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昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「村」の章

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2/8

ゆうくん

 みなさんは「個人サイト」というものをご存じ、または覚えていらっしゃるだろうか?

 その名の通り、個人で運営するインターネットサイトのことだが、今日日わざわざこういった呼び方をすることは少なくなったように思う。


 舞台となる二〇〇〇年代初頭では、無料でサーバーをレンタルできるサービスも多く、サイトの雛型もサービス側で用意していくれるケースもあったため手軽に利用でき、多くの個人サイトが乱立していた。

 内容としては趣味や専門知識についてまとめられたものが多く、たとえばイラストや小説を公開したり、手持ちの趣味品や旅の風景を写真に撮って解説と共にアップロードするといったものがあった。


 当時のインターネット人口は今と比べていくつも桁が少なかったが、中には訪問カウンターが何百万ヒットや何千万ヒット(カウンターの回転数をヒットという単位で数えていた)しているという人気サイトもあった。


 もちろん、人気サイトはひと握りで、閉鎖までに三桁しかカウンターの回らないような弱小が大半を占めた。

 こういった弱小サイトには、肝となるコンテンツが少なく、無理矢理ひねり出した日記や詩、あるいはレンタルサービスから持ってきた掲示板やチャットしかなく、プロフィールやパソコンのスペック紹介、更新情報の部分が紙面の大半を占めているようなものも珍しくなかった。


 そんな、いっけん無目的のようなサイトも、大切な意味を持っていた。


 サイトが作られた経緯には、管理人がなんらかのコミュニティやサイトに参加しており、そこの誰かに感化されて開設に至ったケースが多かった。

 そうなると、その知り合い同士でサイトを持ち、リンクを貼り、お互いに訪問してやりとりをするというコミュニケーションが付随する。


 つまり、「ホームページ」とはよく言ったもので、個人サイトは「家」のような側面も持っていたのだ。


 家が集まれば「村」ができる。

 個人サイト運営者同士のコミュニティは、まさにそれだ。


 とうぜん、廃村も珍しくない。コンテンツ不足や管理人の都合で運営が続かず、利用者が去って寂れてしまうケースもままある。

 反対にサイトが成長すれば人が集まり、トラブルも発生して個人では管理が行き届かなくなることもある。その場合は、掲示板やチャットそのものを閉鎖する結論にたどり着くもので、自然と「村」とは呼べなくなってしまう。


 では、どんなサイトが「村」として残るのだろうか?

 そして、「村」のままであり続ければ、どうなるのか?


 コワイ話の好きな諸君なら、もう想像がつくだろう。


 醸成される独自の偏った価値観や因習。そして独特な住人たち。

 すべて当てはまるわけではないが、インターネットにも確かに「村」はあった。



***ゆうくん*** 


 二〇〇X年、あるフリーゲーム作者のサイトでのできごとだ。


 そのゲームは、ロールプレイングゲームを作れる某有名ソフトを使った作品で、ゲームとして凝っているというよりは、ギャグで笑わせる作風のものだった。

 そのため、サイトに集まってくる年齢層は低めで、当時のわたしと同年代の中高生が多く利用していた。

 カウンターの回転数は一日百ヒット程度で、無名を脱する程度には繁盛していた。

 それでも治安は比較的よく、掲示板はゲームの感想やおすすめゲームの紹介などが交わされるだけの静かな場所だった。


 ……のはずだったが、掲示板に居つく者が増え、サイトに変化が訪れた。


 管理人は即レスポンスをくれるわけではなく、返事を待たなければならない。

 そして、待ちくたびれた利用者が掲示板で会話を始めてしまったのがきっかけだ。

 そこで管理人がとった対策がチャットの導入で、「雑談はそちらでお願いします」というものだった。

 同時に、ファンアートを描きたいという要望から、お絵描き掲示板も設置された。


 こうしてサイトは、ひとつのコミュニティへと進化した。


 もともと同年代の利用者の多いサイトだ、チャットは盛り上がった。

 ゲームの話はもちろん、学校の話題や個人的なことも多く話された。


 管理人(ゲーム制作者)も高校生で、たまにチャットに参加していた。

 管理人が現れると、わたしたちはそれまでの会話の流れを断ち、我先にと彼に話しかけた。

 お絵描き掲示板においても、管理人からコメントを貰えると羨ましがられ、絵が上手いと当然コメント率も上がり、もともと描く習慣のない利用者までもが慣れないマウスを使ってのお絵描きブームが起こるほどだった。

