表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/36

穢された声

───早すぎる。


想像よりも、あまりにも相手の動きが早い。

胸の中で舌打ちをしながら、お嬢様を自室へと引っ張る。


もう、乱暴だとか言っていられない。


お嬢様は戸惑いながらも素直について来てくれている。

事前に準備していた小部屋へとお嬢様を押し込んだ。


「いいですか、お嬢様。決してここから出ないでください。必ずです。私がここを開けるまで。私の声が聞こえても。……約束ですよ」


伝えたいことはたくさんある。

だけど、そんな余裕はない。

必要最低限の言葉だけ。

なにも言わない、言えないお嬢様の返答を待つことなく扉を閉めた。


───願うことなら、この扉を開けるのが私でありますように。


そう、想いをこめながら。



リビングの扉を静かに開ける。

息を整える。


ベランダの方へ目を向けると、一人の少女が立っていた。

被ったボンネットからサラサラの長い銀髪が伸びている。

フリルのついたペールブルーのドレス。

ふくらはぎまである裾の広がったスカート。

まさにフランス人形のような少女。


ゆっくりと歩き、窓に手を当てる。

まるで飴細工のように、ガラスを破りながら室内へと入った。


黒いバルブトゥが、ガラスを踏み鳴らす。

何事もなかったかのように、私と正対する。


「マリオネット。そんなにいい条件を提示されたのですか」

感情の読めない瞳が、はじめて私を見た。


「めいれい、されたから」

懐からシェフナイフを取り出す。


「あなた一人で来たの?」

もう片方の手にボーニングナイフを。


「しらない」

こちらが戦闘態勢をとっても、微動だにしない。

ただ、ガラス玉のような瞳が、私を見ている。


「なにも疑問に思わないのですか?」

マリオネットは、かくっと人形のように首を傾げた。


そうだ、こういう奴だった。


構わず、左手で持ったシェフナイフをマリオネットに向かって振るう。

躊躇なく、マリオネットはそれを手で払った。

金属同士がぶつかるような甲高い音があたりに響き、肉片と血が地面に模様を描く。


刃物を素手で防ぐことに、恐怖はないのか。

肉がそげることに、痛みは感じないのか。


マリオネットの瞳からは、なんの感情も読み取れない。


シェフナイフをマリオネットの心臓に向かって突き出す。

それを横にかわすマリオネットへ、反動をつけた回し蹴りを放った。


鈍い音。

想像より重い感触。


マリオネットは蹴りをもろに受け、地面を転がった。

だが、苦悶もなにも感じさせない顔でむくりと立ち上がった。


───やりづらい。


有効なのかどうか。

判別もつかない。

恐怖も見えないから、脅しもきかない。


───灯お嬢様。


視線だけを自室へと向ける。

マリオネットが来たということは、サタンもいるはずだ。

あの性悪が、何を考えているのか。

少しでも早く、目の前の敵をどうにかしなければ。


焦る私の背後から、声が聞こえる。


「お嬢様!」


廊下に響くその声に、心臓が跳ねる。

私の声だ。


「お早く、そこから逃げて!」

私の声を利用して、お嬢様に───。

想いを穢されたような気がして、噛み締める奥歯がギシりと鳴る。


───あの性悪が!

脳裏に浮かぶ、意地の悪い笑みを浮かべる少女。


その声に気を取られていると、マリオネットが肉薄してきた。

喉元を掴もうとする手をシェフナイフで防ぐ。

マリオネットは構わず、その刃を掴んだ。


血が弾ける。


刃でちぎれそうな指も、ものともしない。

胸元に伸びる片手をボーニングナイフで貫いた。

だが、マリオネットは眉一つ動かさない。

思い切りマリオネットの腹を蹴り、距離をとる。


「そんなに、だいじ?」

自分の手に刺さったボーニングナイフを見ながら、不思議そうにカクリと首を傾げる。


「あのこが、そんなにだいじ?」

なにが聞きたいのか。

なにが知りたいのか。

抑揚のない声は、何も教えてくれない。


「えぇ。大事ですよ。命を懸けてもいいぐらいね───!」

シェフナイフをマリオネットに向かって投げる。

マリオネットは半身になってそれを避けた。

地を這うように移動し、懐からペティナイフを取り出す。

マリオネットの足元から、首元を狙って払った。

マリオネットの首が、パックリと開く。


───やった。

狙い通りの攻撃に思わず弛緩した。

してしまった。


その傷をものともせず、マリオネットは掴みかかってきた。

握りこまれた肩に激痛が走る。

空いた手が、またも私の喉元を狙う。

それを防ぎながら、掴まれている腕をひねり、背負うように投げ飛ばした。


マリオネットの手から、無理やり外した肩がきしむ。

それでも、マリオネットは何事もなく立ち上がる。

あらぬ方向に曲がった腕を気にすることなく。

まるで、おもちゃのように首をぶらぶらとさせながら。


パックリと開いた首。

血が流れるその奥に、人間のものではない金属的なものがちらちらと見えた。


焦る。

その気持ちが、私の体をうまく動かせてくれない。

最悪の結末が脳裏によぎる。


───お嬢様、どうか、私を信じて。


願いを胸に、マリオネットへと再度攻撃を仕掛けた。

言いようのない、不安を抱えながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