第二話 掛崎梗太郎
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あいつがいなければ。
練習中にもっと休憩できた。
朝休みにシャトルランをせずにすんだ。
オフの日に体幹トレをしなくて良かった。
才能という言葉で、誤魔化さずにすんだ。
努力という言葉を、信じることもなかった。
勝利があんなに気持ちいいものとは知れなかった。
敗北がそこまで悔しいことだとは分からなかった。
燃えるような耳山駅──俺ん家と楠本ん家の最寄駅──のベンチで一人、思い出す。
中学校も俺は掛崎と一緒だった。原則部活に入る決まりだったから、いい運動になるかなぐらいのノリで、バスケ部に入った。そこに掛崎はいた。
掛崎は一年生の秋になる頃には、ほとんどの三年生を凌駕していた。それを可能にしていたのは、圧倒的な努力だった。シンプルに、バスケに関わっている時間が長すぎた。朝休み、昼休み、オフの日、休日。あいつは全部をバスケに費やした。
目の前で、努力が如実に結果と結びついているのを見て、俺は、気持ち悪いとさえ思っていた。なぜそこまでできるのか分からなかった。
そしてあろうことか、彼は勉強もできた。信じられなかった。文武両道はただの四字熟語だと思っていた。
掛崎は部活のメニューを彼なりの考えで最良化し、部員を引っ張ってくれた。運動量がおかしいメニューもあったけど、先頭で掛崎が平然とやってのけるから、他の部員たちも根性でやりきった。監督もある程度掛崎に任せている節があった。
俺は必死に喰らい付いた。逃げればもっと大きなものを失うと直感し、どれだけきつくても足を動かし続けた。それでもスタメンにはなれない。稀に交代枠として公式戦に出てチームに貢献できたときは全てが報われた気がした。
俺はスリーを打つポジションだった。スリーを決めたときの快感は、何物にも変えられない。ユニークなドーパミン。飛び道具の爆発力が俺は好きだった。
中学の最後の大会、俺たちはなかなかに健闘し、ベスト8まで進出した。迎えた準々決勝、二点のビハインドで、4ピリのラスト数秒。タイムアウトで、監督から掛崎をフィニッシャーにするセットプレイを言い渡された。俺は囮のシューターとしてコートに出される。笛が吹かれると、パスをもらう前から掛崎は厳しいマークを受けた。それを華麗なフットワークで敵を振り払い、サイドラインからパスをもらった掛崎。でもまた囲まれる。彼はドリブルを二回ついて、突如、俺にパスをよこした。時間的にも俺がシュートを打つしかなかった。俺のシュートが描いた放物線は確かに綺麗だったけど、リングに嫌われた。それが中学の部活の最後だ。
掛崎がいなければ、絶対にベスト8なんて無理だった。準々決勝まで走り切った経験と一番勝負の難しさは、生涯忘れないだろう。
完璧に近しい人間の掛崎。
ただ一つだけ、彼には癖があった。
リスクカットする癖だ。負けるリスクをカットするという意味で、その癖が彼の努力の誘因だったのかもしれないけど。
中学三年生になった時点で、掛崎の身長は百八十センチを超えていた。筋肉のつき方も、普通の人とは違った。ジャンプ力があった。
あいつは、ダンクができたのだ。練習中は何回もやって見せてきた。俺たちは毎回頭を抱えて叫んだ。
だけど試合中、相手のパスをカットして独走状態でゴールを決める時、掛崎は絶対にダンクをしなかった。決まってレイアップ。やってもダブルクラッチだった。他の部員たちは、公式戦で掛崎がダンクする姿を心待ちにしていたけど、ついに見ることはできなかった。
登下校も、他の運動部の生徒は大半がチャリ通だったけど、掛崎はバスだった。遅刻とか雨に濡れるとかそういうリスクを回避しての行動だ。
そして、進学する高校としてこの誠真学園を選んだのも、その癖ゆえの選択なのではないか。将来、バスケット選手になれなかった時も優良企業に就職できるよう、大学受験に備える。だから、部活はそこまで強くないけど進学実績のある高校にしたのだと思う。そうじゃないと、意味がわからない。プロバスケ選手になれる人だ。なるべき人だ。掛崎の高すぎる精神年齢は、牙を削いだのではないか。
