第三話 恋人
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「私の苗字の『もと』はね、本って字を書くの。本好きの私にぴったりだと思わない?いやもしかしたら、苗字がそうだったから、私が本を好きになったのかもしれないんだけど。でも、読み方は『もと』なの。なにかこの、ニアミス感もたまらなくいいんだ」
「先輩……暇なんですか」
「失礼ね、こう見えても高校三年生、れっきとした受験生なんだぞ」
「説得力がない、なさすぎる」
俺が部室に来て小一時間。先輩はバッグから筆箱すら出していないのだから。
昼休みに入部した文芸部。早速、初日から部室にお邪魔してみた。
静かに本を読んだり、斜め前で先輩が受験勉強しているのをみながら自分も定期テストの勉強をするっていう光景を想像していたんだけど、見当違いだった。
まず部室に入ると、「自販機に行こう」と本仮屋先輩は言った。それでカフェオレを奢ってもらった。先輩は、いちごオレを買っていた。
それぞれの飲み物を手に持って部室に戻り、さあ何をするのかと思えば、おしゃべりが止まらないのだ。
「ていうか黒原くん、名前がものすごくめずらしいね。てっせん、だっけ。よく間違えられるんじゃない」
「そうですね、せいぜい、「てつのやま」とか。今まで一番迫ったのは「てっさん」ですね」
「これからの黒原くんの人生で、一発で読む人は現れるのかな」
「死ぬまでの時間を使って検証していきます。でもそれを言うなら、先輩の苗字もかなり珍しいですよね」
「まあそうかも。私の地元では、結構多いみたいなんだけどね」
「地元……って、先輩は出身、別の県なんですか」
「うん。高校二年生になるタイミングで、こっちに引っ越してきたんだ」
「あ、そうだったんですね。どうですか我らが誠真学園は」
「我らが誠真学園は、とってもいい学校だと思うよ」
「僕もそう思います」
「二月のマラソン大会で山走らされるのだけは、嫌すぎたけど」
「かーわかりますそれ。あれ普通に十二キロぐらいあるらしいですよ全部で」
大きなグラウンドがあるっていうのに、どうして山を走らせるのか。
「あ、やっぱ長いんだ。テニス部とかバドミントン部の人、めっちゃ早いよね」
「そうですね、監督がノルマ設定してるらしくて。達成できなかったら、もう一回マラソンさせられるらしいです」
「だから血眼になって走ってるのか」
「はは、確かにそんな感じですね。まあでも、その甲斐あってかテニス部とかは全国大会常連ですからね」
「あー確かに、表彰されてるね。トロフィーとかもらっちゃってさ。私何回も応募した作品受賞してるのにトロフィーなんてもらったことない。せいぜい、使うことのない記念品のボールペンが増えていくだけだよ」
言い終えた後にいちごミルクを一気飲みしたところをみると、相当気にしているようだ。……ストローの一気飲みだったので、二十秒ほど待ったけど。
「いや、先輩はほんとにすごいです。だって、ああいう人権作文とか俳句の応募数って、千とか万とかいくじゃないですか。そこから生き残って表彰されるっていうのは、ほんとに文才があるとしか思えません」
「そんなそんな、持ち上げすぎだよ。応募作品数も多いかもしれないけど、私の応募回数もかなり多いからね。数打ちゃあたるってやつ」
「行動力がすごいですね……僕も見習いたいです」
「黒原くんは普段何してるの?読書以外に」
「今ちょうど読書って言おうとしたのに。そうですね……動画見たりゲームしたりしてますね」
「男子って感じだなぁ」
「先輩は作文書く以外に、何してるんですか普段」
「私?私は……まあ色々かな」
「ちょなんで濁すんですか」
「女子の生活を聞くなんて、ちょっと野暮だよ」
「男子に聞くのはいいんですね」
そんな小気味よい会話がずっと続いた。
