第十三話 もう一度ふり向いて
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早起きは三文の得ということわざがある。語源までは詳しく知らないが、早起きをすればいいことがある、という意味の言葉だ。
六時の目覚ましで起きた俺は、一階から物音がすることに気づいた。降りてみると、母さんがおせちの下準備をしていた。
今日は大晦日だ。
「おはよう、はやいわね」
「んーおはよぅ。そうは言うけど、最近はずっとこの時間に起きてるじゃん」
「そうね。でも今日ぐらい、もう少し寝てたら?」
「いいよ。もうめーさめた」
俺はポットのスイッチを押した。ブラックコーヒーを淹れるためだ。
「あ、そうだ。味見してよ」
「御意」
母さんはスモークサーモン、黒豆、かずのこ、かまぼこ、栗きんとんなどの我が家のおせちのスタメンたちを少しずつお皿に持ってくれた。
いつも通り食パンにマーガリンを塗りたくって食べようと思っていたけど、こんな豪華な朝ごはんにありつけるとは。嬉しい。
三文ぐらいの得はしたかもしれない。
中学の後半あたりから、母さんに対してさすがとかすごいと思うことはだんだん少なくなってきたけど、こうして朝からおせちの下準備をしているところはとてもかっこいい。大袈裟かもしれないけど、おせち料理という伝統文化を受け継いでいる感じがして、大物に見える。
昔は、大晦日はおじいちゃんの家に泊まりに行っていた。そこでたくさんおやつをもらってゲームをしてテレビを見てご馳走を食べて寝ていた。今考えると、小学生ぐらいのあの時は本当に何も考えずに過ごしていたなぁと思う。戻りたいとまでは思わないけど、素直に羨ましい。他の親戚も集まっていて、とても賑やかだった。
でもここ数年は、何を契機にかはわからないけど、家族三人、自宅で過ごしている。それはそれで、しっぽりしていて良い。俺は大抵、自室でYouTubeの配信を観たり懲りずにゲームしたりしている。
ただ、今年は違う。俺は大晦日の今日も、冬休みの宿題に取り組み、そして小説を書く。昼頃まで爆睡していた去年までの俺からすれば、考えられないような過ごし方だ。時間を大切にしないといけない。
勉強と小説の執筆を両立しなければならないから。両立すると決めたから。
楠本、掛崎とのご飯会を経て自分の夢から逃げていたことを自覚した俺は、今一度自分の生活態度を見直し改めることにした。その中の一つが早起きだ。まあ正確にいうと早寝早起きだ。夜の十一時半にはベッドに着くようにしてる。そして六時に起きる。睡眠時間もちゃんと取りつつ、早起きして、コーヒーを飲みながら小説を読む。頭をシャキッとさせてから登校するようにしてる。それで一日の集中力とか眠気とか色々変わってくる。
その甲斐あってか、勉強も何とかなり、期末テストでは赤点を取らずにすんだ。なんなら中間テストでとった赤点を巻き返すぐらいの点数は取れた。なんか、人間、本当の危機に瀕した時は、案外やれるもんだなと思った。
もちろん俺が今いる地点は、他の皆がもうずっと前に通ったところだから、満足してはいけないけど。
勉強の軌道修正のめどが立ち始めても、それを両立とは言わない。小説についても、前進していないといけないから。小説の話をすると、一月末締め切りの大賞に応募することにしていた。前と同じ三万文字以内の短編の賞で、進捗としては一万文字ほどまで進んでいる。年が明けてからさらにスピードアップさせないと間に合わないけど、今ならやれる気がする。期末テストの成績が幾分か良かったから、没収されていたパソコンも返してもらえた。考えては書き、消し、また書くの繰り返し。牛歩のごとく、少しずつ着実に形になっていると思う。
忙しいっていう言葉をただの高校生である俺が言うと、膨大なタスクと無理のある期限を前に戦っている父さんはじめ世の中の社会人たちに白い目で見られそうだけど、俺はこの十二月、やることが絶えない毎日を過ごしていた。だから、時間が経つのは一瞬だった。年を取るにつれ、刺激がなくなっていくことが原因で、時の経過を早く感じるようになると聞いたことがある。刺激づくめの毎日だったはずなのに、一瞬で大晦日が来た。果たして時間感覚に刺激は関係あるのだろうか。
