表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

第八話「滲む夕焼けとすれ違い」

 すれ違いは、突然起こるものではない。

 多くの場合、「言わない」「聞かない」という小さな選択の積み重ねでできあがる。


◆ ◆ ◆


 昼休み。

 教室の空気は、いつも通りだった。

 笑い声、机を引く音、微風魔法の気配。


 だが、アリスティアの中ではずっと一つの思考が渦を巻いていた。


(……ヒリスは、私に何を求めているのですか)


 彼が隣にいる時間は、増えている。

 仕事も、以前より真剣だ。


 けれど……踏み込んでくることはない。


(……期待、してはいけない)


 自分にそう言い聞かせる。


 期待するから、苦しくなる。

 期待するから、壊れる。


 それが、これまでの人生で学んだ結論だった。


◇ ◇ ◇


 放課後。いつもの準備係の打ち合わせ。

 アリスティアは、工程表を広げながら言った。


「この工程、前倒しします」

「了解」


 ヒリスは即答した。

 最近の彼は、指示に逆らわない。

 冗談も減った。


(……距離を、取られている?)


 一瞬、そんな考えが浮かび、すぐに否定する。


(違います。私が、距離を取っているのです)


 アリスティアは、あえて事務的に続けた。


「学院祭当日、私たちは来客対応と装置管理を分担します」

「俺は、装置管理でいい?」

「……はい」


 終わる会話。少しの沈黙。

 ヒリスは、言葉を探していた。


(……聞きたい)


 最近、冷たい理由。

 視線を合わせない理由。

 だが――


(聞いて、もし答えが違ったら)


 自分が、それに耐えられるかどうかわからなかった。


「……じゃ、そうしよう」


 結局、そう言うだけだった。

 アリスティアは、内心で小さく息を吐く。


(……聞かれなかった)


 聞かれたくなんてなかったはずなのに、それがなぜか、胸に引っかかった。


◇ ◇ ◇


 その日の帰り。

 昇降口で、ミレナがヒリスに声をかけた。


「ヒリスくん、今日一緒に帰らない?」


 ヒリスは反射的にアリスティアを見る。

 彼女は、靴を履き替えながらこちらを見ていなかった。


(……誘えば、いいのか?)


 一瞬、迷う。

 だが、さっきの距離を思い出す。


(今踏み込むのは……違う)


「……いいよ」


 ヒリスは、ミレナに向かって言った。


「ほんと? やった」


 ミレナは少しだけ驚いたあと、すぐに笑った。


「じゃ、行こ」

「……ああ」


 アリスティアをおいて、ヒリスはミレナと帰路につく。


 その様子を、遠くなる二人の背中を、アリスティアは視界の端で見ていた。

 夕焼けで赤く滲むその光景は、胸を奥をジクジクと痛めつけた。


◇ ◇ ◇


「学院祭まであと少しだね」

「……ああ」

「ヒリス君はクラスの方の準備にいないから、ちょっと寂しい」

「……そっか」


(……完全に上の空じゃん)


 学院からの帰り道、ミレナはヒリスの生返事を聞き唇を尖らせる。


「ねえ、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「……じゃあヒリス君さ、委員長のことどう思ってるの?」


 突然投げかけられた問いに、ヒリスは面食らう。


「……は?」

「だから、委員長のこと。前は真面目な人だって言ってたけど、今は?」


 ミレナの質問の意図が分からず、ヒリスはなおも困惑する。


「……なんでそんなこと聞くんだ?」

「いいから答えて」


 有無を言わさぬ口調に気圧され、ヒリスは眉を寄せ言葉を探す。


 今、自分は彼女を遠くに感じている。

 理由も聞けず、わからないまま、距離だけが開いている。

 ……けれど、悪くだけは言いたくなかった。


「……真面目だよ。変わらず」

「……そっか」


 その感情の機微を、ミレナは目ざとく見つけ出す。

 ミレナは気づいていた。

 最近、ヒリスとアリスティアの間にぎこちない空気が流れていたことに。


 ……それはチャンスのはずだった。

 けれど、苦しげな二人の顔を見て、ミレナの胸は罪悪感で苦しくなった。

 彼らの間を、引っ掻き回した自覚があった。

 彼女は悪役に徹せるほど、アリスティアのことを嫌ってはいなかった。

 ミレナ・フォーシスは、心優しい少女だった。


 だからこの問いは——自身の心を一歩先へ行かせるためのもの。

 ミレナは、精一杯の笑みを浮かべた。


「それなら、いい」

「……なんだよそれ」

「なんでもなーい」


 夕焼けに染まるその顔は、どこか晴れやかにも見えた。


◇ ◇ ◇


 その夜。

 アリスティアは、自室でノートを開く。

 固有魔法を発動し、状況を整理する。


 ヒリスは優しい。

 でもそれは、誰にでも同じ

 自分はただの同じ係。

 期待するような立場ではない。


 ……結論は、いつも同じ場所に辿り着く。


(……期待する方が、間違っている)


◇ ◇ ◇


 一方。

 ヒリスは、天井を見つめていた。


(知りたいって、距離を縮めたいって、そう思ってたはずなのに……)


 放課後にした選択を思い出す。

 帰り際、少しだけ振り返って見た彼女の横顔は、少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうに見えた。

 ……気のせいかもしれない。

 でも、気のせいじゃないかもしれない。

 ぐるぐると回る思考は、彼の心を重くした。


(どうすれば、いいのかな)


 明確な答えなど、出てきはしない。


◆ ◆ ◆


 翌日。

 アリスティアは、距離を取った。


 業務以外の会話はしない。

 必要以上に、視線を向けない。


 ヒリスはそれに気づき、しかし、何も言えなかった。


(……やっぱり……俺、間違えたのか)


 だが、聞く勇気は、まだなかった。


 こうして。

 すれ違いは偶然ではなく、二人の「選択」によって、静かに完成してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