さまよう騎士1
本エピソードは前後編です。
***さまよう騎士***
体験者の「リョータ」さんが、小学六年生だったころの話だ。
リョータさんの所属する六年二組は荒れていた。
授業中にもかかわらず生徒の半数が校庭に出て遊び、残りのうちの大半も教室にいるだけで、ほかとおしゃべりをしたりしてまともに着席すらしていない。
春ごろまでは、よそのクラスや学年と同じく、まっとうに授業が進められていたのだが、ある事件をきっかけに、特定生徒が指導に従わなくなり、それにつられての崩壊だった。
いまどきガキ大将……という呼び方が、ぴったりな男子がいた。
呼び名は「ダイショウ」とでもしておこう。
ダイショウは春からの転校生で、前の学校ではなんでも一番だったという。
身体も大きく、すえは力士かプロレスラーとでもいわんばかりで、彼が強く押すだけで誰もが泣かされた。
転校前の学校でも、そうやって「一番」は作られていた。
とうぜん、そんな暴挙が許されるはずがない。担任教諭は注意した。
ダイショウは従わなかった。ただ従わないだけではない。
ほんの少し注意をしただけで顔をまっかにし、大声で泣くのだ。
泣く? なんだ、大したことないじゃないか。っていうか小六にもなって……。
いやいや甘い。大人顔負けの力で暴れるので手が付けられないのだ。
そして、もっと手が付けられないのはその両親だった。
学校側の言いぶんは頑として受け入れず、「私たちはおカネを払っている」と言って、親としての責任をすべて担任に丸投げ。
指導をしたらしたで教育委員会へクレームがつき、学校にも乗りこんでくる。
担任であるベテランの男性教諭も頑張ってはみたものの、毛を散らして休職するというありさまだった。
真面目に授業を受けたい子供を別のクラスに避難させる案もあったそうだが、ダイショウの両親がそれは自分の子供に対する差別だと叫んだし、当のダイショウも自分の意見が通りはじめると、多くの生徒たちを従え始めた。
直接のいじめ的な命令も怖かったが、無差別な暴走状態を恐れてのことだった。
後任は若くて熱意のある女性教諭だった。
彼女はダイショウに気に入られたが、毅然としていた。
腕力はダイショウのほうが強く、突き飛ばされたこともあった。
それでも彼女は折れなかった。
いじめを叱り、ダイショウの目を見つめて諭そうとした。
ダイショウはときには教諭に従った。だが、女性教諭はダイショウの暴走を恐れた取り巻きたちから嫌がらせを受けてしまう。
リョータさんの学校において、性教育の知識が悪用された最初の事件だった。
暴力にも屈しなかった女性教諭は、椅子に仕掛けられた赤い絵の具からの「大合唱」を受けて、教鞭を置くこととなった。
後任が決まらぬまま夏休みを迎えた。
リョータさんは学校が休みになって、ほっとしていた。
彼はダイショウに加担していなかった。いじめられる側でもなかった。
だが、いつどちらかに属する羽目になるかと、びくびくして過ごしていた。
そういう子は多かった。
日和見的に行動する子も多く、誰かが告げ口などをしないかと恐れてしまうため、教室でのおしゃべりはおろか、放課後に誰かと遊ぶ約束をする子も減っていた。
息の詰まる毎日……。このまま小学校最後の一年は終わってしまうのか。
だが、リョータさんは毎日のように友人と遊んでいた。
名前は「タック」。タックはリョータさんとは六年間ずっと同じクラスだった。
趣味や興味がそれほど合う相手ではなかったため、親友とまでは呼べないが、今の状況になったことで逆に仲が良くなった相手だった。
ふたりは、ダイショウの権力が及ばない領域を遊び場としていた。
インターネットだ。
自宅にパソコンがある生徒はほかにもいたが、ふたりは自分専用のパソコンを持っていて、インターネットも使えた。
前年の総合学習の授業のときにお互いにそれを知り、遊ぶようになった。
ふたりはネットの外、リアルではほとんど絡まない。
つるんでいるところを見られると、ダイショウや取り巻きに目をつけられる。
教室でも挨拶以外にはろくに口を利かない。
仮にほかに遊べそうなクラスメイトがいても、仲間は増やさない。
そう取り決めていた。
「ネットは、俺たちの秘密基地だ」
「秘密基地? タックはガキっぽいねー」
「まだガキだし、いいだろ」
「ま、そうだな」
だが、運の悪いことにタックはダイショウのいじめのターゲットとなった。
きっかけは、タックの眼鏡のふちが太くて特徴的。それだけだった。
