表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「飢」の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

さまよう騎士2

※本エピソードは前後編の後編になります。

 タックが教室に復帰してきたが、ダイショウは彼へのいじめ行為を再開しなかった。

 集中的に狙わないというだけで、クラスのいじられやすい層と同じような扱いだったし、あだ名は「眼鏡フレーム」のままだった。

 タックはしばらく、行動を起こさなかった。だが、リョータさんが気づくと彼はいつでもダイショウを鋭い視線でにらんでいた。


 ネットで「隙を窺っているのか?」と訊いてみると、「いや、ただにらんでるだけだ。勝負の方法にはあてが出来た」と返された。


 荒れ果てた六年二組にも、着席率の高い授業があった。

 総合学習のコンピューターを使った授業だ。


 ダイショウが前に在籍していた小学校では、パソコンを教えていなかったらしく、彼は基本的なOSの操作や、タッチタイピングなども未履修だった。

 彼がこれらの習得に意欲を示したため、それに習ってクラス全体がパソコンモニターと向き合った。

 引き続き臨時で担任を務めていた副担任も、稀代の問題児が学習に前向きな姿勢を見せたということで、彼に付きっ切りで指導した。


「やつをこっちのフィールドに誘いこむ」


 タックは言った。


「なるほど、ゲームで対決をしようってのか」


 リョータさんは胸をなでおろす。てっきり、暴力的な方法だと思いこんでいた。


「タイピングゲームか? ダイショウも夢中だったし」

「いや、タイピングはダメだ。それこそ、暴力みたいな差がある」


 ふたりは毎日チャットをしている。ブラインドタッチはとっくに習得済みだし、教室内でも打鍵の音を抑えなければ注目を集めてしまうほどに早い。

 特にタックはリョータさんよりも早く、記号や特殊キーの使い方もマスターしていた。


「そんなこと言ったら、パソコン関係は全部タックが有利だろ」

「だから、やつの興味を惹けて、実力と運の両方が絡むものがいい」


 そう言われてリョータさんは、該当するゲームをすぐに想起した。


「ゴッピーか」


 ゴッピーはゴッドピープルの略称で、インターネット上で他人と対戦できる無料のゲームだ。

 ジャンルはカードゲームで、デッキから引いた攻撃カードで相手を攻撃して、相手は防御カードでそれを防ぐ。ライフがゼロになれば脱落。最後まで生き残れば勝利だ。参加人数をふたりから複数人と自由に選べ、チーム戦などの遊び方もできる。

 デッキは自分で構築せず、固定の山札から引くようになっているため、ゲームのルールさえ覚えてしまえば誰でも似た条件で戦える。


「今回のパソコンの授業は、インターネットが解禁されてる」

「五年の総合じゃ最後の日だけだったからな」

「ああ、あの時にゴッピーを教えたやつがほかに何人かいるから、自然にダイショウにもやらせられるはずだ」


 タックの目論見は当たり、次の授業ではゴッピーブームを起こすことに成功した。

 ゲームに夢中で誰も授業を聞いていないと副担任は涙目だったが、致し方ないだろう。


 自然な流れだった。

 ホームルームの時間に、副担任が次の担任が決定したと話した。

 育休から復帰した若い女性教諭ということで、ダイショウも漫画を読みつつも話に耳を傾けていた。

 そこに、リョータさんが「カオリ先生は戻ってこないんですか?」と訊ねた。

 カオリ先生はすでに教員として働くこと事体を辞めている。

 副担任がそれを説明すると、タックが「誰かさんのせいで辞めたんだ」と言った。

 聞きつけたダイショウが椅子と机を倒して立ち上がり、タックへと詰め寄る。


「今、なんつった?」

「カオリ先生は、おまえのせいで辞めたって言ったんだ」


 胸倉をつかまれるタック。ダイショウは頭一つぶん背が高く、横幅もある。

 真後ろから見ると、タックが完全に隠れた。


「殴るなら殴れ。撤回はしない。おまえのせいだ」


 タックは繰り返した。

 ダイショウは暴走時以外は大人の前で殴ることはしない。

 だが、彼がこぶしを振り下ろさなかったのは別の理由があるようだった。

 顔をまっかにし、目を潤ませ、それでも理性を保とうとこらえていた。


「ダイショウ。文句があるなら、ゴッピーで勝負だ。カオリ先生のことは、俺にも責任がある」


 こうして決闘が決まった。


 決闘は来週の総合の授業。

 さしものダイショウも、よそのクラスをパソコン室から追い出すことはできない。

 空いているタイミングで副担任に鍵を開けさせ、取り巻きと共にゴッピーの特訓に勤しんだ。


「俺たちも練習しとくか?」

「いや、いまさらだ。それに、リョータとは一緒に戦えない」

「なんでだよ? チーム戦もあるだろ」


「チームメイトが強かったからって言い訳されるからな。タイマンは実力差が出やすいから、野良(≒知らない人)を交えてやるように提案する。時間もかかるから四人バトルあたりが適当だろう」


