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プラトニック  作者: 島 尚夏
第二部 黒原鉄山 編
8/8

第三話 真面目な麦わら帽子

「おまたせ、待った?」

「お、おう、待ってないよ」

 どうしても掛崎と話すイメージができなかったので、ぼうっとしていると、楠本がホームに来ていた。

 白いワンピース姿。真っ先に脳裏に浮かんだのは白い薔薇だった。

 そこに、麦わら帽子の麦色がとてもマッチしている。

「あーよかった。ごめんね、これ、意外と重くて」

 楠本は、俺の隣に座り、持っていた重量感のある紙袋を膝の上に乗せた。

 あ。

「おれそういや何も買ってないわ」

 さすがに手ぶらでお見舞いに行くわけにはいかない。

「大丈夫だよ。病院にもコンビニとかあるし」

「そっか、なら良かった……こういうとき何持ってくのが正解なんだっけ」

「やっぱりデザートとか?」

「そうだよな……楠本が持ってるのは何?」

「ゼリーだよ」

「じゃあ被らないように選ぶよ、プリンとか」

「うん、いいと思う。掛崎くん、ああ見えて甘党なんだよね」

 話しながら、俺は依然として誰と話しているのかわからない感覚に苛まれていた。

 白いワンピースを着ている楠本は、学校や家近くのコンビニで見るときとは全く別人のようで、どちらかというと芸能人に近かった。

 なんとなく、この楠本を誰かに見られたらまずい、と思った。幸い、普通しか停まらない小さい駅だから俺たち以外に人はいなかった。

 身長は、男子平均より七センチ低い俺とほぼ同じで、スポーツをやっているがゆえのスレンダーなシルエット、よく考えれば整い過ぎている顔。

 そんな彼女が夏の風物詩、白いワンピースを着て可愛くないわけはなかった。街のポスターの中から飛び出てきたようだ。

 補習期間中に、本仮屋先輩とした「可愛いはすなわち好きなのか」という話を、我とはなしに思い出した。

 楠本は、掛崎に気でもあるのだろうか。

 いやいや、誰かに見られたいからお洒落する、という考え方はよくない。本人が着たかっただけなのだ。

 目当ての電車が来たので乗り込む。

 病院の最寄り駅まで、十五分とかからなかった。普通電車は、空いてるから居心地が良い。有名な話で、電車の揺れは胎内にいるときの振動に似ていると聞く。絵面だけみればそんなわけないけど、ストンと電車で寝てしまうことはよくあるから、あながち間違いではないのかもしれない。

 もちろん今日は、隣に楠本がいるので眠気こそなかったが、変に緊張してうまく話せなかった。俺たちは拳二つほどの距離を空けて座ったけど、その微妙な間合いがやけに遠く感じた。

「これ、持つよ」

 電車の降り際で、俺はゼリーの袋を持った。

「あ、ありがとう」

 楠本の発音は、いつ聞いても綺麗だ。丁寧。いきものがかりを思い出す。

 改札を出て、病院までは少し歩くらしい。

 家の周りとよく似た感じの街並みだった。

 暑いのは暑いんだけど、歩道の脇にそぞろ立っている何本もの街路樹が影を作ってくれている。

 木々の影に隠れるように俺たちは歩いた。

「小説の進み具合、どう?」

「小説ね、今、三千文字ぐらいだよ」

「三千文字⁉︎すごい!」

「ありがと、でも、三千文字って、読んでみたらすぐなんだ」

「そうなんだ」

「今時の高校受験の物語文と同じぐらいらしい。そう聞いたら、実はそんなでしょ」

「えー長いよ」

「まあ確かに、受験問題にしちゃ長いか」

「そうだよ」

「でもさ、大学の共通テストの現代文とかもっと多いらしい。間に合わないだろってぐらいの文量なんだって」

「えー私自信ないなぁ」

「楠本は大丈夫だよ、真面目だし」

「なんかさ、黒原くん、私のこと真面目真面目って言うけど、私そこまで真面目じゃないよ」

「そ、そうなのか」

「そうだよ」

「じゃあ、真面目じゃないことを証明するようなエピソード教えてよ」

「エピソード……?」

「例えば、部活サボってゲーセン行きましたとか、未提出の宿題ありますとか、そんな感じ」

「うーん……」

 楠本は宙を見つめて考えている。そこまで考えないと出てこない時点でめちゃくちゃ真面目なんだよな。

「この前……夜食にカップラーメンを食べたことかな……」

 驚きと可笑しさがどっと押し寄せてきた。

「うおい……カップラーメンってさ……そ、それは……不真面目だなぁ……ぶ……っ」

「もう、私のことからかってるでしょ!」

「からかってない……っぷはは」

「からかってるじゃん!」

 絞り出した不真面目エピソードが夜食なんて、自分の真面目さの裏返しにしかなってない。というか、それを不真面目だと思いながら夜中にカップラーメンを食べてる楠本を想像すると、笑いが止まらなかった。

