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プラトニック  作者: 島 尚夏
第二部 黒原鉄山 編
25/25

とある小説のエピローグ

最後まで読んでいただけると嬉しいです!

 食卓で宿題をしていると、いつのまにか二十一時を回っていた。集中していると早く時間が経つ。

 俺の高校は、少々過保護かもしれなかった。入学したての高校一年生に勉強する習慣を身につけてもらうためとは言っても、毎日のように宿題を出すのはなんかやりすぎな気もする。こちとら部活やらなんやら色々あるってのに。

 カレンダーは五月のページをめくっていた。五月病という言葉など嘘のように、という言い回しはいささか使われすぎているかもしれないけど、俺は五月をポジティブに捉えている。四月から始まる新しい環境に慣れ始め、ふっと一息つける時間だからだ。GWもあるし。それに気候も穏やかで過ごしやすい。

 これを友達の井口に言うと、「確かにGWがあるのは最高だけど、そのあと月が変わるまで祝日が一日もないのは話が違う。そういうことじゃないんだわ」と漏らしていた。そんなに休んで何をする気なんだと思ったけど、彼は漫画家を目指しているのできっと漫画を描くのだろう。

 向かいの席では、妹の紫苑がアイスを食べながらスマホを見ていた。なんかの男性アイドルグループのライブ映像を見てるっぽい。勉強もせずに何してんだか、と言いたいところだけど、二年前の俺と比べて紫苑の成績は圧倒的に良いのでぐうの音も出ない。いつ勉強してるんだろう。少なくとも、テスト期間以外で勉強している姿を見たことはない。不思議だ。

 台所で食器を片付けてくれているママも、紫苑に何も言わない。その代わりに宿題をやっている俺に「頑張ってて偉いね」と言ってくれるから好きだ。

 いやあの、ママって呼ぶの少数派なのかな。俺の友達結構いるんだけど。あと、いつお母さん呼びにシフトすればいいかわからない。もう死ぬまでママのことはママと呼んでいる気がする。

 ママは不動産屋の土地周りの仕事をしている。詳しいことはよく知らないけど、なかなかしごデキらしい。よくパパが言っている。

 パパは──

「ただいま〜」

 噂をすれば。

 パパが帰ってきた。どてどてと台所に入ってきたパパからは、ほんのりお酒の匂いがする。

「またカケさんとお酒飲んできたの?」

 紫苑が聞く。

「そうそう〜今同じ部署にいてなぁ。帰りにどうしても話したくなっちゃうんだよ」

 カケさんとは、パパとママの古くからの友人だ。幼馴染だって言ってたかな。昔は県選抜に選ばれるほどのバスケの実力者だったらしい。途中で足を怪我してしまって、今はサラリーマンをやっているとのこと。

 パパの口から何回もカケさんの話を聞くから、もうあらかたの情報は覚えてしまった。昔からの友達と今でも仲が良いのは羨ましい。俺も井口とずっと友達でいたい。大学生になっても社会人になってもおっさんになっても。

「でもあれだよ、飲みにいくこととかはちゃんとママにラインしてるからね、無断で行ったりしてないからね」

「無断じゃないからって、毎日のように行かないでくれると嬉しいな」

「うー、ごめんなさい」

 小言を言うママに、パパはぱちっと両手を合わせてごめんねポーズをした。

 ちょっと酔ってるから言動が絶妙にキモい。

 それを見て、ママは「いいよー」と失笑してる。

 両親は仲が良い。

 中学の最初の方だったかな。人生における恋バナ全盛期みたいな時期が俺にもあった。そのはずみで、パパとママの馴れ初めというか付き合ってから結婚するまでの話を聞いたことがあるんだけど、聞いてるこっちが恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまうようなラブソロマンスを繰り広げていた。そんな性格じゃなさそうなママが、結構積極的にアタックしてるのが印象的だった。

 そういえばこの前、不思議なことがあった。俺にはピアノが上手な彼女がいるんだけど、その話をしたら、パパとママが笑い出した。パパは苦笑い。ママはなんだろう、珍しく不機嫌な感じの笑い方だった。その後むすっとしてたし。次の日の夜、パパがママを高級フレンチに連れ出して行ったのを覚えてる。あれはなんだったんだろう。

 パパは、IT会社の部長をやっている。でもそれが信じられないぐらい、家ではずっと小説を読んでる。活字を目に入れようとしてるのかと思うぐらい、真剣な表情で読んでいる。パパが真剣な表情をするのは、俺か紫苑が悪いことをして叱る時か、小説を読んでる時かだ。

 パパの趣味が読書だとするなら、ママの趣味はバドミントンだ。俺がバドミントン部なのもママの影響。たまに一緒にやるんだけど、なかなかに上手い。昔全国に行ったことがあるというのは、嘘じゃないっぽい。

 妹は帰宅部だ。自由奔放、でも優秀。サバサバしてるけど、しっかり者。たまに一緒に映画を観ようと誘ってくれるのが、唯一妹らしいところかな。

 俺の家族はこんな感じ。

 「四人家族 テンプレ」で検索したら、もしかしたらヒットしちゃうんじゃないかってぐらい、平均的で平凡的で普通で──

 そして、幸せな家族。


 いつ誰がつけたのかわからないけど、テレビではとあるピアニストの特集をやっていた。彼女の口から聞いたことのある、超有名なピアニストだ。パパが珍しく、小説ではなくテレビを見ている。

