呪い代行サイト
***呪い代行サイト***
幸運のサイトの次は、呪いを代行してくれるサイトの話だ。
この話もまた、ネットの知人から聞いた話を元に書いている。
彼女は不幸のまっただなかにいた。
恋人が彼女の親友と浮気していたのが発覚したさい、親友はあとから関係を持ったというのに、彼女を酷く攻撃し、罵倒した。
学内であらぬ噂をささやき、サークル活動で使っていたウェブサイトの掲示板にまで彼女が「売女である」という、根も葉もない醜聞を流布した。
彼女の父親もまた同様に、あとから来た女の元へ去っていた。
母との関係悪化は、彼女の個人的な交友関係とは無関係なところから来ていたが、重なるように母は娘を女狐のように扱い、自分の離婚もまるで彼女に責があるかのように言い放った。
彼女は抵抗しなかった。争いというものに疲れ果てていた。
元鞘に納まることができないなら、ただ静かに離れて消えたかった。
だが、環境がそれを許さなかった。
卒業はまだ先。せめて看護師の資格を得るまでは。
ゆいいつ、祖父だけが彼女の話に静かに耳を傾けた。
祖父は父が去った小学生の時分から、ずっとずっと彼女の味方だった。
祖父が倒れたのは、自宅に彼独りのときだった。
幸か不幸か、彼女が帰宅する直前のことだった。
彼女に看護師としての知識がなかったら、祖父はあの世行きだっただろう。
呼吸が止まっていた、鼓動も止まっていた。
生き返れ。生き返れ。彼女は唱えながら救命処置を行ったのだ。
もっとも、この巡り合わせだったからこそ、祖父はいまだにベッドに横たわり、こんこんと夢の世界に囚われ続けているのだが。
トラブルの相手の元親友が、呪術のようなものに手を染めていると聞かされた。奪い取ったはずの彼氏が、元恋人との比較をたびたび口にするのが原因だそうだ。
これを教えたのは別の友人女性だ。だが、この話を聞かせたくちびるには笑みが貼りついていた。
「誰かを恨むなんて、やめておきなさい。静かに離れ、おまえのしあわせを探しなさい」
高校生のころ、学校での喧嘩を祖父に吐露したときのアドバイスだった。
彼女はつらいときには祖父の習慣に習って、実家の縁側でうたたねをするようにしていた。
祖父と一緒に陽が傾くまで過ごしたのも、一度や二度でない。
今は亡き飼い猫を撫でるように、彼女の手は宙を撫でた。
ゆめうつつをさまよっていた彼女の耳に、けたたましいコールが響いた。
病院からだった。危篤。
取るものも取り敢えず、彼女は駆けつけた。
座学や実習にて看護のいろはを学んできた彼女だったが、最終的に頼ったのは「祈り」だった。
細い糸、願い。
一縷のそれが再び祖父をつなぎ止めたか、なんとか持ち直した。
病院の廊下で少し離れたところにいた彼女の母は、安定したことを聞くと明らかな落胆の色を見せた。
疲れきって病院から戻り、ケータイの電源を切っていたことを思い出す。
メールが届いていた。
こんなときだというのに、友人が「また悪口言ってたよ」と報告していた。
二通目。くだんの恋人を奪った女からの恨み言。
びっしりと詰まった怨嗟はろくに読めず、ただめまいがした。
破局のさいに着信拒否にしたはずだったが、わざわざフリーメールを取得して送って来たらしい。末尾に添付された広告が、なぜだか笑えた。
読む価値もないだろう。
また拒否設定にしても、それがばれたらアドレスを変えられるだけだ。
専用にフォルダ振り分けを設定してそこに押しこもう。
設定のため、再びメールを開いた。
「おまえのせいだ」
「呪ってやる」
「おまえだけじゃない。おまえの周りも不幸にしてやる」
目に入った。自身への非難はまだ我慢ができた。
だが、最後の一文が祖父のことに結び付くと、これまでずっと隠していた怒りや憎しみが、どっと溢れてきた。
ケータイを逆さにへし折りたい衝動を抑え、パソコンの電源を入れる。
暴力やことばに訴えかけるのは、彼女のやり方ではない。
呪ってやると言ったな。目には目を歯には歯を。
呪いのやり方を検索すると、呆れるくらいにたくさんの方法がヒットした。
しかし真偽も効果も不明だし、情報の出自も怪しい。
何より、丑の刻参りだろうが、どこそこの部族の呪いだろうが、誰かのオリジナルだろうが、手間が掛かるものばかりだ。
いくつも手順を踏むと、怒りがかすんでしまう気がした。この感情はきっちりと形にしてぶつけなければならないと感じていた。
「呪い代行屋-散-」
黒背景に、赤い文字や黄色い文字が躍る。
普段ならば鼻で嗤うような代物だ。
代行……。一考する。話が漏れてしまわないだろうか。
説明文を読むと、素性を明かさずにウェブ完結も可能なことが分かった。
呪術に必要なものは、対象の大切にしている品物か、身体の一部。
髪や爪でもいいらしいが、これは難しい。けっきょく手間が掛かる。
だが、この呪術師はインターネット上の呪術が本領らしく、対象の管理するブログやサイトなどを媒介にしても術が使えるという。
フリーメールでメッセージを送るとすぐに返事があり、チャットに誘導された。
基本的にはサイトで説明されていたことの繰り返しだったが、決済に関しても、ネット上で利用できる電子マネーを購入して、プリペイド番号を教える形を取るため、個人情報はいっさい不要だという。
値段も二万円ぶんということで、手ごろに思えた。
求めていたものと合致するが、出来すぎていると感じた。
リスクなしにリターンといわれると、呪術としては弱いのではないかとも思う。
「どうなさいますか? まあ、おっしゃりたいことは分かります。まずはお試しということで、ちょっとした術を試してみましょう」