こういうタイプのいじめは、飽きれば終わる。黙っていれば過ぎ去る。
そのうちにターゲットがほかに移る。
……はずだった。
正義に燃えていた女性教諭「カオリ先生」は、見逃さなかった。
タックをかばい、ダイショウを叱った。
ダイショウはカオリ先生を気に入っていたため、嫉妬した。
火の粉程度のいじめだったのに、タックは油まみれにされた。
眼鏡はひと月のあいだに、なんども修理された。
リョータさんは静観していた。
タックからそうしてくれと言われていたのもあったが、我が身可愛さもあり、加えておもな絡みがネット上だったせいで、友人が虐げられているという感覚が薄かったからだ。
六月の半ばごろに、タックは学校に来なくなった。
学級崩壊は保護者たちも知っている。小学校生活は残りあと一年だ。
やり過ごす判断をする家庭も多かった。
タックもまた、無理に登校する必要はないとされた。
もともと塾に通っていたし、学業は中学生の姉がひと肌脱いでくれてもいた。
タックが来なくなったのを契機に、リョータさんは罪悪感を感じるようになっていたのだった。
ダイショウたちは変わらず幅を利かせている。
いじめる相手をとっかえひっかえしながら、何か面白いことはないかと手ぐすねを引いている。
最近は二組の生徒というだけで校内で避けられるようになった。
外で、誰かの保護者とおぼしき人がこっちをみてひそひそと話すのに出くわすことも増えた。
だが、ふたりはチャットでは会話を継続できていた。
「やっぱり俺、納得がいかないよ」
「俺もだよ。でも、待ってればそのうちに終わる。いくらダイショウが強くても、中学になったらほかの小学校の連中とも一緒だ。これまで通りにはいかない」
「だといいけどな。タックはそうじゃなかったし……」
「まーな」
「クールだな。なんかゲームやらね?」
「今、育成中」
「タックは騎士の頂点、まだやってるのか」
騎士の頂点はウェブブラウザで遊べる無料のゲームだ。
名前を決め、グラフィックを選択し、ステータスを割り振ってキャラクターを登録する。
ランダムで出現するサーバー上にいる他人の登録キャラと対戦させて強化し、ランカーを目指すゲームだ。
戦闘は自動で、メッセージで結果が返されるだけ。
一週間ごとにメンテナンスがあって、サーバ上のプレイヤーデータとランキングが更新される。
育てれば育てるほど、ほかのプレイヤーの敵として立ちふさがる自分のキャラも強くなり、誰かの敵として出現したぶんも勝利数に応じてボーナス成長が加算される仕組みになっている。
リョータさんはタックに誘われてプレイしてみたものの、自分で操作できる範囲が狭いので性に合わなかった。
「ま、育成しながらでもカードゲームくらいならできるだろ?」
「オーケー。ゴッピーやるか」
「漫画取ってくる。あれ、先に死んだら待ち時間だらけだしな」
リョータさんは〇〇ゲーム広場や、××ゲーム倉庫などといったゲームを集めたサイトで、いろいろなゲーム、特にブロック崩しやアクションを遊ぶのが好きだった。
同時に接続して戦えるゲームは多くなかったため、その場合はそれぞれがプレイして証拠をスクリーンショットしたものを見せあって競った。
だが、タックは騎士の頂点にハマってしまったらしく、夏休みに入ったあたりからは付き合いが悪くなっていた。
「やっぱり、ゲーム機で遊ぶほうがいいよな。夏休みだし、こっそりウチ来ね?」
「遠慮しとく。リョータに迷惑が掛かる」
「見られなきゃ平気だと思うけどな。俺がそっち行こうか?」
「うちにあんまり来たことないだろ。ダイショウのせいで親から色眼鏡だよ」
「やっぱそうなるか。あいつらこの前、教室のテレビでゲームしてやがった」
「クソだな。教師の目を気にしてないのはダイショウくらいだろうに」
「去年までは楽しかった。来ないやつが増えたし、ボールもパンクしたままだ」
タックからの返信が途絶えた。
リョータさんは「また騎士の頂点か?」と訊く。
「リョータもやれよ」
「合ってない」
「じゃ、ランキングだけでも見ろよ」
URLが貼られる。乗り気ではなかったが、遊びに誘えず退屈していたのも手伝い、騎士の頂点のホームページを開いた。
ランキングページには、上位二十名のキャラクターが掲載されている。
「一位のタシーロとかいうやつ、バケモンだな。レベル千超えてんじゃん」
「そいつには絶対勝てない。三位のやつ見て、何か感想は?」
キャラクター名は、アボガドバナナ加藤。
太った男が不敵な笑みを浮かべ、胸を張ってこちらを見下ろしている。
