虫の知らせ
いつも通りの朝。
いつも通り、喜伊の作った朝食を食べ、娘が学校へと出かけるのを見送った。
いつもと違うとすれば、今日は娘の学校が昼までで、学校終わりに学校近くの広場で合流し、娘の買い物に付き合う約束をしていることだ。
午前中は家で過ごし、頃合いを見計らって家を出た。
「行ってくる」
家に残る喜伊に声をかける。
「かしこまりました、私も家の用事が終わり次第向かいます」
その言葉に思わず振り返る。
「お前も来るのか?」
驚いた私の言葉に喜伊はイタズラっぽく微笑む。
「ええ。お嬢様から是非と。なかなか難しい年頃ですので、旦那様だけでは気恥ずかしいのでしょう」
そう言われると「なるほど、そんなものか」と腑に落ちる。
「分かった。では、また後でな」
そう言って家を出た。
マンションのエントランスを抜ける時、不意に胸に疼きを覚えた。
いつもの鈍痛とは違う、微かな違和感。
虫の知らせとでもいうのか。
言葉にしづらい、不安感。
思わず周囲を警戒するが、特に変わったことはない。
「会いたくもないやつに会ったからかな」
赤いキャップを被った少女が脳裏に浮かぶ。
その思いを振り払うように、待ち合わせ場所へと足を進めた。
もうすぐ、約束の場所へと辿り着く。
腕時計を見るが、予定時刻より早く着きそうだ。
「遅れるよりはいいだろう」
そう口の中で呟き、歩を進める。
ふと、視界の端に見覚えのある顔が映り、思わず足を止めた。
何度も何度も見たはずだ。
だが、記憶に残らない。
上書きされ、忘れられていく顔。
どこにでもいる顔。
誰で、どこで見たのだろうか。
そう考えた瞬間、その顔は霧散するように視界から消えた。
何を考えていたのか。
何を気づこうとしたのか。
その感覚すら、消えた男の顔とともに失われ、首を傾げながら目的地へと向かう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
当初週1~2回更新のペースを予定しておりましたが、順調なため毎日投稿しております。
次回に関しては22日予定としております。
よろしくお願いします。




