それでも、そばにいた
朝の気配が、ほんの少しだけカーテンの隙間から漏れていた。
灰色の光が、ぼくの黒い毛の先を淡く照らす。
ご主人は、今日も布団の中で丸くなっていた。
息をするたびに、布団の山が小さく上下している。
その音が聞こえるたびに、ぼくは少しだけ安心して、少しだけ悲しくなった。
――今日こそ、顔を見たい。
そう思って、ぼくは布団の上をそっと歩いた。
小さな足音が、シーツに吸い込まれていく。
ご主人の顔の近くまで来て、勇気を出して、前足で頬をちょん、とつついた。
ぴくり。
まぶたが震えて、ゆっくりと開いた。
目が合った。
「……クロ」
掠れた声が、空気の中にほどけていく。
それはずっと聞けなかった音。
ぼくの胸の奥で、何かがじんわりとあたたかく広がった。
喉が勝手に鳴った。――嬉しくて、泣きそうだった。
それからの毎日、ぼくは“作戦”を立てた。
朝になったら、ご飯の袋を前足でガサガサ鳴らしてみる。
「ねぇ、一緒に食べようよ」って、そんな気持ちを込めながら。
ご主人が動かなくても、ぼくは何度でも鳴いた。
ある日は、カーテンのすきまを鼻で押し広げた。
光がすっと差し込んで、部屋の埃が金色にきらめく。
その光の筋の中で、ぼくは尻尾を立てて歩いた。
まるで、「ほら、ここに朝があるよ」と教えるみたいに。
少しずつ、ご主人の世界に色が戻っていった。
そして、ある朝。
布団の端がゆっくりと動いて、ご主人が顔を上げた。
「……おはよう、クロ。」
その言葉を聞いた瞬間、ぼくはたまらなく嬉しくて、
尻尾をぶんぶんと振って、布団の上を転げ回った。
ご主人の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
――ああ、やっと笑ってくれた。
ぼくは、ただそれだけで幸せだった。