 ピアニストは、好きな飲み物やピアノとの出会い、忘れられない曲など多岐にわたる質問を受けていた。一度見ると足が止まってしまうテレビの魔法は、みんなが経験したことがあるだろう。しばらく見入ってしまった。

 ピアニストが好きだと言っていた「愛の夢」は、この前彼女が音楽室で聞かせてくれた曲だった。彼女がピアノを弾いてるのを聞くってのは周りからしたら惚気の極みみたいなもんだろうけど、「聞いててよ」って頼まれたら断れない。それにピアノ弾いてる時の彼女はとても魅力的だし普通に誇らしい。

 そんなことはさておき。

 番組も佳境に入ったようだ。

「あと聞きたいこと……さっき「愛の夢」が好きだとおっしゃったので、夢についてお伺いします。うーん、でも夢というと、若者が追いかけるイメージが強いですよね……そうだ、私今年で──三十七歳になるんですけど、私みたいな年齢でも夢を追いかけられるものなんでしょうか」

「もちろんです。何かを始めるのに遅いなんてことはありません。今が一番若いんですから」

「まぁ……素敵な回答ありがとうございます。確かに今が一番若いですね、逆に言えば、一秒ずつ老けていくってことですよね、嫌になります……」

「そんな気に病むことでもありませんよ、すごく乱暴な言い方をすると、人間どうせ死ぬんです。どうせ死ぬとわかっているのに、生きてるうちから本心に反したことをするのは勿体無いと思います。だったら、一秒でも長く、後悔が残らない生き方をするべきだと私は思います。もちろん世の中には、言われるまでもなく、夢を叶えて同時に責任も果たしながら生きている人もいると思います。私は素直に尊敬したい。本当の成功者とは、おそらくそういう人のことを指すのだろうと思います。好きなことを好きなだけできる人。それをするだけの能力と志と想いがある人。あ、でも自分のことだけ考えて他の人に迷惑をかけるのはだめですよ」

「うん確かに、迷惑をかけるのはだめですね。でも好きなことをして生きるか……なんか考えさせられますね。うーん……でも、そういう志とか夢って、いつのまにか忘れちゃうと思うんです。毎日生きるのに必死で……今日の仕事が終わったらまた明日から新しい仕事が始まるとか、お金がないとか、時間がないとかいろんな理由で」

「ええ。そうだと思います。みんな、忘れちゃったり忘れたふりをしてると思います。そうしないとやっていけない環境に置かれている人もいるでしょう。それでもいいんです。本当に忘れてしまってもいい。本当に忘れてしまったら、それは夢じゃなかっただけ。夢がないから不幸せということでもありません。毎日が楽しくて、大切な人のそばで暮らしていけるなら、それも一つの幸せです。でももし、昔見ていたあの夢が忘れられないのなら、死ぬまでにゆっくり叶えればいいと思うんです。後悔が残らないように」

「世界一のピアニストがそうおっしゃると、何よりも説得力がありますね……でもどうしたらいいんですか、どうしたら忘れた夢、忘れそうな夢と向き合えるんですか」

「簡単ですよ、ちょっとした時間と……何て言うんでしょう、夢に対する──プラトニックな想い、でしょうか。プラトニックってよく、恋愛と結び付けられて使われる言葉なんですけど、それは他のことにも置き替えられると思うんです。純粋で精神的でまっすぐな想い。それさえあれば、心の奥底から、ふつふつと力が湧いてくると思います。あとは、お子さんがいらっしゃる方は、お子さんをよく観察してみるといいかもしれませんね」

「あ!私も子供二人いるんです!確かに子供って好奇心が──」

 パパが立ち上がった。

 ただならぬ気配を感じた。小説を読んでる時とはまた違う、もっと積極的な何か。

 パパは家の押し入れに向かった。俺は追いかけた。数分後、ふんだんに押し入れを漁り散らかしていたパパが引っ張り出したのは、化石レベルに型落ちしたパソコンだった。聞くと、じいちゃんの私物だったパソコンらしい。男子はこういうガジェットに弱い。流石に興味が湧いてきて、何をするのかと聞くと「昔の自分に会う」と曖昧な返事が返ってきた。

 コンセントに繋いでしばらく待っていると、パソコンの画面が明るくなった。

「パパさ、ちょっと昔に小説家を目指してたことがあったんだ」

「そっか、なんとなくそんな気がしてた」

「バレてたか」

「あれだけ本読んでるんだもん」

「そっか、作叶(さくと)、本を読むのは好きか?」

「まあ……好きでもないし嫌いでもない」

「嫌いじゃないなら十分。これを読んで、感想を教えてくれよ。何日かかってもいいから」

 そういってパパが指さしたのは、デスクトップ画面の左上にポツンと配置されたテキストファイル。

 『プラトニック』と名付けられたそのファイルを開くと、十万字以上に及ぶ夢と恋の物語が大きく伸びをした。

これにて『プラトニック』は完結します。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!

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