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昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「飢」の章

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毒恋

***毒恋***


 私が中高生のころ、チャットがマイブームだった時期がありました。


 私はパソコンやインターネットを英語の教材としてしか使っていなかったのですが、妹がやっていたチャットが楽しそうだったので、やらせてもらったんです。 そうしたら、いつの間にか姉妹でパソコンを取り合うくらいになって。


 初めてのときは、何をどう話したらいいか分かりませんでした。

 妹が退室だけして交代したので、なんのチャットかすらも知りませんでした。

 何やらみんな盛り上がっているものの、分からない話題が流れていきます。


 妹は、チャットの集まった専門サイトならカテゴリー別に話題を分けていると教えてくれたのですが、同じく会話に参加できていなかった人が個別にチャットをくれて、それがきっかけでそのチャットに参加するようになりました。


 個別メッセージをくれた人は男性で、二つ上の高校生でした。

 名前は「風見さん」。のちにお付き合いすることになります。


 もともと、意識していたわけではありません。

 年齢や性別の話になったのは後日でしたし。ただ、意気投合はしました。

 まわりが盛り上がってる中で、自分たちだけがこっそりと内緒話をしている状況が楽しかったんですね。

 初めてのチャットでしたし、多人数よりも一対一のほうが慣れやすくて助かったのもあります。


 しばらく見ていて私も気づいたんですが、チャットの盛り上がりは、一人の自己中心的な人物によって作られたものでした。

 常連の……「J」さんという方が、自分の望む話題で会話をするために、会話の腰を折ってでも割りこんでくるんです。

 チャットをレンタルしてるサイトさんのカテゴリーと無関係でもお構いなし。

 話に乗っかる人もいましたが、けっこうみんな困っていたようです。

 風見さんは、Jさんが入室すると黙るようにしていました。


 私と風見さんのお付き合いなんですが、じつは妹の悪ふざけから始まりました。


 私が離席から戻ると、「それってどういう意味?」と、風見さんから個別メッセージが来ていたのです。

 なんの話だろう? ログを手繰ると、なんと私が彼に告っていました。

 そんなをことした覚えはありません。

 私の背後で誰かが吹き出す声が聞こえました。

 振り返ると、こちらに背を向けて肩を震わせている妹の姿。


 妹が勝手にやったと弁解すると、彼は「そっか。残念」と返しました。

 今思えばただのリップサービスというか、「いたずらを気にしてないよ」くらいの意味だったと思うのですが、当時の私はそれでグラッときたんですよね。


「本当は好きです」


 勢いで送ってしまったのですが、好意的な返事をもらったときに胸に広がったあの甘酸っぱい気持ちは、これから先に起こったことを差し引いてでも大切な思い出として記憶されています。

 禁断の果実とは、まさにこれのことを言うのだろうと思いました。


 こうして、私たちはお付き合いをすることになりました。

 でも、お互いに住んでいるところが別々なんですよね。遠距離恋愛です。

 中高生ですし、おカネも時間も自由になりません。

 携帯電話も持っていませんでしたし、パソコンでのやりとりが基本でした。

 のちに、英会話の練習の名目でウェブカメラを手に入れてからは、ビデオ通話もしました。


 当時の私は気が付いていなかったのですが、彼はあまり積極的ではなかったようです。チャットはともかく、メールや通話のお誘いは私からでしたし、チョコを作って送ったり、旅行のお土産を送ったりもしたんですが、彼からそういうのはありませんでした。

 舞い上がっていたんでしょうね。恋愛経験も一切ありませんでしたから。

 彼の好みに合わせて髪型を変えたりもしました。

 高校受験のときなんて、彼にせがんで写真を送ってもらって、それを印刷して折りたたんでお守りにまでしちゃって……。

 恋に恋していたんでしょうね。彼の言動に一喜一憂して、そういう自分に酔っていたんです。


 私たちの話はこのくらいにしておいて、この先に起こる事件についてお話ししましょう。

 もっとも、恋愛話も無関係ではないというか、発端のようなものなのですが。


 ある日、私がチャットにログインすると、風見さんから「自分たちの関係をほかの人に教えた?」と聞かれました。

 もちろん教えていません。秘密のままのほうが価値がありましたし。

 どこから漏れたかというと……。


 振り返れば、また妹が背を向けて笑っていました。


 こいつは本当にどうしようもない子です。

 でも、彼女がきっかけだったのは事実ですし、叱れませんでした。


 風見さんはチャットメンバーには否定していました。

 私はそれを聞いて、「付き合ってるのが知られるのが嫌なの?」と詰めました。

 彼としては、私のほうが嫌だった場合によくないからと、それと、やっぱり彼もこそこそやってるほうが楽しいからそう言ったとのことでした。


 それでその話題は流れるはずだったのですが……。

 否定を受け入れなかった人がいたんです。Jさんです。


 彼は繰り返し話を蒸し返して、「いいな~」、「女性は少ないからな~」と発言していました。


 じっさい、男性のほうが多かったですし(というか九割が男子の中高生でした)、Jさんの発言に同調して「彼女が欲しい」と漏らす人は大勢いました。

 私も風見さんも、ちょっとした優越感に浸れたんですけど、ここから性別を探り合ったり、女性の利用者を囲おうと裏で個別メッセージを送ったりということがチャット内で頻発し始めてしまいました。


