表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

一房の冷たさ

マリオネットは急に止まる。

何かを受け取るように。

「もう、おわり」

そう呟いて、素早い動きで部屋からベランダへと飛び出した。

部屋の高さをものともせず、飛び降りる。

重い物が地面に落ちる音。


───もう、おわり。


マリオネットのその言葉に、嫌な予感がして、自室へと走る。


何もなかったかのように、静かな室内。

開け放たれたクローゼットの扉。

ぽっかりと暗闇だけが見える隠し扉の奥。

そして、部屋の真ん中に散らばる、髪の毛。


───お嬢様が……いない。


「お嬢様!」

お嬢様の部屋に向かう。

そこにもお嬢様はいない。


「お嬢様ぁ!」

狂ったように叫びながら、探す。


真様の部屋。

いない。


お風呂場。

いない……。


トイレ。

いない───!


よろよろと、自室へと戻る。


「お嬢様……?」

その声は空しく、響くだけだった。

ぺたりと、腰が抜けたように、床へ尻餅をつく。


「お嬢様が……いなくなってしまわれた……」

口から出たその声は、ひどく現実感がなかった。


視界の端にうつる、髪の毛。

這いずるように散らばった髪の毛へと近づいた。

震える手で髪の毛を、一本一本集める。


「お、お嬢様」

私が毎日梳く髪の毛。

一つ拾うごとに胸がつぶれるほどの苦しみ。

自分自身への憎しみが募っていく。

意味のない行為だ。

だけど、震える手は、動きを止めない。


「お嬢様……!」

両手にかき集められた、一房の髪。

そこにポタリと雫が一滴。

失ったものを取り戻すように、髪の束を掻き抱く。

だけど、そこにはもう、お嬢様の温かさはなかった。


「───ッ!」

空に向かって声にならない叫び声をあげる。


喉がつぶれるほど。

血を吐きだしそうなほど。

それは遠吠えのように、遠く遠く響いた。

その声が届いて、返ってくるのを待つように。

返ってくるはずがないと、分かっていながら。

叫ばずには、いられなかった。




鈍い痛みに、目が覚める。

目を開けるが、辺りは暗く、自分がどこにいるのか、分からない。


「ここ、は?」


独り言を呟くが、その声は闇へと吸い込まれていった。

立ち上がろうとすると、足を取られる。

そこで初めて、自分が縛られている事に気づく。


手首と、足首。

手錠より頑丈な、金属の拘束具のようなもの。

ふと、鼻歌が聞こえる。


楽しそうに。

嬉しそうに。


遠くでぼんやりと、見える。

長い黒髪の少女。


───あの少女だ。


私の目の前に現れた、あの少女。

黒いドレスと黒髪は闇と同化し、白い顔と手だけが浮かび上がっている。

鼻歌を歌いながら、自分の爪にマニキュアを塗っている。

血のように黒いマニキュアを。


目が覚めた私に気づき、にっこりと微笑む。


「あら、お目覚め?」

ふぅっと爪に息を吹きかけながら近づいてくる。


「もう少し待っててね。パーティの役者が揃うまで」

ちらりと、視線を遠くに這わせる。

その視線の先を見るが、薄暗く何も見えない。


そんな私の頬に、つっと爪を這わせる。

乾ききっていないマニキュアが、血のように私の頬に赤い線を描く。

楽しみで笑いが堪えられないように、口は笑みで歪む。

その顔に背筋が凍る。


「楽しみだわ。どんな顔をしているのか。想像するだけで───」

笑いを抑えるように、少女は自らを抱きしめる。


だが、堪え切れず、少女は高らかに笑った。

恐ろしかった。

彼女は、なにを楽しんでいるのか。

なにがそんなに待ち遠しいのか。

分からないことが怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