第一話 サマーバケーション
第二部は、全部で10話を超える長編になります。
最後まで読んでください!
第一部のあらすじは、「第一部 本仮屋茉莉 編のあらすじ」に載っています。
あえて言おう。
俺の夢は小説家だ!
…………
本当だ。
去年、俺は部活を辞めた。それは、小説と触れ合う時間を増やすためだった。結果的に、小説を読むことはあっても書くことはなかったから、有効活用できたかと聞かれたらうなずけない。
一方で本仮屋先輩は、現状を変えるために、長年続けてきたピアノと向き合い、別れ、そして将来について考える時間を獲得した。簡単な選択ではなかったはずだ。
俺は何をしていた。
こんなところでくすぶっているわけにはいかない。
小学校の時から、小説が好きだった。中学生になってライトノベルも読み始めた。文章によって想像力が掻き立てられ、つれづれの情景が浮かんだ。現実よりも華やかな世界が、俺の目の前に広がり続けていた。
登場人物たちの感情はセリフの節々やちょっとした仕草から感じられ、共感と共鳴の嵐が俺の心で吹き荒れた。ときには登場人物の情けなさにいらだちさえ覚えた。
小説を読んでいると、自分の中に幾重もの景色や感情が流れ込んでくる。その感覚は、唯一無二の蜜の味をしていた。
いつしか、俺は自分でも小説を書いてみたいと思うようになった。俺がそうだったように、自分の読者に感動を与えたい。そして、昔から国語だけはよくできた自分に、小説を書く才能があると錯覚した。その錯覚は、間違った確信に変わっていた。
ただ、俺に足りないのは何かを始める時に必要な勇気と覚悟と忍耐だった。俺はそのどれも持ち合わせてはいなかった。
でも本仮屋先輩と出会って、たくさん話して、先輩の彩り豊かな表情を見た。そのたった一つのきっかけで、俺は自分を奮い立たせることが、今できた。
決意の台詞とともに、口火を切ることにする。
「俺の物語を始めよう」
八月一日 黒原鉄山
…………
以上が俺の厨二病めいた今の脳内。
自分でも重症だとは思う。
でも決心したのは本当だ。
夏期補習という名の地獄も、先週で乗り切った。
俺はこの夏休みを使って、小説家になる礎を築く。
いつもは海外サッカーのハイライトやゲーム配信しか見ないYouTubeを開き、「小説家になるには」と検索。
色々出てきたけど、なんやかんやで大賞に応募して受賞するのが一番手っ取り早いらしい。
長編を書けるような筆力や継続力が自分にはあると思えないので、ここは短編を選択。
一時間ぐらい応募サイトをサーフィンして、三万文字以内のSF小説を募集している新人賞への応募を決めた。締め切りは九月末。
思い立ったが吉日。早速自室の机に向かって書き始めようとした。でも集中できない。近くのSwitchはこちらをつぶらな瞳で見つめているし、本棚からは読み溜めている小説や漫画が手招きをしている。十分後にはそこに手を伸ばしている未来しか見えない。
考える。今の俺に適した環境。衆目に晒され、かつ自分の作業スペースも確保できる場所。もちろん無料で。
すぐに思い当たった。近くのスーパーの二階にフリースペースがあったはずだ。たまに受験生とおぼしき学生が勉強しているし、電卓を打っているサラリーマンも見かける。そこへ行ってみよう。
そのスーパーは地域密着型のスーパーで、某ドーナツチェーン店がテナントとして入っていることが奇跡と言えるような規模感だ。幸い、近くに大型ショッピングモールがないから生き残っている。
チャリを走らせた。スーパーへ着いたのが十二時すぎ。フリースペースは空いていた。というかガラガラだ。先に荷物を置き、階段を降りたところにあるイートインコーナーでカップラーメンを食べる。どうしてこんなに美味しいのだろう。夜食にカップラーメンを食べていると、父さんが「よくそんなことができるな。父さんはそういうのもう食べられなくなってきたぞ」と言っていた。夜中にカップラーメンが食べられなくなる人生、俺にはまだ想像できない。夜中のラーメンは至高の領域だ。
文房具売り場で白紙のルーズリーフを買う。アイデアを出すためには、罫線は必要ないと思った。
腹ごしらえも済ませ、階段を登って、フリースペースの机にどかっと座った。机上の面積は学校の机の軽く二倍はある。紙や本を勝手気ままに広げても何ら問題はなさそうだ。素材は……よくわからない。もし、エセ大理石みたいな模様をしている机を見たことがある人がいるならば、まさしくそれだと言っておこう。
筆箱からボールペンを取り出し、手で紙を押さえる。
さあ!書こう!