暴漢やら海賊やらで使われそうな、強そうだが雑魚向きのグラフィックだ。
だが、リョータさんはピンときた。
「ダイショウに似てるな」
「ああ。十一位と十七位も見てみろ」
リョータさんは笑った。
ランカーのキャラが、ダイショウの取り巻きどもに似ていたからだ。
リョータさんがすぐに思い当たるクラスメイトの名前を挙げると、タックは「だろ?」と、草を大量に生やしながら返信してきた。
「他にもいる。紹介ページのヘンな髭の騎士は誰に似てる?」
「あー……。教頭先生。そうなると王様は校長に見えてくるな」
「だろ?」
教頭も校長もダイショウの両親にいいようにやられていた。教頭はともかく、校長が出張ったときは期待をしたものの、ダイショウにすら相手にされなかった。
「オトナはあてにならないよ」
「まあな……。あれ? 二十位のタックバルトってキャラ……」
「俺だよ」
「マジかよ」
タックはランキング入りを果たしていた。
全体の登録キャラクター数は四桁に達している。かなりの上位といえた。
「もう少しなんだ。現実ではダメでも、ゲームではぶっ飛ばしてやる」
それで熱心に入れこんでいたらしい。
リョータさんは何も言わず、あらためて騎士の頂点のページを眺める。
ストーリーは至極単純。
魔物や荒くれ者が跳梁跋扈し、王国は荒れ果てていた。
国王は信念を持った者のつるぎによる統治が必要だと気づき、最強の騎士を探すため、バトルロワイヤルを開催した。
頂点に立った者には、国王の座と王女との婚礼が約束されている……。
王女のグラフィックを眺めていると、カオリ先生が思い出された。
「カオリ先生、やっぱ戻ってこないってよ」
タックからの返事はない。
リョータさんはブロック崩しを始めた。エロいやつだ。
部屋の扉は閉めてはいるが、一応は背後を確認し、すぐに画面を隠せるように、関係ないページを最小化してスタンバイさせておく。
いいところまで崩れてくると、ボールが空振りを連発し始めた。
リョータさんが焦れていると、タックからメッセージがあった。
「カオリ先生が辞めたのは俺のせいだって思うことがある。悪いのはダイショウなのは分かってるけど、やっぱ、自分が許せない」
リョータさんはそれを見て、自分もまたタックが不登校になったことに責任を感じているのを実感した。
手が離せないでいるうちに、タックは続けた。
「もしも、騎士の頂点でアボガドバナナ加藤を倒せたら、二学期から登校する。それで、あいつをぶちのめしてやる」
リョータさんは思わずマウスから手を離した。ボールが下に落ちる。
「勝てないって」
「一矢報いれればいい」
「ゲームと現実をごっちゃにするなよ。おまえはタックバルトじゃないぞ」
「テレビの人みたいなこというな。俺さ、先生のこと、好きだったんだよ」
急な告白をぶちこまれ、リョータさんは茶化せなかった。
それからもタックは、騎士の頂点を目指し続けた。
リョータさんもランキングをチェックするようになった。
次のメンテが明けると、タックは一気に十位まで駆け上り、取り巻き似の連中を下していた。
タックは寝る間も惜しんで育成しているようだ。
深夜にもチャットに入りっぱなしになっていて、声を掛けたら返事があった。
「親に怒られねえの?」
「勉強のふりしてる。ねーちゃんは共犯だけど」
「ふーん」
「ねーちゃんの作ってくれた夜食のおにぎり、ウメー」
「腹減ってきた。俺は寝るわ」
リョータさんにはきょうだいがいなかったから、羨ましく思った。
タックは八月の後半には、六位に着けた。
反対にアボガドバナナ加藤は、順位を一つ落として四位……。
だが、次のメンテナンスは九月に入ってからだった。
「惜しかったな」
「いや、やるよ。学校に行く」
「ランキング負けてるだろ?」
「何度か遭遇して、一回は勝ててる」
「分かった。無理はすんなよ。俺たちにはインターネットがあるんだからな」
「ありがとう。でも、先に言っとくけど、俺独りでやるよ」
リョータさんは返事をしなかった。
彼もまた覚悟を決めていた。ダイショウと殴り合いになったら、俺も加勢する。
勝機のない闘いだとは思っていなかった。
ふたりで戦えば、ほかにも立ち上がる者がいるかもしれない。
いくら力が強いとはいえ、同い年複数人ががりならばダイショウにも勝てる。
そうなれば、またあの楽しかったクラスが取り戻せるはずだ。
夏休みが明け、二学期が始まった。
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