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プロローグ 一匹の黒猫
ぼくの名前は、クロ。
窓の外の世界はいつも広くて、少しこわいけど、あたたかい。
けれど、この部屋の中は、ずっと冷たくて静かだ。
ご主人――りょうは、ある日から布団の中にこもったまま出てこなくなった。
朝になってもカーテンは閉ざされたまま。
昼が来ても、部屋の空気は夜みたいに暗い。
「りょう」
呼んでみても、返事はない。
ぼくの鳴き声は、分厚い布団の中に吸い込まれて消えていった。
時計の針の音だけが、カチ、カチ、と響く。
その音さえも、だんだん小さくなっていく気がした。
ぼくはご主人のそばに寄って、丸くなって喉を鳴らす。
ご主人の匂いのする布団の上は、少しあたたかい。
「大丈夫だよ」
そんな気持ちを、喉の音に込めてみる。
けれど、ご主人の目はどこか遠くを見ているみたいで、
ぼくの姿を見ているようで見ていなかった。
それでも、ぼくはそこを離れなかった。
小さな身体でも、できることがあると信じたかったから。