…………
あれ、SFってなんだっけ……
SF小説と呼ばれているものを読んだことはあるが、そもそもSFが何を指しているのかは知らなかった。
ググる。
《SF……science fictionの略》
サイエンスフィクションね……
要は、物理法則無視してたらなんでもいいや!的なことか。
少々雑な考え方かもしれないけど、最初っから思考を制限し過ぎるのは悪手だと思う。
スマホで調べて、出てきたアイデアを適当に紙に書く。初めての「0から1を作り出す作業」は、俺の右脳を存分に刺激した。
心のどこかで、まだ自分の語彙力や物語を構築する能力が足りないことを自覚しながらも、実際に夢への想いを行動に移し、その想いが紙に残った今日は、記念すべき日だ。
裏を返せば、今まで何をやっていたのだという自己批判にも行き当たるけど、そこは一旦目を瞑ろう。後悔に溺れてはいけない。
三時間後には、俺はハイになっていた。ランナーズハイがあるように、世の中にはライターズハイというものがあるらしい。自分が書いた作品はなんて素晴らしいんだ、自分はなんて能力のある人間なんだ、というふうに自己肯定感が絶頂に達する。俺のは、まだ文章にすらなってない段階だけど、それでも「とある男子高校生がチートを使って月を冒険する物語」という大枠のプロットは作ることができて、テンションが爆上がりしていた。
月の模様って、国によってウサギが餅ついてる様子とか、カニとか読書中のおばあさんとかいう風に色々見え方があるから、そいつら全員登場させてやろうかななんて考えた。
餅をついてるウサギが筋骨隆々だったり、おばあさんが数学の参考書を読んでいたら面白いかな……あ、あそこに見えるのはアポロ11号チームが立てたという米国旗じゃないか──あれ、やっぱり風がないはずなのになびいてるな。月にも風は吹くのか。向こうに見えるビー玉みたいなのは……あーあれ地球だ。ほんとは青いんだろうけど、もしピンク色をしていたら──
「あれ、黒原くん」
「わ!えっお、おう!よう楠本!」
びっくりした勢いで脳内で月面旅行が突如終了する。
楠本結衣。バドミントンが得意な同級生、幼馴染。お互い年頃になるまでは、一緒に登下校したり遊んだりしていた。
いや家が近いから生活範囲がかぶるのはわかるんだけど、よりにもよってあんまり見られたくないことをしてるときにばったり会うとは。
ついてない。
こんなことなら、カモフラージュする用に夏休みの宿題を持って来ればよかった。
「なにしてたの?」
「あ、あーこれ?ちょ、ちょっと落書きだよ。宿題飽きちゃってさ」
さもここに宿題が入ってるんですよと言わんばかりにリュックをぽんぽんと叩く。変に嘘をついている自分がおかしい。
俺から話題を逸らさないと。
「楠本はどした?」
「え、私?えっと、お母さんと今日の晩御飯の買い物に来たんだけど、ついでに、二階にある本屋さんで参考書を見ようと思って」
「そっかそっか。いやぁ俺も楠本を見習わないとな。来年には受験なのに」
「ほんと怖いよね。あっという間って感じ」
「な。ついこの前入学式したばっかだってのに」
「だよね……あれ、なにそのうさぎ?腹筋割れてて面白いね」
しまった。
気を抜いて、紙を隠していた腕をどかしてしまった。
「あーこれは……その……」
なんか、ここまでして嘘をつくのもちょっと違う気がしてきた。
それに、正直に小説の中身考えてたって言っとかないと、逆に変人扱いされかねない。宿題の息抜きにバキバキのうさぎ描くやつちょっと変だもんな……
もうなんでもいい。ほんとのことを言っても、彼女はきっと馬鹿にしない。
「実はさ、小説……書いてるんだ」
「え!小説書けるの?すごい、ちょっと見せてよ」
楠本の反応は予想の一万と二千倍ぐらいには嬉しいものだった。
「あーまだあれなんだ、まだ書けてなくて、話の流れを考えてる途中なんだ」
「あ、そうなんだね、うーんでもすごいなぁ。じゃあできたら読ませてよ。私、本好きなの」
「そうなのか」
「うん、最近は部活続きでろくに読めてないけど、小学校とか中学校のときは本の虫って感じだったよ、私」
「あー確かに、言われてみれば、昼休みの楠本は本読んでるイメージあった。小学校の時とかは、一緒に図書室行ったりしたっけ」
「そうだね……覚えてるんだ」
「うん、意外と小学校の時の思い出って記憶に残らない?」
「そう言われてみれば……確かに残ってるかも。黒原くん、よく私の牛乳代わりに飲んでくれてたよね」
「うわー懐かし。そんなこともあったね。その割に、身長あんまし伸びなかったけど……」
「はは、そんなことないよ。あ、小学校の図書室に並んでた本の作家さん、この街出身らしいよ」
「まじ!知らなかった」
「えっとね、ペンネームが『内藤創也』って言うんだ。読んだことある?」
