表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

触れられないぬくもり

喜伊さんが出かけて、少し経った。

用意された昼ごはんを食べ、ゴロゴロしてみたけど、どうしても落ち着かない。


さみしい。


こんなにも、この家は寒々しかっただろうか。

こんなにも、音のない時間があっただろうか。

私にとってこの家は、安らげて、暖かい気持ちになれる場所だったはずなのに。


気づけば、父の部屋の前に立っていた。

ほとんど入ることのなかった部屋。

入るなと言われた事はない。それでも、なぜか足がすくんでしまう。


扉を開く。


父の部屋の扉が開く音は、他の部屋よりも、やけに大きく響いた。


数少ない記憶の中にある部屋と、今の部屋は、不思議なほど変わっていない。

物をあまり持たない人だった。

だからこそ、主を失った部屋は、いっそうがらんとして見える。


ベッドと、事務机、本棚がひとつだけ。


喜伊さんがきちんと掃除をしているのだろう。

ベッドの毛布は、しわひとつなく畳まれていた。


机の上には警察から返ってきた遺品。

ポケットに入ってた小物だけ。


財布とキーケース。


財布を手に取る。

ブランド物ではないけれど、上質な革が使われているのが触ると分かる。

所々に傷があり、それが、この財布が過ごしてきた時間を物語っているようだった。

中を開けてみても、特別なものは何もない。


引き出しや棚を見ても、とりとめがない。

本棚に並ぶ本も、ジャンルに偏りなく、まるで図書室にある本棚みたいだ。


あまりにも味気なくて。

この人がどんな好みを持ち、どんな人生を歩んできたのか、何も分からない。


───本当に、父はここにいたのだろうか。


そんな疑念さえ、浮かんでくる。

少しでも父を感じたくて、思わずベッドに身を投げた。

柔らかな感触と、微かに残る、父の優しい香り。

それだけが、確かに父が存在してた証のように思えた。


込み上げてくるものを堪えるように、腕で顔を覆う。


だめだ。

また私は少女に戻ってしまう。

強くありたいのに。

しっかりしなければならないのに。

感情が、それを許してくれない。


しばらくそうしてから、体を起こそうとした時、ベッドとマットレスの間に、何かが挟まっているのに気付いた。


隠すように差し込まれた、一枚のカード


何も書かれていない、白いカード。

見た目はただのプラスチックのカードなのに、手に取ると、ずしりと重い。


───ただのカードじゃない。


そう直感し、思わずカードをポケットへとしまった。

そして、また部屋を見回した。

少しでも父の痕跡を感じていたかった。


言葉通り、喜伊さんは夕方ごろに帰ってきた。

いつも通りの様子。

けれど、どこか少しだけ疲れているように見える。


「大丈夫?」と聞いても、きっと微笑んで「大丈夫です」としか、答えてくれないんだろな。


「そう言えば、喜伊さん。これって何?」

ポケットから白いカードを取り出す。


「お嬢様……それを、どこで」


喜伊さんは明らかに動揺していた。

触れられたくない場所に踏み込んでしまった。

そんな印象。


「えっと……父さんの、ベッドの隙間から」

初めて見る喜伊さんの動揺に、私まで息を詰める。


───何か、とんでもないものを見つけてしまったのだろう。


喜伊さんは、何も言わず、狼狽えるように視線をそらした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