 そのうちに自分でもサイトを作る者が現れ、相互リンク(知人のサイトや、おすすめサイトを紹介するページでお互いに紹介しあうこと)を求めた。


 ある種の狂騒、管理人を神格化した祭りのような状態だ。


 それでも、管理人は毅然とサイトを管理し、話や趣味の合う利用者を少し贔屓する程度で冷静だった。

 だが、管理人もひとりの人間だ。

 動き始めたコミュニティをコントロールしきれるはずがなかった。


 ある小学生の利用者がいた。名前は「ゆうくん」とでもしておこう。


 ゆうくんも、チャットをよく利用していた。

 片手で数えるほどの年齢差とはいえ、小学生と中高生とでは話が合わない。

 気を回した者が話を合わせてあげることもあったが、「ゆうくんは小学生だから」という枕詞がついて回り、彼には面白くなかった。

 チャットではゆうくんが現れると空気が悪くなるようになり、ゆうくんもそれを察し、彼が不満をいだかずに退室できる日はなかった。

 まだ学校教育にパソコンを導入していなかった時代だ、彼がクラスではパソコン博士のような扱いだった(当人談)のも災いしていたようだ。

 ゆうくんの関心の引き方もよくなかった。

 管理人が自分に返信をくれないことを掲示板で非難したり、別人のふりをして自身を擁護するような書き込みを繰り返した。


 いよいよ目に余り、管理人に名指しで注意をされた。

 掲示板では管理ページで書き込みのIPアドレス(回線ごとのナンバーのようなもの)を確認することができたため、なりすましがバレてしまったのだ。


 ゆくんへの非難、なりすましからの偽者騒ぎ、いつしかサイトは荒れていた。

 外部から来たらしき利用者による荒らし行為も発生し、常連同士の言い争いも珍しくなくなっていた。

 貼られたリンクを踏んでウイルスに感染した、なんて騒ぎまで起こった。


 ゆうくんは「荒らし」として認定されていた。

 彼が発言すると「荒らしは帰れ」、ときには「死ね、自殺しろ」と返された。


 だが彼は、周りから疎まれれば疎まれるほど、認めて欲しがった。


 危険なサイトのリンクを自慢げに貼り、他人の描いた絵を自作として投稿し、どこからか拾ってきたクラシックのMIDI(音楽ファイルの形式)を持ってきて「作曲した」と言った。