 で、私のミスというか、間が悪かったというか……。

 リアルの友達をチャットに誘っていてしまったんですよね。女の子です。


 そうですね……ここでの名前は、「レイラ」とでもしておきましょうか。


 レイラは日本人ではありません。ある国の生まれで、でもご両親の都合で出生国とはまた別の英語圏で長く生活していて、私が小学六年生のときに日本に移り住んできました。

 日本語は完璧ではありませんでしたが、母国の言語と英語の両方をマスターしていました。私が英会話を始めたきっかけも彼女です。


 レイラがチャットに来たのは、私の不在時でした。


 後日、彼女ははにかみながら私に教えてくれました。

 かなりの人数に言い寄られたそうです。


 彼女はつたない日本語で「どの男性にしよう?」と言いました。


 私は止めました。客観的に見ても危険だと感じたからです。

 止めたんですが……。

 私ってば、風見さんとのことをレイラに自慢しまくっていたんですよね。

 とうぜん、反発されてしまいました。


 ですが、本当に危険だったんです。

 私が言うのもなんですが、彼女は恋愛への耐性がなかった。


 あるわけがないんですよね。彼女の一家はある宗教を信仰していて、その教えは男尊女卑的で、女性の性的な開放を禁止していましたから。


 当時は、二十一世紀に入った年に起きた大事件がまだ記憶に新しいころ。

 彼女の一家が日本に移り住んだのも、その事件が関係していました。

 彼女は友人たちと離れざるを得なくなって、移住の決断をした両親をとても恨んでいました。


 それで、レイラが選んだ男性なんですけど、寄りにも寄ってJさんだったんです。


 Jさんはかなりぐいぐい行くタイプで、話もけっこう盛っていたようです。

 彼は風見さんと同い年でした。

 同じく遠距離恋愛でしたが、付き合い方は対照的でした。


 レイラはJさんのシンパのようになりました。

 Jさんはチャットで「荒らし」を見つけ、「処刑」するのにハマっていました。

 処刑方法は、ウイルスやグロ画像を送るというものです。

 次第にレイラも自己判断でそういうことをするようになり、ときにはオープンの会話で危険なURLを貼り付けました。

 しかも、出生国の刑罰の様子を収めた動画を見つけてきて、Jに提供していたのです。


 私はそういったものには触れないようにしていましたが、ある時、それを目にすることになりました。それも最悪の形で。


 妹が私に泣きついてきたんです。顔をまっかに腫らして、大泣きで。


 パソコンモニターには、荒い画像でしたが民族衣装を着た女性が観衆に囲まれて鞭打ちを受けている様子が流れています。

 私は慌てて動画を消します。


 そして、チャットには「暗黒火炎邪龍」の処刑が完了したとありました。


 罪状は「荒らしっぽい名前」。


 えー……お恥ずかしい話なんですが、これ妹のハンドルネームです。

 彼女は当時、のちに「厨二病」とか「邪気眼」と呼ばれるキャラづくりにハマってまして、といっても本気でやっているのではなく、そういう人間を揶揄する意味合いで真似して遊んでいて……とにかく、それがあだとなって「処刑」の対象にされてしまったのでした。