「え!俺その人の本全部読んでる!あの人ここ出身だったんだ」
「そうなの。身近じゃない?」
「ああ、めちゃくちゃ身近。なんか嬉しい」
「だよね」
ライターズハイでそもそもテンションが高いのに、本好きの幼馴染と心地の良い小学校トークができて、もうすぐエンストしそうだ。
それに楠本は、引くどころか俺の小説を読みたいと言ってくれた。
手元のうさぎも踊り出しそうだった。
ただ、さっきから全く違うベクトルの違和感があった。
その違和感に気づいた時、俺の顔からは血の気が引いた。
楠本が傘を持っていることに気づいたからだ。
「あれ……もしかして楠本、外、雨降ってるの?」
「うん、結構降ってる」
「おっとまじかぁ」
とにかくスーパーに行くことしか考えていなかった俺は、天気予報を見なかった。長傘も、あまつさえ折り畳み傘も持っていない。おまけに、さっきカップラーメンを買ったときに見た財布の中は、ほとんどすっからかんで傘を買えるだけの現金はないように思う。
楠本は、俺が決まりの悪い顔をしているのに気づいたらしかった。
「黒原くん、もしかして、傘ない?」
「あーうん、実はない……」
「私、折り畳み傘あるから、これ貸そうか?」
「いいの?」
「いいよ、また返してくれればいいし」
「そっか、まじでさんきゅ。あ、でも折り畳み傘のほうで十分だよ、俺一人だし」
「大丈夫。ほら、その紙とか濡らしたらもったいないじゃん」
「あ……そっか。ほんとありがと」
楠本は、可愛い柄の入った傘を貸してくれた。
その柄は、俺を困らせるほどに女子って感じの柄だったけど、傘がない方が困るから甘んじて受け入れる。背に腹は代えられない。
この借りはまた返すよ、なんてキザなことは流石に言えないなと思っていたら。
「あ……でも……」
「うん?どした」
「これ、貸し一ね……」
案外楠本の方から、それらしいセリフが飛び出した。
でもすごく恥ずかしそうに言ってる。
「わかった。まああんまり足止めしても悪いから」
「うん、じゃあ本屋行ってくる」
「おう」
ここで傘をゲットできたのはかなりツいてる。そうじゃなきゃ、必死に書いたメモ書きを濡らすハメになっていたかもしれない。
いいところで楠本と会った。借りは絶対に返そう。
その数日後。
意識的に朝早く起きるようにし、暑さが本格的にならないうちにスーパーの二階へ行く。親からもらった五百円でまずカフェオレを買い、いつものノートを広げる。ルーズリーフは保存がしにくいから(どうもあのファイルにとめるやり方は好きじゃない)結局ノートを買ってそこに書いていた。
いつにも増して、俺は気分がいい。なぜなら昨日の夜、父さんがお古のPCをくれたからだ。そこに入ってるワードを使って、小説を書けるようになった。かなり型落ちしていて、キーボードも少し剥げてるけど、何の問題もない。スタバでmacを開くのと同じテンションで使うには、いささか分厚い筐体だったけど、そこにも愛嬌を感じた。
昼になり、またカップラーメンを食べ、さあ午後も惜しみなく進めていこうと意気込んでいた矢先。
スマホが鳴った。電話だ。
相手は楠本だった。
家族以外との電話。いつぶりだろう……
「もしもし」
『もしもし、黒原くん』
「はいはい、どした」
『突然だけど、この前貸し一って言ったの覚えてる?』
「かしいち……ああ、貸しな、覚えてるよ」
『あれさ、今日使ってもいい?』
「今日……全然いいよ」
一日中小説を書けるのをとても楽しみにしていたというのが本音だけど。
ただ、次の楠本の一言で、そんなことを言っていられなくなった。
『実はさ……掛崎くんが、今病院にいるらしいの』
「病院──」
『私、親同士が仲良くて、お見舞いの品持って行ってってお母さんに頼まれたの』
「うん」
『でも私、一人で行くのちょっと怖いから……黒原くんも一緒に来てくれない……?』
「おー、まあいいよ」
『いいの⁉︎断られちゃうかなって思った……ほんとにありがとう』
「そんな、お見舞い行くだけなんだし全然いいよ。それで、掛崎は大丈夫なの」
『うん、なんか、練習試合で足痛めて、骨折したかもしれないって」
「骨折──足を?」
『うん私もお母さんから聞いた時、ショックで……』
「ああ、とりあえず行ってみよう。どこ集合にする?」
『じゃあ耳山駅で。今から一時間後ぐらい』
「了解」
自分でも顔の筋肉が強張るのがわかった。
掛崎ともう一度会ってどう話せばいいのか、そして足を骨折した掛崎は正気でいられてるのか。
掛崎梗太郎。二年生にして、誠真学園バスケ部のエース。県選抜にも抜擢されてる。
そして。
俺のもう一人の幼馴染。
もう一年以上、口をきいていない。
ああそうか、去年の今頃だった──
※
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