あなたの武器は
喜伊さんは何事もなかったかのように、部屋を行き来している。
その姿を見ながら無意識に、ポケットに入ったカードに触れる。
これからどうするのだろうか。
私の言葉に喜伊さんは応えてくれた。
だけど、具体的な話はしていない。
準備をします、と言って動いてはいるけど、私の目には掃除をしているようにしか見えない。
だけど、意味のない事はしない。
手持無沙汰となった私は、邪魔にならないように部屋の中を見て回る。
何気なく開けた引き出しの中に、台座に乗ったナイフが数本。
八本ある内の、五本だけが残っていた。
手のひら程度のナイフ。
一つ一つ上等な革の鞘に収まっている。
これは、父さんが?
手を伸ばす。
「お嬢様」
喜伊さんの声に伸ばしかけた手が引っ込む。
悪いことはしていないのに、いたずらが見つかった子供のように。
「それを、どうするおつもりですか?」
怒っているというより、確認のような声だった。
「お守りのつもりで、と言うのであれば、お止めしません。しかし、それを危ない時に、とお考えであればおやめください。それが使用しないといけない状況になるということは、お嬢様が死ぬ時です」
事実を淡々と伝える。
「命が簡単に奪えるそれを持てば、強くなった気はするでしょう。しかし、それは自惚れにつながります。それは即ち、死に直結します。そして肝心な時、何の助けにもならない。むしろ危険な方向へと進む選択肢となってしまうでしょう」
手に取ろうとしたナイフに視線を落とす。
「よろしいですか、お嬢様。お嬢様の武器は、喜伊であることをお忘れなきよう」
物として扱えと、事も無げに伝える。
私だけの力ではどうにもならない。
その言葉が私を否応なく、想像もできない世界へと足を踏み入れたのだと自覚させた。
掃除をしながら確認する。
この拠点はまだ使えるか。
いずれ組織の手は回るだろうが、既に知られている以前の家よりかはマシだろう。
休める所が多いに越したことはない。
所々に仕込まれた、センサーとカメラ。
それを自分のスマートフォンと連動させていく。
さすが、真様です。
過剰でもなく、程々に。
でも、抑える所は抑えている。
感嘆の息が漏れる。
お嬢様へ視線を向けると、先ほどの言葉が効いたのか。
借りてきた猫のように、椅子へおとなしく座っている。
言い過ぎた気もするが、言わない方がもっと危うい。
もっと自覚をなさるべきだ。
あのナイフは、お持ちになっても、爪楊枝ほども役に立たない。
それほど、進もうとする場所は危険だ。
ただ、言ってくれるだけでいい。
───喜伊。
私を守り、障害を打ち倒せ、と。
できないんでしょうね。
優しいお嬢様の事だ。
私を頼る事は出来ても、使うことはできない。
ご自分で何とかしようと選択肢を増やそうとしている。
思わず笑みがこぼれた。
その優しさが、嬉しい。
今はいい。
私が動けば済む話だ。
私の仕事をこなすだけ。
自ずと、慣れていく。
いや、慣れざるを得ない。
私を使うことに。
「ご準備ができました」
喜伊さんの言葉に、頷く。
「分かった……喜伊さん」
微笑みながら首を傾げる。
「何も分からない私は、とんでもないことをしようとしている。たぶん、喜伊さんにいっぱい負担をかける」
私の言葉に、喜伊さんは微笑みながらも頷く。
「だけど、一人では進めない……」
先ほどのナイフの出来事が頭をかすめる。
「だから、そばにいて欲しい。喜伊さんが隣にいてくれたら、きっと私は大丈夫だから」
どうしても、喜伊さんを物としては扱えない。
その思いに何も言わず、微笑んだまま深く頭を下げた。
「かしこまりました、灯お嬢様。……共に進みましょう。お傍には、喜伊がおります」
決意と共に、私達は外へと出た。
この先に何が待っているのか。
私の心の不安を表すように、空は曇っていた。