 私が監視というか横で見ていたぶんには、荒らし行為なんてしてませんでしたし、風見さんからも「むしろ品行方正で、そのギャップでまわりにウケてる」との評価でした。


 暗黒火炎邪龍の処刑を実行したのは、レイラでした。


 妹が被害を受けては黙っていられません。それに不当な処罰です。

 私はレイラに抗議しました。

 ですが、レイラは自分が正しいと言い、頑として非を認めません。

 あまつさえ、私に対して「おまえはずるい」と非難し返してきました。


 何がずるいのか……。


 レイラは、高校に通わせてもらえていませんでした。

 学力的には問題がないどころか、かなり高かったはずですが、宗教と情勢の絡んだ事情で、両親がさせなかったのです。

 中学時代に進学の話が出たときには、レイラはとうぜん私と同じ高校に通えると思っていて、学業や日本語の勉強に励んでいました。


 それから、彼女の家ではアニメや漫画が禁止でした。

 これも宗教上の事情です。

 でも、Jさんはアニメや漫画が大好きで、よくそれを話題にしていたんです。

 もちろん、私の家は特に禁止ということはなく、某有名少年誌は父親が読んだあとのものをいつも貰っていました。

 レイラは最近、遊びに来ると読ませてくれとせがむようになっていました。

 ですが、私も宗教上の問題は重要だと考えていましたし、うちの両親も食事に招かれるくらいの関係でしたから、かたくなに拒否していました。


 ちょっと不謹慎になってしまうのですが、レイラはJさんを真似てよく漫画のセリフを言うようになっていました。

 彼女、めちゃくちゃ美人なんですよね。長くてきれいな黒髪に、少し深い色の肌。瞳は私と同じ黒なのに、私よりもすごく輝いているんです。

 そんな彼女が「オラオラ」と連呼したり、「鼻毛なんとか!」とか言い出すもので、よく笑わされていました。


 話を戻します。私はこの件について風見さんに相談しました。

 風見さんは、Jさんに注意をしてくれました。

 しかし、Jさんはレイラを巻き添えにしていることについては「ふたりの問題」、荒らしの処刑行為については「管理人でもないくせに」と斬って捨てられてしまいました。


 この頃から、レイラは両親との不仲を加速させます。

 隠れて漫画を入手したのがバレたのです。

 彼女はパソコンを取り上げられ、外出も禁じられました。

 ゆいいつ、私に電話をして愚痴ることができましたが、私たちの仲も微妙になりつつありました。


 そして事件が起きます。レイラが失踪したんです。


 レイラの両親は、心当たりはないかと私に訊ねました。

 さすがに家出事件を起こしたら、黙っているわけにもいきません。

 私は彼女がJさんに会いに行ったのではないかと言いました。

 レイラはことあるごとに「会いたい」と言っていたのです。


 レイラの両親は激怒しました。

 レイラとJさんの関係を知らなかったのが、いっそうマズかった。

 ふたりの関係や、そうなった経緯まですべて白状しました。

 両親は母国語で私を激しく罵倒しました。奥さんからは頬を張られました。

 私の両親もかなり酷いことを言われ、訴えるとまで言われました。


 数日経っても、レイラは戻りませんでした。

 彼女の両親は警察には頼らなかったようです。

 それに探しようがない。

 当時はまだ監視カメラ網はありませんでしたし、仮にJさんに会いに行ったという推測が当たっていたとしても、私が知っているのは彼の住んでいる県までです。


 二週間程度して、レイラがうちを訪ねてきました。最後のお別れでした。


 無事に帰ってきたのはよかったのですが、両親が私たちとの関係をいっさい断つことを決定してしまいました。


 いえ、無事だったとも言い難いかもしれません。


 レイラの顔には折檻の痕らしきものがありましたし(別の理由の怪我かもしれない、私個人の見解です)、彼女は本当にJさんに会いに行って、「想いを遂げて」しまっていたのです。

 彼女はお別れに来たはずでしたが、それを惜しむというよりは、「行為」の内容を私に自慢することに注力していました。

 でもそれで満足して、Jさんとは別れたんだと言っていました。


 聞くに堪えない、でも聞くことが自分への罰だと思いました。

 彼女がこうなってしまったのは、私のせい。


 恋という果実には毒があったのです。

 毒は広がり、まわりのものまで冒していく……。


 それが罰だと思っていたのですが、現実は非情でした。


 私が登校のために電車に乗ると、なぜかレイラの両親が乗車していました。

 彼らは私をにらみつけていました。

 満員電車のひとびとをかいくぐる強烈な視線。

 誰かの身体で遮られても感じる眼力。


 毎日でした。レイラのお父さんが仕事のために同じ電車を利用して偶然に会ったことはありましたが、両親そろってということはありません。

 つまり、ふたりは私をにらむためにそこにいるのです。


 睨視が一ヶ月続いたあと、入れ替わるように私に不幸が降りかかりました。


 私は電車内で男性に身体を触られるようになりました。痴漢です。

 それも毎日。

 相手の顔はなんどか見たものの、もう思い出せません。

 でも、日によって別の人だったのは確かです。


 両親や風見さんにも相談できませんでした。


 両親にはレイラ一家とのことで迷惑をかけていましたし、風見さんとも疎遠になりつつあったのです。


 ある日、私は電車を降ろされ、障害者用のトイレに連れていかれました。


 その時の詳細は思い出せませんが、トイレを出たときにはふたつの睨視があったのは確かです。


 私の様子がおかしかったのか、両親に問われ、すべてを打ち明けました。

 心療内科に通うようになり、少し落ち着いたころに、風見さんに別れを告げました。

 風見さんにも、レイラと私のことをいくつかの部分を省いて話しました。

 彼はただ、謝り続けていました。


 私はもうあのチャットに行くことはなくなっていましたが、妹がいうには、Jさんはレイラの件のあとに何度も改名をして活動を続けていたそうです。


 そして、いつの間にか、レイラの一家は引っ越していなくなっていました。


 ……これは偶然というか、私のトラウマがそう思わせているだけなのだと思いますが、携帯電話への迷惑メールや不審な電話がひとより多い気がします。

 それに、通話ソフトでは特定の国の知らない人からフレンドのリクエストが殺到しますし、SNSでもDMやリプライでも同じことが起こりました。


 怖い。怖いです。ときには、誰かからにらまれているような気配も感じました。


 それらは今でも続いています。



 ちょっとした偶然や軽はずみな行為が、誰かの人生を狂わせることもある。

 あなたもどうか、気をつけてください。



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