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昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「飢」の章

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マスコット

***マスコット***


 続いて、「龍宮あかね」さんの体験談だ。


 あかねさんは大学生時代、上京して独り暮らしをしていた。

 彼女は夏と年末の年に二回、地元の友人を部屋に泊めていた。

 共通の趣味である同人誌即売会に参加するためだ。

 同人誌即売会とはいっても、売っている品物は本だけに留まらず、音楽CDや自作のグッズ、ゲームやソフトウェアなどと幅広い。

 あかねさんはこのイベント全体が好きで、毎回、目当て以外のジャンルや、自身はやらないもののコスプレイヤーたちを眺めて回り、楽しんでいた。


 たいていは見るだけで終わるのだが、その回では珍しく、出品されていた作品に一目ぼれをした。


 デフォルメされた犬のキャラクターの描かれたCDケース。

 その犬種は当時、テレビCMをきっかけに爆発的ブームになった小型犬だ。


 そう、チワワである。


 彼女は頭の中でCMのフレーズを流す暇もなく、売り子の男性に商品を売ってくれと頼んでいた。

 三千円とそこそこ値の張るものだったが、彼女はチワワが大好きで、グッズの収集もおこなっていた。

 ほんとうならチワワ自体を飼いたかったのだが、貧乏大学生でペット禁止の安アパートだったため、社会人になるまではと我慢をしていたのだ。

 それに何より、キャラクターデザインがあかねさんごのみだった。なんのデータを収めたディスクなのかも確認しなかった。


 売り子の男性は、「テ、テーブルに置いたぶんは見本です」と言って、ダンボールから商品を取り出してあかねさんに渡した。


 手に取ってパッケージを検めると、やっぱり自分好みのデザインだった。

 大きな耳に黒くてくりくりした瞳、ちょっと出っ張ったリンゴ頭がキュートだ。

 舌を出して、「ボクをお迎えしてくれワン!」と言っているようだ。


 あかねさんは売り子の男性に「このイラストを描いたのは誰か」と訊ねた。

 男性は「ぼ、ぼくの、ともだちです。裏に全部書いてます」と小声で答えた。


 裏面を見ると、ディスクの内容の概要が記されていた。

 どうやらこれは電子メールクライアントで、チワワのマスコットキャラクターがメールの受信を知らせたり、世間話をしてくれたりするというものだ。

 要するに、ピンクのクマのアレと同じようなものらしい。

 ナントカごっちよろしく飼育機能までついているらしく、あかねさんは思わずその場で「すごいですね!」と、売り子の男性に大きな声で言ってしまい、少し恥ずかしい思いをしたそうだ。


