プロローグ
更新は週に1~2回予定です。
読んでくれた方の心に少しでも何か残れば嬉しいです。
Mr. Sword ───そう呼ばれた者がいた。
その者が振る剣筋は美しく、中空に白金の線を描くように剣を振るった。
月明かりの下で振るうと、それは闇夜にきらめく流星の様に見えた。
剣は道具ではない。
腕の延長のように自在に動かすことができた。
剣に愛され、剣を愛した者がいた。
闇夜に煌めく白刃。
夜空に浮かぶ三日月のように。
夜空を滑る流れ星のように。
それを振るうのは長い髪の美しい女性だった。
両手に刀をそれぞれ持ち、両手の延長のように自由自在に操る。
素人目から見ても分かるほど流麗で、その見目麗しさも相まって、まるで舞いでも見ているかのようだった。
対するは、女より二周り以上大きい愚鈍な大男。
刀を鞘に納めて左手に持ち、振るうでもなく、構えるでもなく、ただ突っ立っていた。
女の二刀は休まることなく、むしろ激しさを増しながら男を攻め立てる。
誰の目から見ても圧倒的で、優劣は明らかだった。
───一度も刀を振らない男と、圧倒するほどの斬撃を繰り出す女。
男の体にはみるみるうちに傷が赤い血と共に刻まれていく。
女はためらっているのか。
それともなぶっているのか。
致命傷を与えない。
薄皮一枚を、ただ切り刻んでいる。
攻撃の速さは数は、さらに増していく。
正確さよりも速さを。
美しさよりも激しさを。
力強く、乱雑に。
まるで焦っているように。
───そう、女は焦っていた。
必殺の攻撃が、幾百の斬撃がまともに当たらない。
外す気はない。
なぶる気もない。
牽制の一撃でさえ、必殺の思いを込めて振るっている。
それでも、当たらない。
紙一重で、薄皮一枚でかわされる。
果たしてかわしているのだろうか。
それとも、自分が当たらないように刀を振るっているのではないか。
錯覚するほど、男は大きく動いていない。
まるで、風に身を任せ揺れている柳のように。
ゆらりゆらりと斬撃をやり過ごしていく。
男は生きているのか。
それとも、自分は幽霊のような実態の無いものを相手にしているのか。
そう錯覚をしてしまうほど、信じがたい感覚だった。
じゃり、と男の足が一歩進む。
斬撃はいまだ致命傷を与えることなく、振るわれる。
自分は本当に刃のついた刀を握っているのだろうか。
そんな疑念すら浮かぶ。
じゃり、と男はさらに一歩踏み出す。
これ以上近づかれれば、殺傷範囲から外れ、効果的な斬撃ができなくなる。
それは男も同じなのに、構わず歩みを進めてくる。
女は後ろに下がろうとする。
だが、足が動かない。
腕は別の生き物のように動く。
それでも足は、地面に根を張ったように動かなかった。
ついに、女の刀が男を捕らえた。
右肩に振り下ろされた一刀。
だが距離が近すぎたのか、切れ味の鈍い鍔元の刃が食い込んだだけだった。
切れなくとも、肉の薄い鎖骨に入れば容易に砕ける───はずだった。
骨の砕ける感触はない。
ただ分厚い肉に打ち込んだような鈍い感触だけが返ってくる。
そこで、ようやく男が動いた。
ぶらりと刀を持っていた左手を腰に当て、右手で柄を握る。
足を少し広げて腰を落とす。
どっしりとした構え。
ここまで肉薄して、初めて男が構えた。
女は叫んだ。
今から起こることを想像して。
今から起こることを否定して。
ただ、ただ、子供のように叫んだ。
その叫びごと切り裂くように、男の刀は闇夜に輝く白銀の流星となって振るわれた。
なおも女は叫び続ける。
今起こったことを否定するように。
これから起こることを否定するように。
男は一度、刀を地面へと振るい、静かに鞘へと戻した。
そのまま、女に一瞥をくれることも無く、背を向け立ち去る。
女はまだ叫んでいた。
生を噛み締めるように。
謳歌するように。
自分がまだ生きているのだと、確かめるように。
やがて、その声も途切れる。
べしゃり、と何かが地面に落ちた音とともに。
彼は剣を愛そうとした、不器用な男だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




