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第三話 超絶甘々天使

あれからしばらく経った頃。学院に隣接している学生寮にアルマは帰っていた。

自室に入って玄関に鍵をかけると深く息をする。まるで今から戦場に向かうかのような表情だ。少なくとも自室でする表情ではない。


「はぁ…………やるか」


ここ数日で一番重たいため息を吐くと、(おもむろ)に右手を挙げる。すると手元に〈契約の書〉が現れた。


「…………セラ」


自身の〈半身〉に呼びかけた。

部屋の空間にヒビが入る。次々にヒビが増え、やがて空間が割れた。


「やっと呼んでくれましたか、アルマ」


砕けた空間から現れたのはアルマの〈半身〉、セラリエル。本日二度目の顕現だ。

セラリエルが部屋に踏み入ると、割れた空間が元に戻った。セラリエルはズカズカと部屋を進み、アルマのベッドに膝を曲げて座った。


「私を待たせていると知っていながら、よくも他の女と仲良くできましたね」


「名前で呼んでやれよ。君もリアーナとは何度か話してるだろう」


呼び出して早々、凄まじい嫉妬を示すセラリエル。さながら恋人のような距離感だ。

しかし今のセラリエルに大した力は無い。これは本来必要な詠唱を省いた無詠唱による召喚だからだ。

必要な儀式過程を飛ばしてるので、セラリエルの力は大幅に落ちている。今出せる力は全体の一割にも満たないだろう。


「はぁ……まったく、貴方の浮気性には困ったものです」


「恋人じゃないんだぞ。俺たちは」


「ですがパートナーではあります。人間の恋人や夫婦より遥かに強い結び付きで繋がった関係。ならば浮気の概念を適応してもおかしくないはずです」


「訳が分からない……」


召喚獣との繋がりと人間の恋愛関係は全く異なる領域の話であるはずだが、セラリエルは同じ系統のものとして考えているようだ。


「私にとっては貴方が他の召喚獣に頼ることも浮気に当たります。確かに戦術面を(かんが)みれば、貴方の考えは正しい。しかし、私というパートナーがいながら他の召喚獣に頼るなんて……私は耐えられません!」


「浮気の当たり判定が広すぎるだろう……」


「と言うか、今はそんな話はどうでも良いのです!今日はもうやる事はないのでしょう?」


「…………まぁ、やる事が残ってたら君を呼んでないからな」


「でしたら早速……」


セラリエルは両腕を大きく広げて、


「さぁアルマ!飛び込んでください!思いっきり抱きしめてあげます!」


パーッと笑顔を浮かべて、声高にセラリエルは告げた。


「…………」


「さぁさぁ、遠慮せずに!」


「…………っ」


心の底から嫌そうな顔をするアルマ。屈辱と言う程ではないが、全く乗り気はしない。

こうなるのが嫌だったから、アルマは戦闘でセラリエルを呼びたがらなかったのだ。



アルマが戦闘でセラリエルを出し渋る原因は主に二つ。一つは単純に戦術的な話だ。

セラリエルは強大である分、扱う上で負荷が大きい。少なくともセラリエルを出している間は他の召喚獣は使えなくなる。

さらに相手によってはセラリエルを警戒して対策を用意してる事もある。安易にセラリエルを召喚して相手の策略に嵌れば元も子もない。

故にセラリエルを召喚するには慎重な判断が求められる────というのが原因の四割程を占める。


残りの六割に当たる二つ目の原因、それは他でもないセラリエルの性格にある。

セラリエルは召喚して戦わせる(たび)にご褒美を要求する。それだけならアルマも特に気にしないのだが、そのご褒美の内容が問題だ。

セラリエルはご褒美としてアルマを甘やかそうとする。『アルマに甘える』のではなく『アルマを甘やかす』のだ。それがセラリエルにとって最高の癒しとなるらしい。


しかし現在アルマは十七歳。他人に偉い偉いと褒められながら頭を撫でられるような歳ではない。

セラリエルに甘えるなど、アルマにとっては恥ずかしくて仕方がない。だがこのご褒美を与えなければ後でもっと面倒な事になる。過去に一度試したから知ってるのだ。

それに召喚士は召喚獣と連携して戦うものだ。召喚獣と絆を深めることはチームワークにそのまま繋がる。

故に召喚士は召喚獣へのケアも必要となる。それが〈半身〉であれば尚のこと。


(これもセラのため、()いては俺のためでもあるんだ……!)