 さて、故郷へ帰る友人を見送り、戦利品を持ち帰ったあかねさんは、さっそくアプリケーションをパソコンにインストールした。


 メールアドレスなどの設定を済ませ、いくつかのカラーバリエーションから好みのチワワを選択する。

 それから、チワワに呼んでもらう愛称を決めた。


「おじゃまします! きょうからあかねさんがボクのごしゅじんさまですワン!」


 キャン! 鳴き声の効果音と共に、扉から白くてふわふわのチワワが現れる。

 まだ小さくて足元がおぼつかないのか、チワワはずっこけてしまった。

 あかねさんは独りの部屋で「可愛い~!」と悶えた。

 チワワの名前は「ヨリヒサ」にした。


「これからよろしくね、ヨリヒサ!」


 あまり大きな声で話すと、隣の部屋や共同廊下に聞こえてしまうのだが、あかねさんのテンションはMAXに達していたので仕方がない。


 ただ、一点だけ設定を直させてもらうことにした。

 呼び方は「あかねさん」よりも「あかねちゃん」のほうがいい。


「わかりました! あかねちゃんとよばせてもらいますワン!」


 あかねさんは腕を組み、パソコンモニターに向かってうなずく。


 さて、このソフトウェアはメールクライアント以外の機能もなかなかに充実していた。

 単純な育成要素はもちろん、チワワと数種類のミニゲームが遊べ、仮想空間のインテリアが自由に変えられ、アイテム収集要素やお友達の来訪の機能も備えていた。

 ただ、本家とは違って、お友達は実際にこのプログラムを使っている他者のチワワが遊びに来るわけではなく、ランダムなイベントとして設定されていた。

 それと、惜しむらくはウインドウズ上のみでの動作ということで、ケータイには対応していないという点だ。

 あかねさんも、メールはほぼケータイのアドレスでおこなっていた。


 あかねさんは唸った。

 自分で自分にメールを送るのではむなしい。

 勝手に送られてくる迷惑メールだけじゃ色気がない。

 かといって、メールマガジンに登録するのも面倒だ。

 もちろん、携帯端末との連携などもない。


 そういうわけで友人に頼み、急ぎでないメールはパソコン用のアドレスに送ってもらうことにした。


 こうして、あかねさんとヨリヒサの生活が始まった。


 朝起きてメールチェックをし、ヨリヒサの世話をしてバイトや大学へ。

 帰ってきたらまたメールチェックをし、ゲーム機能を使ってアイテム収集。

 余談だが、収集アイテムやチワワのおやつに「チクワ」がやたらと登場する。

 そのせいで、あかねさんも、おやつやおかずにチクワを買うようになった。


 ソフトウェアを利用し始めて一週間くらい経ったころに、あかねさんはあることに気づく。


 ヨリヒサとの会話のバリエーションがやたらと多いことだ。

 定型文で返されることも珍しくなかったが、毎日いくつもの見たことのないリアクションを披露してくれていた。

 ヨリヒサが成犬になるのには三日とかからなかったのだが、そこから先もずっと新しい体験が続いている。

 ヨリヒサ以外にもチワワを追加で飼い始め、「タカミチ」、「トモマサ」も加わった。


 しかも、たまにチワワ側があかねさんに対して質問をして、ダイアログボックスに入力して答えるイベントが起こるのだが、どうやらこれを学習しているらしく、例えば、好きな食べ物を教えておくと、おやつを与えたさいに「あかねちゃんも、マカロンをたべてるワン?」などと話してくれるのだ。

 ピンクのクマだけでなく、白いネコまでやれるということらしい。


 一ヶ月が経っても、あかねさんはヨリヒサとの会話を楽しんでいた。


 会話のバリエーションが増え、見たことのないイベントが発生し、今日に至っては新しいミニゲームが遊べるようになった。隠し犬種の「チクワ犬」には笑った。


 あかねさんはこの辺りになって気が付いたのだが、どうやらソフトウェアは自動でアップデートしているらしかった。

 このくらいの時代には自動アップデートはあまり主流ではなく、開発元のページから修正パッチを落としたり、ソフト自体を新バージョンにインストールしなおしたりするのが一般的だった。

 特に、個人製作のソフトでアップデート用のサーバーを用意していることは稀だった。


 三千円でいい買い物をしたと思うあかねさん。

 チワワのマスコットデザイナーも気に入っていたが、開発者にも好感をいだいた。


「あかねちゃん、ともだちがマカロンのおいしいおみせをおしえてくれたワン!」


 ホントに行けたらいいのにね。


 ヨリヒサとのくらしを重ねるにつれて愛着が湧き、比例してこれがパソコン内のことであるのが悲しく感じるようになっていた。


「おみせのなまえは~」


 洒落た店名が表示される。

 ひらがなオンリーではなく、アルファベット表記だ。

 ヨリヒサは基本的にひらがなで会話をし、あかねさんが教えた文字列だけにカタカナや漢字を使っていた。 


「おみせのばしょは、〇〇えきのちかくだワン!」


 駅は実名だ。本当にあるのだろうか?

 試しに大学の友人に訊いてみると、どうやら本当にある店らしい。

 現行でアップデートをしているソフトだし、トレンドも押さえているのかもしれない。


 ヨリヒサが「ともだち」から耳寄りな情報を持ってくることが増えた。

 おいしい店はもちろん、流行の食材やテレビ番組まで話題に出してくる。

 あかねさんは熱心に雑誌やテレビで情報収集するタイプではなかったが、情報のほうが勝手にやってくるのならとそれに乗っかった。


 トレンドを追うにはお金がかかる。

 台所事情が悪くなり、バイトのシフトを増やすことになった。

 それでも、生活は充実していた。

 バイトで嫌なことがあったり疲れたりしても、ヨリヒサが癒してくれた。


 ある晩のことだ。

 あかねさんは夜遅くまで大学の研究用のレジュメを制作していた。

 小腹が空いたため、チクワを咥えながらの作業だった。


 ふと、一定間隔で何か音が聞こえてくることに気づいた。


 どこからか「すぴー、すぴー」と、詰まりかけた鼻息のようなものが聞こえる。

 いくら壁が薄いとはいえ、隣人のいびきが漏れてくることなんてなかった。

 隣人が変わったのだろうか。

 いや、最近は自宅での作業が多い、引っ越し作業に気づかないはずがない。


 よく耳を澄ますと、音が反響しているのが分かった。


「廊下……?」


 共同廊下に誰かいるのだろうか。

 いや、人の気配ならもっとわかりやすいはずだ。

 じゃあ、動物? 野良イヌや野良ネコを近所で見かけることはない。

 よく考えると、何かを引きずっている音かもしれない。


 そう考えると怖くなってきた。

 深夜、独り暮らしのアパート。怪談話はしゃれにならない。

 だったら、確かめればいいのだ。


 あかねさんは勇気を振り絞って、玄関のドアへと近づいた。


 音は近づくほどに大きくなる。

 やっぱり、呼吸音のように聞こえる。

 誰かいるのだろうか? 

