引き受けたもの
「このまま、何も知らずに過ごすのは、許せないの。何も知らず、見ないふりをするなんて」
分かってくれなかった。
私の懇願を受け止めてはくれたが、はっきりと拒絶された。
こんなにも言ったのに。
最悪の結末を伝えても、お嬢様は引くことはなかった。
「そんな私を、私が許せないの」
お嬢様の目に迷いはない。
写真を見ていた時の幼い眼差し。
私の言葉を聞いて、感情が揺れ動いていた瞳。
だが、この言葉を紡ぐ時には、それはもう無かった。
あるのは、決意に満ちた瞳だけ。
包まれた手が震える。
衝撃だった。
大袈裟に言ったつもりはない。
事実を述べた。
そして、懇願した。
なりふり構わず。
以前のお嬢様なら、きっと止まっただろう。
きっと、我慢をしてくださった。
堪えてくださった。
そして、多少のしこりを残しながらも、日常を取り戻すはずだった。
だけど。
お嬢様は揺るがなかった。
進むのを止めなかった。
なにがそこまで、強くなったのか。
強くしてしまったのか。
───真様。
分かっている。
お互いに大きな傷を植え付けられた。
それが、お嬢様を強くした。
私は何か、選択を誤ったのだろうか。
もし、誤ったとすれば、それはいつだったのだろうか。
決意に満ちたお嬢様を、現実感の無いまま見つめていた。
「喜伊、さん?」
心配そうに覗き込まれる。
何かを言うべきだ。
言わないといけない。
もっと、お嬢様が諦めるような言葉を。
だが、言葉が出ない。
それは、私自身も分かっているからだ。
言葉を幾千重ねても。
懇願を幾万繰り返しても。
お嬢様はきっと、諦めない。
───私は。
包まれた手を、優しく解く。
「喜伊さん?」
不安そうなお嬢様の声。
先ほどの決意に満ちた表情とは違う、いつもの顔。
そのお嬢様の顔に触れる。
頬を。
頭を。
撫でる。
優しく。
壊れ物を扱うかのように。
確かめるように。
視界の片隅に写真が映る。
あぁ、あの小さかったお嬢様が。
こんなにも、大きく。
あの時受けた依頼は、間違いではなかった。
胸に去来する思い。
たまらず、その思いごと、お嬢様を抱きしめた。
「お嬢様……」
愛おしい、我が主。
「お願いがあります」
私の胸が、熱を帯びていく。
お嬢様の覚悟に、当てられたのか。
「決して私より先に───」
その熱は抱きしめるお嬢様の手にも広がる。
この熱よ、お嬢様に伝われ。
「死なないでください。それが、条件です」
私はハウスキーパー。
お嬢様が望むのであれば、私はそれを叶えるのみ。
「報告は以上です」
電話口の相手は、余韻もなく、ガチャリと通話をきった。
「やれやれ」
事務机に備えられた椅子へ、深く腰を下ろす。
「やっかいですね。とんだ置き土産を残してくれたものだ」
机の上に広げられた書類に、目を落とす。
先日、欠番となった男の書類。
ぱらりと、紙を1枚捲る。
そこに写っているのは、ごく平凡な少女。
「うまいこと処理してくれると思ったのですが」
情報を渡した、赤い帽子を被った少女。
何事も無かったように戻ってきた。
それで、十分だと思ってしまった。
しかし、彼女は「興味が湧いた」と言い、それ以上動こうとしない。
「気まぐれは結構ですが……それは、今ではないのですがね」
できれば、自分たちが大きく動きたくはない。
宝を守る龍は。
我が子を守る獣は。
何よりも、厄介だ。
「さて、どう処理していくべきか。我々は、早く復帰してもらいたいだけなんですけど」
厄介だが、おもしろい。
思わず、口元に笑みが浮かんだ。