 リョータさんはリスクが大きすぎると考えた。

 タックが独りで挑んだとしても、相手がそうするとは限らない。

 野良が複数人いて、どちらかを集中攻撃した場合も勝負がうやむやになる。


 だからリョータさんは、決闘の前日に「調子が悪いから早く寝る」と予防線を張り、当日は学校を欠席した。


 もちろん、こっそり野良プレイヤーとして潜りこんで、タックをサポートするためである。

 攻撃対象などは任意で選べるため、チームを組まなくても特定の誰かを有利にすることは可能だ。

 チーミング行為がバレればただじゃ済まないだろう。

 だが、リョータさんには匙加減を調整できるくらいには自信があった。


 決闘用の対戦部屋に潜りこむのは、ひやひやしたもの上手く行った。

 平日の昼前だというのに、ゲームにアクセスしている人数がそれなりに多い。

 部屋名に分かりやすく「決闘」が入っており、室内には「タックバルト」と「無敵王将司」が待機していた。


 リョータさんと野良を加えて、試合が始まった。


 ダイショウは序盤から攻撃力の高いカードや防御力の高いカードを速攻で出していた。属性の相性やコンボは理解しているようだったが、中盤になって勢いを失う。

 対してタックは序盤は攻めることよりも、カードの枚数を意識して手札を回転させることに注力しているようだった。

 リョータさんは不確定要素である野良を集中的に攻撃し、先に脱落させる。ドロー運はそこそこだったが、余力があまりない。


 だが、切り札が一枚あった。


 ある状態異常を付与する魔法カードだ。

 これを受けると、防御のさいに出せるカード枚数が一枚に制限される。

 強い防御カードをたくさん持っていても、敵の攻撃が防ぎきれない可能性が出てくるのだ。


 リョータさんは散りぎわに、ダイショウにこの魔法カードを使った。


 すると、タックは次のターンで攻撃カードを怒涛の勢いで重ねて使用し、いっきにダイショウのライフを削り切った。

 仮にライフが無傷の初期状態でも耐えきれない大ダメージだ。


 完全な勝利だ。

 リョータさんは達成感と共に退室し、今からでも登校しようかと思案した。


 ……が、退室したはずの決闘部屋にバトル中を知らせるマークが点灯した。


「しまった、三回勝負か!」


 作戦がきれいに決まりすぎたため、勝手に終わった気になっていた。


 焦れながら勝負が終わるのを待つ。

 十分か二十分の試合時間だったが、一時間以上かかったように感じた。


 勝負が終了したか、今度は部屋自体が解散された。

 三回勝負で一回戦はタックが勝利、二回戦で終わったということは、そちらもタックが勝ったということか?