ひとしきり話し終え、やっと先輩が勉強道具を取り出したから、俺も定期テストの勉強をしようと思ったんだけど、急激に睡魔が襲ってきた。
忘れていたけど、昨日の夜俺は徹夜したのだ。
先輩のシャーペンのカリカリという音を聞いているうちに、俺の意識はいつの間にか落ちていた……
「ねえねえ、黒原くん、起きて起きて」
「……んは。は、はい、はいはいどうしましたか」
本仮屋先輩の声で目が覚めた。
え、今何時だ。
時計を見た。
十八時。一時間ぐらい寝てた。
先輩はスクールバッグを肩から下げている。
どうしたのだろう、もう帰るのだろうか。
最終下校時刻までまだ一時間ほどあるというのに。
「よく寝てたねー。いびきもかいてたし。じゃあ私、帰るから」
「い、いびきかいてたんですか僕⁉︎」
「うん。じっくり聞かせてもらったよ」
「うわー恥ずかしすぎる」
「ま、暇だったら明日もおいで、またらいせ」
「また……らいせ……?」
「うん」
鍵だけ返しておいてね。
そう言い残して、先輩は出て行った。
まじないのような別れの挨拶について、質問するのもままならなかった。
結局俺は、最終下校のチャイムがなるまで、もう一度惰眠を貪った。
そして帰ると、今度は目がガン開く。昼夜逆転が始まった瞬間だ。
わざと長風呂をしても、まったく眠くならなかったので、逆に眠くなるまで起きていることにした。逆転の発想。俺、天才。
十時近くになっても全く眠くならないので、暇つぶしも兼ねて、昨日と同じくコンビニに出かけた。今日はなんだろう、ポテチでも食おうかな。
そういえば小学生の頃は、ポテチなんか好きじゃなくて、グミとかゼリーとかばっか食ってたけど、味覚って変わるもんなんだな。そうめんの薬味も、ねぎじゃなくてみょうがをチョイスするようになったし。
「あれ、楠本じゃん」
瑣末なことを考えていると、コンビニ前でまた楠本に会った。今日はランニングらしい。長い髪をポニーテールにしている。服装はジャージ。
「黒原くん、昨日ぶりだね」
「そうだな。楠本、こんな遅い時間に走ってるのかよ」
「まあ、こうでもしないと強豪校には勝てないから」
「すごいなぁ。楠本って昔からほんとストイックだよな。尊敬するよ」
「ありがとう。黒原くんにそう言ってもらえると頑張れる」
「おう。俺なんて、ずっとだらだらしてるだけ」
「でも、黒原くんは本、読んでるじゃん。すごいと思う」
「あんなの、ただの趣味だよ」
「ええ、うらやましいな。私、趣味ないもん」
だとしたら、彼女にとってバドミントンとはなんなのだろうか。生きがい、生活、命。
「バドミントンは趣味じゃないの」
「バドミントンはね——恋人、かな」
「こいびと、か」
恋されたバドミントンも、きっとまんざらではないんだろうな。楠本も時々、おもしろいことを言う。
「やだな私、変なこと言っちゃったかも」
「別に、いいんじゃないか。それぐらい大事ってことじゃん」
「そ、そうだね。ほんとに大事……」
「将来はオリンピックとかに出てたりするかもな」
「ふふ、もうしそうなってたら、応援しにきてね」
「おう、まかせとけ」
想像の中の楠本は、見事なスマッシュでマッチポイントを沈めた。
もちろん俺は、観客席で大声をあげている。そんな未来。来ないこともなさそう。
「まあ、あんま遅くなると昨日みたいにお母さん心配するだろうから、いいあんばいで家に帰りなよ」
「お母さん……う、うん。もう少ししたら、帰る」
「そうか、また明日」
「うん、また明日——」
楠本はタッタッと走っていく。あのペースで走ったら、俺は早々にバテるかもしれない。最近、チャリ通以外の運動なんて全くしてないし。
コンソメではなく、なんとなくのりしおを買って、俺はアニメ鑑賞の夜を過ごした。
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