触れられないぬくもり
喜伊さんが出かけて、少し経った。
用意された昼ごはんを食べ、ゴロゴロしてみたけど、どうしても落ち着かない。
さみしい。
こんなにも、この家は寒々しかっただろうか。
こんなにも、音のない時間があっただろうか。
私にとってこの家は、安らげて、暖かい気持ちになれる場所だったはずなのに。
気づけば、父の部屋の前に立っていた。
ほとんど入ることのなかった部屋。
入るなと言われた事はない。それでも、なぜか足がすくんでしまう。
扉を開く。
父の部屋の扉が開く音は、他の部屋よりも、やけに大きく響いた。
数少ない記憶の中にある部屋と、今の部屋は、不思議なほど変わっていない。
物をあまり持たない人だった。
だからこそ、主を失った部屋は、いっそうがらんとして見える。
ベッドと、事務机、本棚がひとつだけ。
喜伊さんがきちんと掃除をしているのだろう。
ベッドの毛布は、しわひとつなく畳まれていた。
机の上には警察から返ってきた遺品。
ポケットに入ってた小物だけ。
財布とキーケース。
財布を手に取る。
ブランド物ではないけれど、上質な革が使われているのが触ると分かる。
所々に傷があり、それが、この財布が過ごしてきた時間を物語っているようだった。
中を開けてみても、特別なものは何もない。
引き出しや棚を見ても、とりとめがない。
本棚に並ぶ本も、ジャンルに偏りなく、まるで図書室にある本棚みたいだ。
あまりにも味気なくて。
この人がどんな好みを持ち、どんな人生を歩んできたのか、何も分からない。
───本当に、父はここにいたのだろうか。
そんな疑念さえ、浮かんでくる。
少しでも父を感じたくて、思わずベッドに身を投げた。
柔らかな感触と、微かに残る、父の優しい香り。
それだけが、確かに父が存在してた証のように思えた。
込み上げてくるものを堪えるように、腕で顔を覆う。
だめだ。
また私は少女に戻ってしまう。
強くありたいのに。
しっかりしなければならないのに。
感情が、それを許してくれない。
しばらくそうしてから、体を起こそうとした時、ベッドとマットレスの間に、何かが挟まっているのに気付いた。
隠すように差し込まれた、一枚のカード
何も書かれていない、白いカード。
見た目はただのプラスチックのカードなのに、手に取ると、ずしりと重い。
───ただのカードじゃない。
そう直感し、思わずカードをポケットへとしまった。
そして、また部屋を見回した。
少しでも父の痕跡を感じていたかった。
言葉通り、喜伊さんは夕方ごろに帰ってきた。
いつも通りの様子。
けれど、どこか少しだけ疲れているように見える。
「大丈夫?」と聞いても、きっと微笑んで「大丈夫です」としか、答えてくれないんだろな。
「そう言えば、喜伊さん。これって何?」
ポケットから白いカードを取り出す。
「お嬢様……それを、どこで」
喜伊さんは明らかに動揺していた。
触れられたくない場所に踏み込んでしまった。
そんな印象。
「えっと……父さんの、ベッドの隙間から」
初めて見る喜伊さんの動揺に、私まで息を詰める。
───何か、とんでもないものを見つけてしまったのだろう。
喜伊さんは、何も言わず、狼狽えるように視線をそらした。




