籠鳥雲を恋う
昨日の雨が嘘のように、静かな朝。
いつも通り。
なのになぜか、少し息が詰まるような違和感。
リビングに向かうと、台所からいつものリズムが聞こえてくる。
扉の前に立つと、その音はぴたりとやむ。
「おはようございます、お嬢様」
扉を開けると、わざわざ手を止め深くお辞儀をする喜伊さん。
そう、いつも通り。
私を安心させてくれる朝のルーティン。
椅子に座ると、朝食を並べてくれる。
昨日のようなミスはない。
ただ、喜伊さんの動きが、ほんの少し硬い気がする。
食器を置く音が、音を立てないようにしすぎている。
少しの異音も聞き逃さないように。
傍に控える時間も、いつもより長い。
いつでも私を守れる距離で。
緊張、ではない。
警戒、でもない。
何かに備えているような。
何が起きてもいいように。
それに、少し恐怖を感じる。
もう、あの頃には戻れないと、今一度自覚してしまう。
食事を終えると、陰鬱な空気を換えたくて窓を開けた。
さわやかな風が吹き抜ける。
外に広がる日常。
風が木々を撫でる音。
子供のじゃれあう声。
私はいつまでここにいるのだろう。
学校にも行っていない。
父の事もあり、しばらく休むことになっている。
行きたいと言えば行けるだろう。
だけど、あの場所に戻って過ごすことが、もう想像できない。
友達が私の名前を呼ぶ声も。
教室で交わされる取り留めもない会話も。
机に座って授業を受ける自分も。
窓の桟にかけた手に、力がこもる。
視界の端で、木に留まった鳥が飛び立った。
自由に飛ぶ鳥を羨ましく思う。
それを見つめる私は、いつまで籠の中にいるのだろう。
この籠は、私を守ってくれているのだと思う。
リビングを見渡す。
見慣れた光景。
時折こちらを見て微笑む喜伊さん。
外に目を向ける。
籠の扉は開かれている。
飛び出すのは、必然だったのか。
私は───。
羽ばたく。
どこに向かって?
羽ばたく。
分からない。
でも、私は進みたい。
行き先の分からない空に向かって。
選択肢はいまだ見えない。
けれど、私は。
空を仰ぐ。
雲一つない広く、遠い空。
私は、飛び立ちたい。
巣立つ雛鳥のように空を上手に飛べなくても。
二度と籠に戻れないとしても。
私は飛び立ちたい。怖いと思ってしまう気持ちを抱えたまま。