 しかし、時計を見ると、四限目の終了時刻五分前になっていた。

 たんに時間切れかもしれない。


 そわそわしながら放課後を待ち、帰宅したタックにメッセージを飛ばす。


「勝負には勝ったよ。三回勝負ルールで先に二勝した」

「おめでとう!」

「ともいかないんだ……」


 やはりダイショウはごねたらしい。負けたのは野良のせいだと。

 一回戦の決め手となったリョータさんの魔法カードも、直前にダイショウから攻撃を受けていたため、正当な意趣返しに見えたはずだった。


「明日またリベンジマッチだ。三限目に抜け出してやるんだとさ」


 タックはやれやれといった調子だったが、余裕がありそうだった。

 ダイショウは特訓を重ねてはいるが、練習相手の取り巻きがいうほど詳しくなく、しかも忖度をしているようなので、成長に枷が掛かっているのだという。


「明日は風邪ひくなよ? どうせタイマンだからな」


 お見通しらしかった。

 リョータさんも腹を決め、明日は見守ることに決めた。



「おまえ、眼鏡フレームにこっそり手を貸してただろ!」



 リョータさんは教室に入ってすぐに突き飛ばされた。

 見下ろすダイショウは怒りの形相だ。


「俺はゴッピーなんてやってない」

「誰がゴッピーなんて言った?」


 しまった。カマを掛けられたのだ。


「ま、決闘があるのはみんな知ってたから、予想はできるだろうがな。だが、俺様の勘は当たってたようだな?」


 リョータさんは立たされ、取り巻きに囲まれた。

 だが、何もされなかった。ダイショウは不気味に、にやにやと笑うばかりだ。


「……来たな。おい、眼鏡フレーム。こいつは不正していたのをゲロったぞ」

「おい、タックを殴るな! 俺が勝手にやったことだろ!」

「おまえにゃ言ってねえよ!」


 リョータさんは腹を殴られるタックに視線を送り、表情で謝った。


「だが俺様は勝ちにしろとは言わない。勝負は今日のタイマンで決める」


 意外と男らしい……と、思ったのもつかの間。


「ただし、ペナルティとして闇のルールを追加させてもらう!」


 ダイショウの追加したペナルティは想像を絶するものだった。


 プリントの印刷に使われている「わら半紙」を切るために使われている、押切裁断機というものがある。

 長い刃のついたハンドルを降ろし、体重を乗せて紙の束を切る道具だ。

 これの刃の下に手を入れた状態で勝負しろというのだ。


「別に負けたら指をちょんぎれなんて言わねえ。ただ、ここに手を入れたまま戦えばいい。安全装置は外してもらうがな」


 万が一何かのはずみで刃が落ちたら大けがだ。

 さいあく指を失うだろう。

 リョータさんは、まるで自分が指を差し入れたかのように背筋を冷やした。


 すまん、タック……! 断ってくれていい。なんなら、俺の手を使えば……。

 情けないことに、ことばにはできなかった。


 だが、タックは眼鏡の下からダイショウへ冷たい視線を向け、「いいだろう」と承諾した。



 三限目。ダイショウとタックは空席をふたつ挟んでパソコン前に並んだ。

 リョータさんは両脇を取り巻きに押さえられながら、発言できないようにハンカチを口に入れられての観戦だ。


 クラスメイトの見守る中、最後のゴッピーバトルが始まった。

 ルールはタイマン。泣いても笑っても一回限り。


 負けたほうは次の朝礼を乗っ取り、朝礼台の上で「カオリ先生を辞めさせたことを土下座謝罪」することになっている。


 初回の試合から学んだか、ダイショウは強力なカードをすぐには使わず、ある程度キープしながら手札を回した。

 タックは定石通り、やや過剰気味にカードを消化して手札を回し、有用なカードをストックしていく。


 銀色のやいばの下に指を差し入れたままの試合。

 タックのこめかみに汗が光るのが見える。

 だが、彼は平静を維持しているように見えた。


 互いにライフを削り合い、ほぼ互角の状況で試合は進んだ。

 勝負が動いたのはタックのターン。超回復薬を使用し、ライフを戻す。


 しかしダイショウは、にやりと笑った。ダイショウのターン。疫病の魔法カード。


 状態異常の病気は厄介だ。

 放置すると悪化し、末期段階を迎えるとライフに関わらず死亡となる。


 タックはまだ手札を回している。彼の画面を見れば分かる。手札の中に、状態異常を治療するためのカードが一枚もない。


 観戦していたリョータさんは、敵の手札を教えてやりたくてしょうがなかった。

 だがそれはできない。祈るしかなかった。


 不安の種をかかえたまま試合が進む。

 さらにダイショウは中回復。安全圏にまでライフを戻す。

 そして、手札にはずらりと並ぶ武器カードと強化カード。


 タックは末期段階を目前にしたまま、ダイショウに少量のダメージを与えて終わった。


「いい気味だな。昨日のリベンジだ!」


 ダイショウが笑いながら、過剰なまでに攻撃カードを並べた。

 何もせずとも次のターンには病死。勝利は確定していた。

 だが、昨日の屈辱と彼の性格がそれを許さなかったのだろう。


 タックの防御フェーズ。

 彼はたった一枚のカードを提示した。


「いにしえの鏡」


 すべての攻撃を相手に返せるカードだ。

