優しさの痛み
「私は、知りたいの喜伊さん……!」
扉の向こうで、息をのむ気配がする。
「何が起こっているのか、私は何ができるのか」
言いながら、殻の破れるような音がする。
ひな鳥がくちばしで卵の殻を破るような、小さく、だけど確実に。
「それがとても危険な事で、守ってくれているのは分かる。けど───」
扉を閉めたままでよかった。
ほんの少しだけ、この扉が私を強くしてくれる。
「私は知りたいの……」
私の気持ちよ、届け。
扉の向こうへ。
胸の前で握りしめる手に力がこもる。
「何ができるのか。何を選べるのか」
喜伊さんの手が、ノブに触れた音がした。
それでも、感情を、勇気を、絞り出すように続ける。
「お父さんの事も、喜伊さんの事も……!」
だけど、扉が開かれることはなかった。
「お願い、喜伊さん。私に……私に力を貸して……」
最後は懇願だった。
いくら私が知りたいと言っても、喜伊さんが何もしなければ何も起こらない。
何も叶わない。
私には、喜伊さんの力が必要なんだ。
「……お嬢様」
扉の向こうから聞こえる喜伊さんの声。
いつもとは違う、冷たさの感じるその声に思わず震える。
「その選択は、とても危険な事です。あなたを預かる者として、とても許可できることではありません」
その言葉に反射的に言い返そうとする。
「それでも───」
ガチャリと、乱暴に扉が開いた。
そこに喜伊さんは立っていた。
───本当に、喜伊さんなのか。
微笑みもなく。
優しげな雰囲気もなく。
冷たく、射貫くような視線を私に向ける喜伊さん。
あの少女と、似た目をしている。
その視線に、思わず後ずさりしそうになった。
その反応を、気持ちで抑え込む。
「それでも、私は───」
喜伊さんの視線が、私の言葉をとどめる。
「それ以外の事でしたら、喜んで手伝いましょう。しかし、真様はその選択を、望んでいません。そうならないように命を懸けた、その意味を無駄にする気ですか」
その言葉に気圧される。
「喜伊、さん……」
何も言えなくなった。
父さんの最期が、最後の笑顔が私の胸に溢れる。
「私は、あなたを守ります。あらゆるものから。その為なら、私はなんだってします」
冷たい視線の奥に、喜伊さんの感情が揺れているように見えた。
痛いほど、分かる。
喜伊さんの思いが。
喜伊さんも、私も。
同じ痛みを感じている。
───だけど。
「私は……知ろうとしちゃだめなの……?」
雫が一滴、ポロリと目からこぼれた。
でも、一滴だけ。
懇願にも似た私の声に、喜伊さんの顔が悲しくゆがんだ。
腰の前で組んだ手を、血がにじむほど握りこむ。
敵対した者に向けるものを、お嬢様に向けてしまう。
それが、いかに私の心を苦しめるのか。
「私は……知ろうとしちゃだめなの……?」
お嬢様は、引かなかった。
圧に負けることなく、震えながら。
泣き出しそうなのを堪えながら。
自らの意思で立ち、選択しようとしている。
───私は。
瞬きほどの間、逡巡する。
走馬灯のように、お嬢様との日々が蘇る。
私の腰ほどだったお嬢様は、もう私と目線が合う程大きくなった。
───あぁ、もうあの頃には……。
諦めと共に一つ息を吐く。
「……かしこまりました、灯お嬢様」
主が決めたことを、諫めるのも。
主が決めたことを、支えるのも。
「準備をいたします」
いつものように、深く頭を下げる。
───私は、私の役目を果たす。
月明かりの差し込む部屋で、私はただ静かに、お嬢様の思いごと引き受けた。




