ぬくもりは滲んで
雨が傘を叩く音。
曇天だった空は、いつの間にか雨模様へと変わっていた。
喜伊さんの持つ傘に二人で入り、歩く。
言葉はなく、雨音が傘を叩く音と、靴で水が跳ねる音が、いやに響く。
風向きが変わると、巧みに喜伊さんが傘の角度を調整し、私が雨に当たらないようにする。
喜伊さんと目が合うと、何も言わず微笑む。
私も言葉にせず、微笑んだ。
たまに当たる喜伊さんの肩が、ほのかに温かい。
この世界に二人だけしか存在しないような感覚。
その沈黙も、静寂も、なぜか心地よかった。
それを楽しむかのように、私たちは家路に着いた。
テーブルの上には喜伊さんが淹れてくれたホットコーヒー。
ゆらゆらと湯気が立つ。
強くなった雨足が窓を叩く。
コップの温かさを感じながら、外を眺める。
部屋の外では喜伊さんが家事をする音。
その音と雨音が重なり、心地いい。
───もう、昨日のような視線はない。
立ち上がり、窓辺に立つ。
薄暗い空。
激しくなる雨。
だけど、遠くには晴れるような光が差しつつある。
私は父を失った。
平穏さえも。
写真に写っていた、笑顔の父と女性。
私は今まで、何も知らないところで、どれだけの物を失ってきたのだろうか。
そして、これから何を手に入れ、何を失っていくのか。
喜伊さんの姿が思い浮かぶ。
───喜伊さん。
窓に手を触れる。
ヒヤリとした感触。
指の温かさが、ガラス越しに滲んでいく。
───私は。
その光を掴むように、窓をなぞった。
お嬢様は、何も言わずにカードを渡してくれた。
言葉にしなくとも、伝わった。
お嬢様にとって、これはもう必要ないと。
持ち慣れたカードだったが、ズシリと重く感じる。
お嬢様の決意と共に、何も言わず受け取った。
懐のスマートフォンが震える。
表示された画面を見て、訝しげながらも電話に出た。
一抹の不安を胸に落としながら。