 ダイショウのライフはゼロ。みずからの攻撃で敗れ去った。


 勝負が決し、クラスメイトたちはダイショウの様子を固唾を飲んで見守る。

 彼は顔をまっかにし、歯茎をむき出しにし、眉間にしわを寄せて震えていた。


「ちくしょう!」


 力いっぱいにテーブルが叩かれる。


 パソコン室の机は長机だった。

 タックの席の押切裁断機が、音を立ててわずかに跳ねた。


 だが、タックは顔色一つ変えなかった。

 手を裁断機から逃がすこともせず、また、やいばが落ちることもなかった。


 歓声に包まれるパソコン室。

 誰もがタックのそばに集まり、彼を賞賛した。

 リョータさんを見張っていたはずの取り巻きたちさえ、裁断機をどけて勝利者の肩を叩いていた。



 そして友人はリョータさんを振り返り、「ありがとうな、相棒」と言った。



 勝負はタックの完全勝利で終了した。

 ふたりは放課後に秘密基地で祝勝会を開いた。


「みんなの様子を見たか? あれなら、明日から変わるかもしれない」

「ああ、そうだといいな」


 じっさい、その日の残りの授業は珍しく通常通りに進んでいた。

 ダイショウは独り、教室から姿を消していた。



 しかし、悪童はそれで終わらなかった。



 朝礼の場での土下座。まずこれは果たされなかった。

 続いて、学級崩壊の継続。やつは翌日からも変わらぬ態度で振舞った。


 そして、悪辣の限りを極めた復讐。


 ……何がおこなわれたか、リョータさんは詳細を語ってはくれなかった。

 ただ、タックの姉への仕打ちは、カオリ先生へのそれとは比較にならないものだったということだ。


 タックの姉は部屋に籠りきりになり、タックは学校にもインターネットにも姿を見せなくなった。



 ある日のことだ。

 リョータさんが駅前を歩いていたら、駅の利用者が列をなしているのを見つけた。

 かれらはみな一様にイラついていた。電車が止まってしまったそうだ。



 果たして、タックは手紙一枚を残してリョータさんの前から永遠に姿を消した。

 手紙にはダイショウのしでかした悪事の詳細、それから大人たちのふがいなさへの抗議と、カオリ先生、両親、姉、そしてリョータさんへの謝罪が書かれていたという。



 リョータさんは失意に暮れ、部屋に引きこもるようになった。


 ダイショウには勝てない。誰も。

 オトナはあてにならない。誰も。

 いのちを賭した糾弾の手紙は握りつぶされ、六年二組という箱は形骸化の一途を辿っている。


 毎日、毎日。タックと共に遊んだゲームを繰り返すリョータさん。


 彼はある日、タックが熱を上げていた騎士の頂点のページを開いた。


 ランキングは更新され、タックバルトはランク外に消えていた。

 そして、ダイショウに似たアボガドバナナ加藤は二位になり、トップにせまりつつあった。


「なんでだ! タックは、タックバルトは勝ったはずなのに!」


 キーボードにこぶしを叩きつけるリョータさん。


「倒してやる、絶対に!」


 怒りのままに。騎士の頂点では同名のキャラクター制作が許されている。

 リョータさんは「タックバルト」を制作し、頂点を目指し始めた。


 ふた月ほどが経過したころ、ランキングに「タックバルト」が現れた。

 だが、何かがおかしかった。

 リョータさんの登録したタックバルトとは、ステータスが違う。


 リョータさんは首を傾げつつも、キャラクターの強化を続けた。

 すると、対戦相手として「タックバルト」が現れたのだ。

 リョータさんのタックバルトは、とつじょ現れた同名のキャラクターに下された。

 手も足も出なかった。


 それ以降、リョータさんの前にはたびたび「タックバルト」が現れた。


 リョータさんの作ったタックバルトがランクインしたころには、「タックバルト」はアボガドバナナ加藤を抜き、一位のタシーロへと王手を掛けていた。


 リョータさんはアボガドバナナ加藤には勝ったものの、ついぞ「タックバルト」に勝つことなく、ゲームを去ることになった。


 小学校卒業と共に、両親が引っ越しを提案したからだった。

 それを期に、個人用のパソコンを封印し、インターネットからも離れた。


 数年が経ち、リョータさんは再びパソコンを触るようになった。


 タックの命日だった。

 墓は知らされていないため、リアルの墓参りはできない。

 せめてもと、騎士の頂点のページを訪れる。


 一位に君臨するのは、あの「タックバルト」だった。

 ダイショウに似たあのキャラはもう、ランキングから消えていた。


 それから、たまにランキングをチェックしたが、「タックバルト」の一位は揺るがなかった。レベルは上がり続け、ステータスを伸ばし続けていた。


 騎士タックバルトは何を求めて戦場をさまよっているのだろうか。

 あのタックバルトは間違いなく、タックのアカウントのもののはずだ。


 騎士はそれからもずっと、さまよい続けたという。


 騎士の頂点がサービスを終了したのを期に、リョータさんから聞かされた話である。


******

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