覚悟を決めるたアルマは渋々セラの元へと歩み寄った。

ベッドに乗り、姿勢を下げて頭を近づけると、セラはアルマの頭を胸元に抱き寄せた。


「ふふっ、やっと素直になりましたね。心行くまでこのセラリエルが癒してあげます」


セラリエルはアルマを抱きしめ、頭を撫でる。

まるで子を愛でる母のように、ゆっくりと、優しい手つきで。


「よしよし、アルマは良い子ですね。いつも頑張っててとっても偉いです。毎日遅くまで勉強して、体を鍛えて、剣術や魔術の訓練も頑張って、学院首席になっても一切驕らず努力している。並大抵のことではありません。本当に素晴らしいです」


徹底的に褒めてくるどころか、セラリエルは背中の三対の翼を器用に動かしてアルマを包みんだ。

現在進行形でアルマはとてもつもない羞恥心に襲われていた。羞恥心から自身の顔が熱くなるのが分かる。

だが一番認め難いのは、心のどこかでこの状況を良しとしている自分がいることだ。

恥じらいながらも確かにアルマはセラリエルの抱擁に癒されていた。


(はぁ……何やってるんだろ、俺)


自分でも驚くほど体に力が入らない。それどころか抵抗する気さえ起きなかった。

セラリエルに甘やかされているだけで、体の疲労が癒えていく。

セラリエルの癒す力は本物だ。おそらく誰であっても一度この抱擁を受ければ動けなくなるだろう。

尤もセラリエルはアルマ以外の誰かを癒す気は微塵も無いようなので、実際にそれを試せる日は来ないのだろうが。


「…………っ」


そうしていると、次第に眠たくなってきた。

学位戦の後で疲れているから、尚更セラリエルの癒しが効いていた。


「おや、眠たくなってきましたか?良いですよ、このまま寝ても。私も一緒に寝てあげます」


「いや、寝る時くらい一人に」


「ダメです。アルマを癒すのは私の勤めですから。一人で寝るより私と一緒に寝た方がアルマも良いでしょう?」


「…………」


反論できなかった。実際一人で寝るよりセラリエルと寝た時の方が起きた時の調子が格段に良いから。


「ほら、横になりますよ〜」


セラリエルはアルマを抱きしめたまま、ベッドに横になる。

あまりにもセラリエルの温もりは心地良かった。掛け布団を使わずとも、セラリエルの翼だけで十分眠れそうだった。


「翼、このままで良いのか。下敷きになってるが」


「平気ですよ〜♪このくらいで傷付く体ではありませんから」


「本当に君の力は凄まじいな」


「そうでしょうそうでしょう!私はこれでも優秀なんです。四日後に行くと言っていた『バビロンの塔』とやらでも、しっかり働きますよ!」


「……それってタダで?」


「もちろんご褒美ありで」


「…………」


『バビロンの塔』の上層は全てが危険地帯だ。セラリエルに頼る可能性は高い。だがそこで頼ればまたご褒美を与えなければいけない。

癒されるのは恥ずかしいし、余程の事がない限りはセラリエルには頼りたくないが、今度の探索は一人ではない。

リアーナとローグンばかりに頑張らせて、自分だけ勝手な理由で〈半身〉を出し渋るわけにも行かないだろう。覚悟はしておいた方が良いか。


(…………ああ、眠たくなってきたな)


考えている内にも眠気は増してくる。いよいよ瞼を開くことも難しくなってきた。

アルマはセラリエルの温もりに身を預け───やがて意識を落とした。

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