視線の檻
「お嬢様。おはようございます」
扉をノックする音と、喜伊さんの声で目が覚める。
その喜伊さんの声に思わず飛び起きた。
寝坊してしまったと思い、スマートフォンの画面を見るが、ちょうどアラームが鳴る数分前だった。
「お嬢様?」
「お、起きてるよ……どうしたの?」
戸惑いながらも、心配そうな声に返事をする。
「おはようございます。朝食が間もなくできますので、起こしにまいりました」
当たり前のように言うが、こんなこと初めてだ。
「……ありがとう、準備ができたらいくね」
その言葉に満足したように、喜伊さんの足音は遠ざかって行った。
「いただきます」
椅子に座り、朝食を食べ始める。
いつもの朝食だが、喜伊さんがいつもと違う。
台所での動きはいつも通りだが、視線を感じる。
台所に視線を向けると、喜伊さんと目が合い、にこりと微笑んでくる。
目を向けるたび、毎回だ。
それは昼食でも、リビングでくつろいでいる時でも。
喜伊さんは最低限しか離れず、常に私と同じ空間にいる。
洗濯をする時でも、掃除をする時でも。
何かしら用事を作って、私の過ごす空間へと現れる。
間違いなく見られている。
でも、なんで?
もしかして、守ろうとしてくれている?
昨日のことが原因で。
まるで、目の離せない赤子のように思われているのか。
そう考えると、今までの動きに納得ができる。
守ろうとしてくれている。
それは、嬉しい。
けど、言いようのない閉塞感が私を襲う。
喜伊さんの視線から逃げるように、自室へ入った。
扉が閉まる、その瞬間を見逃さないような、喜伊さんの存在を背中で感じながら。
その視線が、心配なのか、確認なのか───私には分からなかった。
このままでいいのか。
喜伊さんに守られたままで。
それは、とても楽で、私はなにも気にせず日常を送れるだろう。
だけど、これを受け入れてしまうと、私はまた何も選ばずに終わってしまう。
私の知らない所で、何かが始まり、そして何かが終わってしまう。
その代償として……。
父さんの最期と、喜伊さんが重なる。
───それは、嫌だ。
何も選ばずに始まる事も。
何も選ばずに終わってしまう事も。
私の代わりに代償を払い、私だけが何も知らずに終わる。
そんな思いをもう、したくない。
ポケットに入った白いカードを取り出そうとして、触れるだけにとどめた。
これは、まだなにも答えてくれない。
───父さん、私はあなたを知りたい。
あなたが、過ごした日々を。
あなたが、どういう人生を歩んできたのかを。
白いカードに触れる手に力がこもる。
「お嬢様?」
喜伊さんが部屋の扉をノックする。
「喜伊さん私ね───」
返事をせず、扉に向かい声をかける。
面と向かってしまうと、私は言えなくなる。
きっと、喜伊さんは困ったような、悲しそうな顔をしてしまうからだ。
「───教えて欲しいことがあるの」
窓から見える、日が沈む光景。
まもなく夜になる。
いつもの時間、いつもの世界。
だけど、今の私にはそれがまるでテレビの中で起こっているように現実感がなかった。