中堅レベルの誠真学園バスケ部で、掛崎は中学の時と同じように、学年問わず部員をまとめ上げた。それが去年の話だ。俺は、試合で交代枠としてすら使われなくなっていた。練習試合のB戦で出場するのが関の山。練習やトレーニングには変わらず参加していたけど、それが実を結ぶことはなかった。じゃあ人一倍の努力をしていたかと聞かれると、うんとは言えないから自業自得ではある。(「人一倍」……漢字と意味が合ってないな、後で調べよっと)
成績も落ち、試合にも出れず、昔から好きだった本も練習の疲れで読めない。何者にもなれない。そんな悩みを、高一の夏休み頃から持ち始めた。夏休みの膨大な時間を、自分のためになるとは思えない部活動に使っていいのか。もっといい使い道があるんじゃないか。俺は小説家になりたいと、実は思っているんじゃないのか、ならそのためにこの時間を使ってみてはどうか。
考え始めると、もうそれしか頭にはなかった。今思えば、俺は初めて部活から逃げようとしていた。
ある八月の暑い朝、初めて寝坊して、電車を逃した時、俺は次の電車に乗らず駅近くのコンビニに寄った。そこでカフェオレのフラッペを飲んで、家に帰った。
お母さんに聞かれた。
「あら、どうしたの?今日部活じゃないの?」
「あー、今日たまたまオフだったんだよ。忘れてたわ」
「そうなんだ。じゃあゆっくりしなさいな」
「おう」
我ながら嘘が上手いと思った。
次の日、部活を辞めた。
いつもより早い時間に体育館へ行き、朝練前に筋トレをしている角川先生に旨を伝えた。
先生は「そうか」と言った。「俺は引き止めへんよ」とも言った。
ぐさりと何かが心に刺さった気がした。
体育館の外で、掛崎とだけすれ違った。
「そんな気はしてたけどさ。お前、逃げるのかよ」
「別に」
「いやいや、逃げるんだろ。対して練習もしてないし、まじで中途半端だな」
「……言っとけよ」
「こんなことになるなら、あのときお前にパスしなきゃよかったわ」
「あのときって……ああ、あれか、あの試合か。俺も困ったよ。逃げるって言ったら、お前もあの時逃げたじゃんか。お前のセットプレーだったのに、俺にパスしたろ!」
「お前に渡しても後悔ないって思ったんだよ!俺はもうあの姿勢でシュートは打てなかった。でもあんときの俺は間違ってたよ。意地でも自分で打つべきだった。お前みたいなやつに、ボールを渡すべきじゃなかった」
「全部お前が勝手に選んだことだろ!」
「そうだよ!」
「あとお前さ、何でこの高校なの」
「は、何が」
「なんでもっとバスケ強い高校行かずに、全然強くないここ選んだのって聞いてんだよ」
「は、何なのお前……俺の勝手だろ。関係ないじゃんか、口出しすんな。それにこのチームで全国行けばいいじゃんか。早くどっかいけよ!一個のこともやりきれないんだからさ!」
「一個のことだけやってれば偉いのかよ!なあ!」
「逃げたやつの言うことは知れてるな!」
「お前ら、体育館の前でうるさいねん」
角川先生は、それだけ言ってまた体育館に帰って行った。
俺を、もうそれ以上叱ってはくれなかった。
「……」
「……じゃ」
見事な喧嘩別れ。ドラマだったら百点だ。
あとから振り返れば、掛崎も、そして俺も明らかに言い過ぎてる。
バスケ部で過ごした日々が一瞬で崩れ去るのは、心寂しかった。
基本的に、練習終わりには掛崎含めた何人かと、がやがや喋りながらチャリを漕いで、腹が減ってたらうどん屋かラーメン屋に入っていた。
そう……バスケ部の部室には、扇風機しかなかった。
瞼の裏に、あの埃臭い部室が浮かんでくる。部活終わり、汗を吸ったウェアを思いっ切り脱いだ。誰がいつ置いたのかわからない、無駄に大きなあの扇風機を取り合ってふざけあったのが、まるで嘘のようだ。
クラスが違うというのもあって、掛崎との接点はほとんど皆無になった。たまにすれ違う時も、無視。
こんな風な関係性になった掛崎、それも、足の骨折という致命的なダメージを負った掛崎に、俺はなんと声をかければいいのだろうか。
もう、バスケ部をやめた分際で。
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