 サイトからは常連以外の書き込みが絶え、管理人の作ったゲームの感想を話す者は皆無となった。


 酷い状況だ。

 だが、今となって考えれば、これはゆうくんだけのせいではなかっただろう。


 彼の気持ちを汲めなかった者や、「ゆうくん問題」を面白がった者が作り上げた状況なのだ。わたしを含むほかの常連だって同罪といえた。

 だが、当時のわたしたちは、管理人を神として祀り上げたように、ゆうくんを悪魔として糾弾したのだった。



 とどめの一撃は管理人が下した。



 ゆうくんは汚名を返上しようと、お絵描き掲示板でファンアートを描こうとしたようだ。だが、操作を誤って、描きかけや白紙を連続投稿してしまった。


「いい加減、荒らすのはやめてください」


 管理人からのコメントだ。


「ごめんなさい。間違えました」

「あなたのことは信用できません。サイトに来ないでください」


 どれだけ誤操作だと弁解すれども、管理人は信じてくれなかった。


 ゆうくんが誰かに諫められるのは日常茶飯事だったものの、これはどうも本当に「単なるミス」だったように見えた。

 そのため、管理人のことばは深く刺さったようだ。


 ゆうくんはサイトに来なくなった。


 それと同時に荒らし行為も一気になくなり、常連同士のやりとりも穏やかなものに戻っていった。


 こうして、ゆうくんが悪魔だったことが証明されてしまった。


 ひと月くらい経った頃だろうか、掲示板にある書き込みがおこなわれた。



 ゆうくんの父です。

 この度は息子がご迷惑をかけたようで、謝罪をしにまいりました。

 息子は自殺を企てました。

 さいわい未遂に終わりましたが、現在は入院をしています。

 時期が時期ということもあり、中学受験が難しくなってしまいましたが、これも彼の自業自得ということなのでしょう。

 こちらのサイト様には二度とアクセスしないように言い含めておきます。

 サイト運営者様や利用者様にご迷惑をかけたことを、こころよりお詫び申し上げます。



 チャットではこの書き込みの真偽が議論された。

 どうせなりすましだろう。みんなそう言った。

 ゆうくんのこれまでのおこないだけでなく、ある大型掲示板で「>>1の母」が現れた事件以降、こういうネタ文章も珍しくなかったからだ。


 ……だが、もしも本当だったら?


 普段なら横やりの返信はありがちだったが、「ゆうくんの父」の書き込みに関しては、誰も返信をしなかった。

 みんな、管理人からの返答があるのをじっと待っていた。


「そうですか。お大事にとお伝えください」


 レスポンスがあったのは一週間後だった。

 無難なような、醒めたような短い返答。

 だが、わたしたちはチャットで管理人の返信をとにかく賞賛した。

 そして、管理人が疑わなかったということは、悪魔は罰せられたということだ。

 わたしたちは正しい。満足だった。


 ただ、ゆうくんに対して優しかった大学生の女性利用者だけが冷静で、「もうここには来ない」と言った。


 この事件以降、管理人はあまり現れなくなった。

 だから、わたしたちはわたしたちのルールでサイトを守り、神を待ち、たまの降臨を崇めたのだった。


 あるタイミングで、掲示板が別のレンタルサービスのものに変更された。


 管理人も苦い思い出を想起させる景色を残しておきたくなかったのだ、多くが口をそろえていた。

 だが真相は別にあり、撤去の数日前の「ある書き込み」が原因だった。



「パスワードは123」



 誰かが掲示板の管理パスワードを発見し、書き込んだのだ。

 この書き込みはすぐに削除されたため、一部の者だけが気づいた。

 わたしも日に一度は閲覧していたため、この書き込みを見ていた。


 そして、好奇心から管理ページにアクセスしていた。


 管理ページは殺伐としていた。

 削除機能は投稿データを抹消するのではなく、一般向けに表示されなくするだけの仕様らしく、これまでの荒らし投稿などがすべて残っていた。

 投稿者の名前の横にはIPアドレスが表示されており、これで同一人物かどうかの確認ができた。


 ログを辿り、ゆうくんの父の投稿と、それまでのゆうくんの投稿を見比べてみるとアドレスは一致し、少なくとも同じ接続環境から書き込まれたことが分かった。


 ゆうくんはあれだけ執着していたし、こらえ性もなかった。

 一ヶ月の沈黙ののちにあの書き込みを演じることは難しいだろう。


 つまり、ゆうくんは本当に自殺を企てたのだ。

 わたしはここで初めて自身を顧みて恥じ入った。

 わたしは比較的、彼とは仲良くできていたほうだったが(歳の離れた弟や妹がいたからだろう)、ほかの常連と一緒になって陰口を叩いたことが何度もあったのだ。


 顧みたももの、わたしは愚かだった。


 ゆうくんが可哀想だと青い義憤を奮い立たせ、彼を酷く攻撃していたのは誰ぞとログを辿った。

 ひょっとしたら、常連に「鬼」が紛れているかもしれない。


「自殺しろ」


 いちばん悪質な書き込みをしていた者がいた。

 繰り返しゆうくんに死を勧め、掲示板に不審なアドレスまで貼っている。

 ハンドルネームは使い捨ての「あ」。だが、IPアドレスまではごまかせまい。


 見つけた。

 同じIPアドレスだ。



 ……管理人と。



***

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