灯火
二人の息遣いが感じられるほど、静まり返った部屋。
二人掛けのソファーに並んで座り、未だ震えの残る私の手を、喜伊さんは優しく包んでくれる。
「ごめんなさい」
私の口を出た、謝罪の言葉。
それが何に対してなのか、私にも分からない。
「お嬢様……。私も謝らなければなりません」
優しくなでる手に、少し力がこもった気がする。
「あなたが不安になった時、危機に陥った時。私はお傍にいられなかった」
「あんな姿まで見せてしまって」と、はにかみながら、まだ乱れが残る髪を片手で整える。
「喜伊さんが謝ることはないよ……」
必死になって戻ってきてくれたじゃない、その言葉を飲み込む。
それを言葉にするのは、何か違う気がした。
その代わり、その思いを込めて手を握り返した。
「私は、大丈夫だから」
喜伊さんの温かい手。
震える手を優しく握り返してくれる。
だけど、私には喜伊さんの手も震えているように感じた。
「お腹、すきましたよね。簡単ですが、お夕食を作りますね」
微笑み、台所へ向かう喜伊さん。
───ありがとう、ごめんね。
その背中に、口には出さずに。
未だ震えの残る体を自分で抱きしめながら。
───何とか、間に合った。
食材を刻みながら、安堵の息を吐く。
不思議なことに、赤ずきんは何もしなかった。
お嬢様が無事な事、それが何よりの証拠だ。
───本当に?
自問の声に、まな板を叩く音が少し大きくなる。
あの、赤ずきんが何もせず去った?
そんなことがあり得るのか?
台所から見えるお嬢様は、まだ顔色は優れない。
今も震える体を自ら癒しているように見える。
いや、ありえない。
何かがあった。
赤ずきんが興味を示す何かが。
赤ずきんと、いったい何を話したのか。
何を、受け取ってしまったのか。
包丁を握る手に力がこもる。
───もしかして、私達の……。
今まで積み重ねたものが崩れるような、めまいにも似た感覚。
思わず、手に持つ包丁を落としそうになった。
これ以上は、無理なのだろうか。
私も、灯お嬢様も。
お嬢様のいつもより小さく感じる背中を見る。
たとえ、これから何が起こっても。
お嬢様が何を選んだとしても。
私は私の役目を果たすだけだ。
台所から料理をする音。
いつもの音。
いつものリビング。
だけど、いつもと違う。
いまだくすぶる、私の中の感情。
震えは未だ収まらない。
あの存在はいったい何なのか。
たぶん、喜伊さんは知っている。
知っているからこそ、あそこまで必死になった。
だけど、一つだけ分かったこともある。
父さんが生きてきた世界は、普通ではなかった。
きっと、喜伊さんも。
私は知りたい。
知らないといけない。
胸奥で、チリッと火が灯るような感覚。
その小さな灯火が、震えをなくしていく。
私の幸せの代償は何だったのか。
その代償を払わせたのは誰なのか。
───まだ、それを明確にする答えはない。
けれど、その答えに向かう道標が見えた気がした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
お陰様で筆が進み、だいぶ先まで書き溜めています。
ですが、少しでも余韻を感じて欲しい、読み返して欲しいという思いもあり、2日に1回のペースで更新を続けて行こうと思います。
少しでもその更新を楽しみにしていただけたら嬉しいです。