 足音を忍ばせ、息を殺し、ドアスコープを覗く。


 ……誰もいない。


 つと、パソコンから「キャン!」とイヌの鳴き声がした。


 心臓が縮み上がり、思わず悲鳴を上げて振り返る。

 聞きなれたはずのヨリヒサの鳴き声。

 パソコンまで戻ってメールをチェックすると、迷惑メールだった。


「人騒がせな……」


 咥えっぱなしのチクワを食べてひと心地つき、もう一度音に耳を澄ませる。

 音は消えていた。


 消えていたということは、やはり何か音の発生源があったということだ。


 あかねさんはドアチェーンを掛け、その日は眠ることにした。


 翌朝、自宅を出ると、共同廊下に見覚えのあるものが落ちていた。


「チクワ……?」


 ドアのすぐ外にチクワ。

 あかねさんが近所のスーパーでいつも買っているメーカーのものだ。

 最近は、セール品や値引き品を買い集めて主食となりつつある。

 昨日も買い物に行っていたから、自分が落としたのだろうか。

 まあ、大した金額のものでもないしと、あかねさんはチクワをねこばばした。


 それから数日後の夜。

 また、あの音が聞こえてきた。聞こえる日と聞こえない日がある。

 つまりは今まさに音の発生源が廊下に居るということ。


 あかねさんは同人誌即売会の分厚いカタログをひっつかむと、玄関へと近づいた。


 すぴー、すぴー。


 確実に居る。

 あかねさんは玄関から数歩というところでいったん停止、深呼吸をする。



「すぴー」



 あかねさんの口から音が漏れた。

 あかねさんはチクワを咥えたままだった。


 そういえば、前回もチクワを咥えていた。

 なかなか噛まずに口に咥えっぱなしにする癖がある。


「すぴぴぴぴ」


 あかねさんは笑った。これは、チクワを通した呼吸音だ。

 自分の呼吸音を誤解して怖がっていたのだ。

 廊下に近づくと大きくなったのは、単に壁が近くなって音が反響してのこと。

 これはボロアパートとチクワの奇跡のマリアージュだったのだ。


 幽霊の正体見たり。胸をなでおろした瞬間。



 がたん。



 ドアの郵便受け口が開き、何かがねじこまれ、玄関へと落ちた。


 短く悲鳴を上げ、カタログを落としてさらに大きな音がする。

 それに勝手に驚き、しりもちをつくあかねさん。


 玄関の靴の上には、分厚く大きな茶封筒が乗っかっていた。

 郵便受けから放りこまれたのは、これか。


 あかねさんはおそるおそる茶封筒を手に取った。

 重たい。

 封はされていない。

 中を覗くと、本のようなものが入っている。


 中身を取り出すと、あかねさんは間の抜けた声を出した。


 これは、彼女の大好きなゲームシリーズのアンソロジーコミックだった。

 発売日を失念していて、日が経ってから本屋やその手の店をはしごしたのだが、置いてないのか売り切れていたのか、手に入れそこなっていた代物だ。


 いたずらのぬしには心当たりがある。


 あかねさんがこのゲームシリーズを愛好しているのを知っているのは一人。

 本が手に入らなかったという愚痴を聞いたのも、そいつとヨリヒサだけだ。

 急に上京する用事が出来て、泊めてくれということだろう。もう、深夜二時だ。


 あかねさんは友達の名前を呼びながら、玄関のドアを勢い良く開いた。



「すぴぃぃぃいぃぃ」



 そこには見知らぬ男性が、チクワを咥えて突っ立っていた。



「すぴぃぃぃいぃぃ」



 チクワから放たれた呼気があかねさんの鼻をくすぐった。

 なまぐさい。


 あかねさんが悲鳴を上げる前に、男は駆け出した。


「……っ! この不審者め!」


 あかねさんは怒声と共に裸足で駆け出し、男性に飛び掛かった。


 押し倒された男性は、あかねさんと目が合うと、口からチクワを落とした。

 どこかで見たような……? かすかな記憶を辿る。



「あ、あかねちゃん、ごりよう、ありがとうございますワン!」




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