「あれだよ、真面目じゃないってのは、砂利道ダッシュ常習犯とかそういうのを言うんだよ」

「うーん、砂利道ダッシュってなに?」

「砂利道ダッシュってのは、チャリ通の通学路に、近道できる砂利道があって、そこを通って学校に行くことを言うんだ」

「自転車なのにダッシュなんだね」

「言われてみればたしかに。名付け親はずーっと前の代の先輩だそうだ」

「でも、なんかおもしろい名前だね」

「だろ、でも砂利道ダッシュしてるの先生にみつかったらチャリテなんだ」

「えっ、そうなの」

「怖いだろ」

「うん、私はしないでおくね」

 チャリテってのは、自転車通学停止の俗語だ。その砂利道は、砂利の粒が粗大で、さらにカーブのところにガードレールがないから普通にちょい危ない。だから通るのを禁止されている。立ち当番の先生に見つかったら、三ヶ月のチャリテを食らうから、砂利道ダッシュは最後の手段として有名だ。

 しばらく、今までチャリテを食らった猛者たちの英雄譚よろしく馬鹿話をしていると、病院が見えてきた。

 ふと、思い出した。

「そういえば楠本、バドミントンのインターハイって、今頃じゃなかったっけ」

「お、よく知ってるね。そうだよ、先週あったよ」

「先週か、どうだった?」

 楠本は、県大会を優勝している。個人戦で。 

 それを知ったのは終業式だ。大きなトロフィーと賞状をもらっている楠本は輝いて見えた。

 ぐだぐだしてられないと思い始めたのも、もしかしたらあの時からだったかもしれない。

 楠本は悔しそうに、俯いた。

「二回戦……敗退だった」

「おーそっか。でも全国行っただけでもえぐいことだよ。相手、強かった?」

「うん、とっても強かった。ストレート負けだったな。私と同い年」

「まじか高二か。同級生すげぇな」

「だから来年、どこかでその子を倒す」

「おう、楠本なら絶対できる」

「ありがと」

 こんなに力強く話す楠本は見たことがない。

 外見に出ないだけで、ハートは燃えているんだ。

「最近のスポーツさ、昔より下級生の活躍増えてるよな」

「バスケのインターハイの動画とか私たまに見るけど、二年生出てるよね」

「そうだな、男子も女子も二年生エースとかいるし、なんなら甲子園もそういうのあるよな」

 掛崎なんて、一年生で部全体を仕切っていた。

「年功序列じゃないところも、スポーツの醍醐味の一つだよね」

「分かる」

「そういう意味だと、小説家もまさしくそうだよね」

「あ、たしかに」

 小説に年齢は関係ない。書籍化を果たした高校生だっている。

「じゃあ黒原くんも、立派な小説家になれるよ」

「うおいおい、まだ気が早いよ、卵にすらなってないもん」

「行動してる時点で、卵になってると思うよ」

「そっか……うん。前向きに考えてがんばるよ」

 身近に偉業を成し遂げた人間がいると、勇気とかやる気とか色々もらえる。多分、楠本はめちゃくちゃ頑張ってる。朝も、早い時間から体育館で練習してる。朝礼前、体育館側から汗を拭いて歩いてくる楠本を見たことがある。何回も。

 そして県大会で優勝した。

 周りから見える見えないに関わらず、日々の絶えない努力は嘘をつかないって証明してくれた。

 俺もそれぐらいやらないと。

 強く吹いた風。

 麦わら帽子が飛ばないように手で押さえて、楠本はこちらを見た。

「宿題、どれぐらい進んだ?」

 これ、全然進んでないのわかって聞いてそうだな。

 証拠に、ちょっと半笑いじゃん。

「なっんにもすすんでないっすよ!」

「やっぱり」

「分かってて聞いたろー」

「そんなことないよ……多分」

「多分……ね。そういう楠本も、流石にまだ終わってないだろ、インターハイに向けての練習とかあっただろうし」

「えー、どう思う?」

「おいおい……これで終わってたら俺は楠本を人間として見れなくなるよ」

「終わってます」

「ぐおおおおお」

 それはもう、要領がいいとか真面目とかそういうレベルじゃない気がするけど。

 恐るべし、楠本結衣。


   ※


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