エピローグ
朝の光が、やわらかく部屋を包んでいた。
カーテンの隙間から差し込む陽射しが、
テーブルの上のカップを淡く照らしている。
ご主人――りょうは、今日もゆっくりと目を覚ました。
あの頃みたいに重たい空気は、もうどこにもない。
代わりに、湯を沸かす小さな音と、
お茶の香りが部屋いっぱいに広がっていた。
ぼくは、もうこの世界にはいない。
けれど、不思議と寂しくはなかった。
だって、ご主人の中にぼくがちゃんと生きているのがわかるから。
湯気の向こう、りょうの横顔が見えた。
あの日のように、静かに微笑んでいる。
その目にもう影はなく、
ぼくが大好きだった優しい光が宿っていた。
「……ありがとう、クロ。」
その声が風に溶けて、
部屋の中をやさしく満たした。
ぼくは、窓辺の光の中に顔を向けて、
そっと小さく鳴いた。
――“うん、ご主人。ぼくこそ、ありがとう。君のおかげで。”
風がカーテンを揺らし、
白い光がふたりの間を通り抜けていく。
その瞬間、ぼくは確かに感じた。
あの日のぬくもりも、言葉も、笑顔も、
全部この部屋に生きているってことを。
そして、ぼくはまた喉を鳴らした。
音はもう聞こえないかもしれない。
けれど、その響きは、
ご主人の心の奥でずっと鳴り続けている。
――ありがとう、ご主人。
――ぼくは、今もずっと、ここにいるよ。




