静かな夜に
夜の空気が、いつもより少し冷たく感じた。
窓の外では風が木の枝を揺らし、カーテンの影がゆらゆらと揺れている。
でも、ぼくの体は、もう思うように動かなかった。
ご飯の匂いがしても、少ししか食べられない。
喉が乾いても、水皿の前まで歩くのが精いっぱいだった。
足の先が少しずつ重くなっていくのを、ぼくは静かに受け止めていた。
それでも、ご主人の顔を見るたびに、不思議と怖くなかった。
毎晩、ぼくを膝の上に抱いて、優しく撫でてくれるから。
その手のぬくもりが、灯りみたいに心の奥を照らしてくれた。
「クロ、ありがとうな。」
「お前のおかげで、生きてこれたよ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
声には出せないけれど、心の中で何度も答えた。
――“ありがとう、ご主人。ぼくも、君のおかげで幸せだったよ。”
ご主人の指が、ぼくの背をゆっくりとなでる。
その動きが、だんだん遠くの夢みたいに柔らかくなる。
世界が静かに、静かに遠のいていく中で、
ぼくは最後の力で喉を鳴らした。
それは、小さくて短い音だったけれど、
ご主人の胸に届いたと信じている。
目を閉じたとき、
ぼくの世界は光でいっぱいだった。
ご主人の手のぬくもりが、
心の奥にやさしく残っていた。
――ああ、きっともう大丈夫。
そう思いながら、ぼくは静かに眠りについた。




