は優しくうなずき、僕を慰めてくれました。


 それからというもの、僕は彼女と毎晩のように通話しています。

 おかげで、気持ちも安定しましたし、どういうことかノイズも消えたんです。

 ビデオ通話のノイズだけじゃなく、仕事のデータのノイズもですよ。


 僕は最近、新しい仕事に手を出しました。


 クリエイター支援機能の付いたサイトで、十八禁イラストを投稿しています。

 けっこう支援者がついているので、コスパの悪い小口の仕事を受けるのがバカらしくなるくらいには稼げていますよ。

 彼女との時間を増やしたいので、生成AIに自分の絵を学習させる試みもやっています。


 最近の彼女はちょっと積極的になって、大胆な格好でビデオ通話に出てくることが増えましたね。

 それにこの前なんて、空いた時間にキーボードの掃除をしていたら、髪の毛が出てきたんですよ。長い髪の毛です。

 嬉しいですよね。瓶に入れて保管しています。


 やっぱりあのブロックノイズは、僕たちの仲を取り持つものだったんです。


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