呪術師を名乗る者は「本命ではない、気に入らないものをひとつ教えてください」と言った。
彼女は訝りながらも、ある個人サイトのコミュニティを挙げた。
あるとき暇つぶしにネットサーフィンをしていたときに見つけたサイトで、そこの掲示板でちょっと珍しい光景を目にして、自分もチャットなどに参加するようになったのだ。
その光景とは、荒らしをおこなう者がいて、通常は指弾されるのが筋なところ、なりすましの被害者や管理人が許し、許された者が善良な利用者へと変わるというものだった。
争いの否定に感激して参加したコミュニティだったが、最近は雲行きが怪しい。小学生の利用者に対して、いじめのようなものがおこなわれつつあった。
「珍しくもない個人サイトですね。では、ここの禍を加速させましょう。効力を感じていただけたら、本契約という形で……」
信じていなかった。特に、「珍しくもない」と評価を下された瞬間に、反論したい気持ちが湧きあがり、呪いという手段に手を伸ばした自分への呆れまでが生じていた。
だが数日後、呪術師の言った通りにコミュニティは荒れ始めた。
もっとも、それは単に「今後の予想を言い当てた」にすぎないという見解だ。
はたから見てもそうだろう。
だが、彼女は本契約を決めた。
なぜなら、呪術師が現場のチャットでコンタクトをとってきたからだ。
ハンドルネームは教えていない。
そのタイミングで彼女がアクセスしてることを知るはずもない。
そもそも、ただ元サイトのURLを挙げただけだった。
呪術が本物かどうかはともかく、この人は何かを起こす。そう確信した。
憎き女はブログを使って日記を書いていた。
これを呪いの媒介にできるかと問うと、「ウェブの日記を媒介とされる方は多いですね」と承諾された。
捨てアカウントを作り、日記を監視する。
現実世界やメールではあれだけ呪詛をまき散らしていた女は、こちらでは彼氏との幸せなエピソードを書き連ね、ケータイで撮った写真をデコって並べていた。
反吐が出る。
呪術を依頼した翌日の日記に変化が生じた。
タイトルは「さいあく」。
喫茶店で店員にコーヒーをこぼされたり、すれ違った人の服のほつれにネイルが引っかかって爪が折れたりしたらしい。
ぞくりとした。だがまだ、偶然かもしれないという気持ちが勝っていた。
慰めのコメントが大量についていて、怒りの炎に静かに油を注いだ。
タイトルは「クズすぎ」。
浮気されたらしい。乱れた文面だったが、女の言う通りならば、自分も含めて三股の時期があったということになる。
ほんの少し同情の念が沸いたが、避妊具なしでやったことに対しての不安が書かれているのを読んで、気が変わった。
ざまあみろ。
久しぶりに笑った気がした。
自分は捧げていなかったことに感謝をし、愛おしく無垢の下腹を撫でた。
タイトルは「病気」。
詳細は語られていない。
ただ、大量の髪の毛とフケのようなものの写真がアップロードされていた。
苦しめ。苦しめ。
手拍子もしたくなる。たった三日間でこれなのだ。
女の所属するサークルの知人にそれとなく聞くと、「休みだよ」と言った。
翌日は更新なし。出席もナシ。
「事故って入院したらしいよ。包帯でぐるぐる巻きだって」
笑いが堪えられそうもなかった。
だが、あのクズ男がこの状況においても男どもと馬鹿笑いをしているのを目撃したおかげで、耐えれた。
引き換えに、はらわたが煮えくり返ってしまったが。
早く死ね。早く死ね。
更新されない日記を見てつぶやく。祈る。願う。
いつも悪口を告げ口してくれたバカ友人から「死にそうだって」のメール。
早く死ね。早く死ね。
早く死ね。早く死ね。
早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。
早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。早く死ね。
おまえが死んだら、次はあの男だ!
――着信。
嬉々としてボタンを押す。
「あんた、何してたのよ!」
母の声だった。
電話口から信じたくない事実を告げられる。
数時間も前に?
ケータイを見ると、何件もの不在着信があった。
……気づかなかった。
祖父は臨終の間際、彼女の名を呼んで一粒の涙をこぼしたという。
彼女もまた、泣いて、泣いて、泣き明かした。
思い出の縁側で猫のように、胎児のように丸くなり、眠った。
そうすれば、祖父が出てきて慰めてくれる、最後の別れを言ってくれる、そう信じたからだ。
信じた。祈った。願った。
黒き眠りはまたたくまに過ぎ、彼女は身を起こし、己の愚かさを悟った。
私は最低だ。優しい祖父の教えを忘れ、人を救うべきこの手で誰かの不幸を祈ってしまった。
元の自分を取り戻した彼女は、呪術師に術の中断を願い出た。
葬式は一度で充分だ。
呪ってやった元友人もまた、生死の狭間をさまよっていた。
「中断はできません。すでに禍は溢れています。ですが、どうしてもとおっしゃるのなら、残りの禍をあなたに向けることも可能です」
贖罪のつもりだったという。
それから十年以上のときが過ぎ、彼女はわたしにこの話をしてくれた。
職を失い、孤独となり、居ついた野良猫とうたたねをすることだけが娯楽の日々を送っているという。
わたしは彼女に同情し、手伝うことにした。
いや、手伝わざるを得なくなったのだ。
呪術師いわく、自身の呪いを解くには、生じた禍の総量と同じぶんの禍をばら撒き、呪いを感染させなければならない。
だからわたしは、彼女の体験を記し、あなたたちにも読ませることにした。
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