第五話「”忠告”とまとまらない思考」
ミレナ・フォーシスは、自分が「空気を読む側の人間」だと知っていた。
クラスの中で目立ちすぎず、埋もれすぎない。
誰とでも話せて、誰の話も聞ける。
だからこそ、気づいてしまう。
(……変わった)
ヒリスのことだ。
以前は、もっと雑だった。
授業中も休み時間も、誰にでも同じ調子で笑っていた。
それが最近……どこか落ち着いている。
「ヒリスくん」
昼休み、ミレナは自然なタイミングで声をかけた。
「一緒に食べない?」
「お、いいよ」
即答。
その軽快さに、少しだけ安心する。
二人は窓際の席に並んだ。
「準備係、忙しそうだね」
「まあね。でも思ったより楽しいよ」
「へえ」
ミレナは笑顔のまま観察する。
(「楽しい」って言うんだ)
「委員長と、うまくやってる?」
その質問は、何気ないものを装っていた。
ヒリスは、少しだけ考えてから答える。
「……最初は、合わなかったけど」
「けど?」
「ちゃんと話せば、わかってくれる人だよ」
ミレナの箸が、一瞬止まった。
「……ふーん」
声の調子は変えない。
(わかってくれる、か)
それは、彼が誰かに向けてあまり使わない言葉だった。
「委員長って、怖くない?」
「怖いっていうか……」
言葉を切ったヒリスは、笑った。
「ちょっと真面目すぎるだけ」
肩をすくめたその言い方は、どこか優しかった。
ミレナは胸の奥で小さく息を吐く。
(……なるほど)
◇ ◇ ◇
放課後。
ミレナは、アリスティアを廊下で呼び止めた。
「委員長」
「……何でしょうか」
振り返った彼女の表情は、いつも通り冷静だ。
「準備係、大変そうだね」
「業務ですから」
「そっか」
ミレナは一歩距離を詰める。
「ヒリスくん、役に立ってる?」
その問いは探るようだった。
「はい」
即答。
「彼は、必要な仕事をしています」
「……へえ」
ミレナは、少し意外そうに目を瞬かせる。
(そんな評価、初めて聞いた)
「でもさ」
ミレナは意図的に声を落とす。
「ヒリスくんって、誰にでも優しいでしょ」
「……?」
「勘違いしやすいタイプだと思わない?」
アリスティアは、言葉を探す。
(勘違い……?)
「私は……彼が、誰にでも同じだとは思いません」
その言葉は、自分でも驚くほどはっきりしていた。
ミレナは数秒、黙ったまま彼女を見つめる。
「……そっか」
ミレナは笑顔を崩さず、声音も変えない。
「忠告のつもりだったんだけどな」
「忠告、ですか」
「うん。委員長、真面目だから」
含みのある、意味深な言い方。
「それじゃ」
ミレナは、それ以上何も言わずに去っていった。
◇ ◇ ◇
その夜。
アリスティアは、机に向かいながらも集中できずにいた。
(……勘違い)
その言葉が、頭から離れない。
アリスティアは、固有魔法を使えば感情も整理できる――はずだった。
(……思考がまとまらない)
ヒリスが、他の誰かと話している姿。
笑っている姿。
それを思うと、胸の奥に言葉にできない違和感が広がる。
その違和感から逃げ出すように、彼女は眼鏡を外して目を閉じた。
◆ ◆ ◆
翌日。
休み時間にヒリスがミレナと話しているのが見えた。
楽しそうに、自然に。
アリスティアは、手元の教科書に視線を落とす。
(……集中してください)
そう思おうとする。
だが、集中できない。
「……委員長?」
ヒリスが心配そうにこちらを見ていた。
その表情で、自分が難しい顔を浮かべていたのを自覚する。
「大丈夫?」
「……問題ありません」
即答。
だが、声はわずかに硬い。
ヒリスは少し困ったように笑った。
「無理してない?」
その優しい一言が、胸を刺す。
(……なぜ)
なぜ、この人の言葉だけこんなにも深く届くのか。
アリスティアは答えられなかった。




