私の役目
なぜ、それを。
出かかった言葉を、何とか飲み込む。
思わず、自分の懐にしまった同じカードに触れてしまった。
盲点だった。
まさか、旦那様がそれを持っていないとは。
てっきり、警察とつながった組織が回収したものだと、思い込んでいた。
お嬢様の気持ちを優先して、部屋を大きく片付けず、主が出て行ったままの状態にしていたこと。
最小限の掃除しかしなかったことが、裏目に出た。
───旦那様は、なぜこのカードを置いて行ってしまったのか。
お嬢様の手のひらにある、白いカード。
それを見つめながら、逡巡する。
『何のカードでしょうかね? 』
そう即答すればよかった。
いや、するべきだった。
思いがけないものが、思いがけない人から出てきて、私は思わず狼狽えてしまった。
「それ、は……」
もう、間に合わない。
取り繕っても、お嬢様には通用しない。
そこまで、子供ではない。
私はどうするべきか。
目を閉じる。
瞬きほどの、ほんの短い時間。
私は決意するように、一つ息を吐いた。
「お嬢様、それは旦那様にとって”も”大事なものでした」
言いながら、少し言葉を誤ったと思う。
今日の出来事に、自分の気持ちまで言葉に乗ってしまった。
───カードを見せられたのが今日でなく、明日であれば……。
そう思いながらも、お嬢様が疑問を挟む余地を残さぬよう、矢継ぎ早に続ける。
「仕事に必要な、アクセスキーのようなものです」
嘘は言っていない。
平静に。
いつも通りの私で。
いつもの微笑みを添えて。
「旦那様から、とても大事なものだと伺っておりました。てっきり警察を通して会社が回収したのだと思っていたので……驚いてしまいました」
「喜伊さん、本当に?」
伺うように、上目遣いで私を見る。
揺れる大きな瞳。
差し出そうとしたカードを、胸にぎゅっと押し当てている。
───薄々、感づいているのかもしれない。
旦那様が、普通ではなかったことを。
このカードが、漠然とした疑問を紐解く”鍵”であることを。
唇が震える。
言葉が、うまく紡げない。
カードを受け取ろうと伸ばした手が、微かに震えた。
私は、どうするべきなのか。
……いや。
そんなことは分かりきっている。
旦那様がいない今、お嬢様を守れるのは私しかいない。
できるだけ平穏に。
何事もなかったかのように、生活を続けてもらう。
何も知らず、何も分からないまま。
父が不幸にも事件に巻き込まれて亡くなり、それを乗り越え、平凡な幸せを掴み、天寿を全うする。
私は、それを阻む障害を、悉く退けていく。
それが私の、ハウスキーパーとしての───。
……本当に?
カードを受け取ろうとした手を、ゆるゆると引っ込める。
───それは、お嬢様にとって最善なのか?
だらりと垂れ下がった手に、力がこもる。
旦那様の死を前に、泣き崩れたお嬢様。
その後、何かを決意したように立ち上がったお嬢様。
───それでお嬢様は納得できるのか?
お嬢様は、もう決意をなさっている。
旦那様の死の真相を知ろうと。
だが、それはまだ危うい。
怒りと悲しみに囚われ、ただ闇雲に進もうとしている。
それでは、待っているのは悲しい結末だけだ。
血がにじむほど強く、拳を握り締める。
お嬢様は知らない。
相手にしようとしているのが、どれほど強大で、残酷なのかを。
それを守れるのは、私しかいない。
───だから、私は……、私は……!
「本当です」
私は微笑めただろうか。
嘘にまみれた笑顔。
お嬢様の顔が、微かに失意に歪むのが分かる。
……それでも、構うものか。
私はハウスキーパー。
家を守る者。
宝石を守る竜の如く。
子を守る獣の如く。
この家を、お嬢様を守るべき存在。
旦那様との契約も、組織も関係ない。
私は灯お嬢様を守る。
───たとえ、お嬢様からの信頼を失ったとしても。




