第十三話「二人の力と一つのお願い」
学院祭前日。
空気が、張り詰めていた。
準備はほぼ整い、あとは最終確認を残すのみ。
——そう思われていた、その時だった。
「……委員長!」
展示棟の入口から、慌てた声が響く。
アリスティアは即座に顔を上げた。
「どうしましたか」
「実演用の水循環装置が……動作、不安定だって……!」
その一言で、状況の深刻さを理解する。
生活魔法とはいえ、制御を誤れば展示は中止。
最悪、学院祭全体に影響が出る。
「確認します」
アリスティアは即断した。
ヒリスは、無言で彼女の隣に立つ。
「……一緒に行く」
「……はい」
二人は早足で展示棟の奥へと向かった。
問題の装置は、複数の生活魔法を同時に発動させ、その「安定性」を示すためのものだ。
だが今は——水量が、一定ではない。
「……魔力の流れが乱れています」
アリスティアは装置に手を触れ、固有魔法を発動する。
魔力の経路。
構造。
調整手順。
すべてが、頭の中に展開される。
「……原因は、魔力供給部の劣化です」
「直せる?」
ヒリスが小声で横から問う。
「……応急処置なら、でも……」
その言葉の続きを、彼女は言わなかった。
必要な調整は、同時に複数箇所。
どう頑張っても、一人では——
「俺が支える」
ヒリスが、装置の支柱に手をかける。
「ヒリス」
「大丈夫」
彼は、はっきりと言った。
「逃げないって、約束しただろ」
その言葉が、アリスティアの胸に強く響く。
「……お願いします」
それは、彼女が初めて、誰かに向けて口にした言葉だった。
ヒリスは力強く頷き、深く息を吸う。
そして、固有魔法を発動した。
——重さの感覚が、消える。
装置全体を支えながら、わずかな振動を抑え込む。
「今だ!」
ヒリスの声を合図に、アリスティアは魔力を集中させる。
魔力の流れを、一つ一つ正しい位置へ戻す。
額に、汗が滲む。
(……集中)
だが、途中で――魔力が、わずかに乱れた。
「……っ」
「アリスティア!」
少しよろけたアリスティアへ、ヒリスが即座に声をかける。
「……大丈夫」
言葉とは裏腹に、身体は限界に近い。
(アリスティアの顔色が悪い……)
それを見て、ヒリスは力を強めた。
アリスティアの邪魔をしないように、かつ装置が揺るがないギリギリを見極めて。
——もっと彼女を、支えるために。
「俺が、支える!」
その声には迷いがなかった。
アリスティアは、彼を信じた。
魔力を再び整える。
——流れが、ぴたりと収まる。
水が、静かに循環し始めた。
わずかな沈黙。
次の瞬間――装置は、安定した動作を取り戻した。
「……成功」
誰かが呟いたそれを聞き、二人はその場にへたり込んだ。
息が、荒い。
「……助かりました」
アリスティアは、深く頭を下げた。
「当たり前だろ」
ヒリスは少し疲れた笑みを浮かべる。
「俺たち、相棒なんだから」
「……はい」
その一言に確かな信頼が宿る。
アリスティアは、胸に手を当てる。
(頼っても、壊れなかった)
むしろ……強くなった。
そんな気がした。
◇ ◇ ◇
放課後。
全ての準備と打ち合わせを終え展示棟の外に出ると、外は茜色に染まっていた。
「……明日だね」
ヒリスが言う。
「はい」
「……緊張してる?」
「……少し」
正直な答え。
ヒリスは、笑った。
「俺も」
少し、沈黙。
「……でも」
彼は、続ける。
「もし……何かあっても、俺は逃げない」
アリスティアは、その言葉を真っ直ぐに受け取った。
「……私も」
二人の視線が重なった。
まるで互いの気持ちを、確認するように。
◇ ◇ ◇
その夜。
アリスティアは、初めて両親にお願いをした。
「お父様、お母様。明日、学院祭に来ていただけませんか?」
その言葉に、父は眉を寄せた。
「明日は仕事が——」
「いいじゃないですか、お父さん」
言葉を遮ったのは、母だった。
「アリスティアちゃんが私達にお願いをするなんて、初めてのことですよ」
「……お母様」
母はアリスティアを見て、笑みを浮かべる。
「アリスティアちゃんは、私達の願いはいつも叶えてくれているでしょう? 品行方正で、成績も優秀で。それなのに、私達がアリスティアちゃんの願いを叶えないなんて、教師以前に親失格です」
嗜めるような口調で、母は父を説得する。
父は、深く息を吐いて頷いた。
「……そうだな」
「……ありがとうごさいます。お父様、お母様」
深く頭を下げるアリスティアの姿を、両親は微笑みを浮かべて見つめていた。