思えば十月、中間テストでいくつも赤点を取った後、しばらくは父さんも母さんもご機嫌斜めだった。俺は真剣に疑問だった。成績は俺の一部でしかないはずなのに、どうしてそれがあたかも俺の価値のような扱いをされるのだろうと。でも視点を変えてみれば、父さんたちの気持ちがわからなくもなかった。手塩にかけて育てた我が子が仮にも進学校と呼ばれる学校に入り、そして赤点ばかり取っていて入れる大学があるかわからないような状況になったら、誰でも不機嫌になる。不機嫌というか不安になる。心配になる。お金もかかっていることだし。
でも、かなりマシな成績を期末テストで取り、三者面談で谷松先生から「ひとまず安心しました」というお言葉をもらってからは、その場に居合わせた母さんもそれを聞いた父さんも笑うことが多くなった気がする。それをみて俺の笑顔も増えたかもしれない。
学歴社会の日本において、成績は単なる数字ではなくもはや幸せ指数と呼べるのではないか。
そんなこと考えながら、朝食を済ませた俺は自室に戻った。カーテンを開ける。
不思議だ。
ちょっと遠くに見える山や木、そこらの建物やその上を覆う空も、年を越す準備をしているように見える。
一年。この一年、色んなことがあった。一つ一つ振り返ることはしないけど、出会い、確執、努力、挫折、怠惰、恋、友情、勢揃いの一年だった。きっと俺以外の人たちもそうだ。
それを清算し、整理し、引き継ぐ。その準備を、窓から見える景色にあるもの全てがしているように感じた。
空は、形容するなら年の瀬色をしていた。
こんないつもと違う雰囲気の中、小説の世界に入り込んでしまいたいけど、自分で決めた順番を守らなきゃ。宿題から先にやる。
さ、数学の冊子から始めるか。
夜になった。正確には、十二時ちょい前。
俺は自室でスマホを持ち、悶々としていた。
冬休みの宿題をし、小説のプロットを考えていたら夕方になり、風呂を出て歌番組を見ている間にみるみる時間は過ぎていった。
そして、ふと思い出したのだ。現代には、あけおめラインという文化があることを。
今時の高校生、ほとんどは年賀状ではなく、ラインであけましておめでとうを言う。「あけおめ」とか「あけおめのことよろ」とか、文面は何でも良い。文明の力を存分に活かし、年が変わった瞬間リアルタイムで挨拶するのだ。
そのどさくさに紛れて、本仮屋先輩にもあけおめラインをするのはどうだろうか?
こんな誘惑的な疑問が、先ほどから頭にこびりついて離れない。
だって、何の迷惑にもならない。先輩もちょっと返事するだけだ。何か言いたいことがあったら合わせて言ってくれるだろうし、なければ「あけましておめでとう〜」ぐらいだろう。
ただ、なんだよ今更って思われるというリスクもある。もう二ヶ月弱コンタクトをとってない。数回、職員室に行って、文芸部室の鍵が借りられているか確認したことがある。鍵は、ずっと職員室にあった。つまり、先輩はいつからか、もう部室には行ってない。俺の知らないどこかで、本を読んでいるか勉強をしている。
職員室にかかっている部室の鍵を見るたび、少し寂しい気持ちになった。もしかしたら、部室で待ってくれているかもしれないと思っていたからだ。都合がいいことだっていうのはわかっているけど、俺は時々そういう身勝手な夢を見てしまうのだ。
でも先輩は、俺を待ってはいなかった。
それで先輩の気持ちもわかった気がした。もう、俺は必要とされていない。先輩からラインが来たこともないから、俺のことなんて本当に気にかけていない。
こういう状況のせいで、あけおめラインの送信に二の足を踏んでいた。
でも、結局、送らなければ後悔すると思う。
しない後悔よりする後悔。それはする後悔を味わったことのない無責任な発言だと、好きなアニメの登場人物が言っていた。
でもやっぱり、しない後悔は何も残らない。する後悔は、経験が残る。そういう意味で、する後悔の方が優位だと思う。傷も一緒に残るけど。
意味のあるなしは置いといて、先輩だけじゃなく知り合いみんなに送ってましたという証拠を残すため、掛崎と楠本にも送ることにした。
送る時間は、十二時十分ぐらいにしよう。ちょっきりだと、待ち構えてた感が出てキモさが滲んでしまう。
あれ、でも十二時十分ぐらいに送ったら、それはそれで待ち構えてた感を出さないように配慮したというキモさが出てしまうな。
よし。考えるのはやめよう!
だが文面も悩ましい。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」これが一番よく見る決まり文句だけど、今年もよろしく以下が引っかかる。「今年も話したり一緒にどっか行ったりしてね!」という意味になりかねない。というかなる。
そうなった場合、今の俺と先輩の関係性を鑑みると不適切な表現なのではないか。でもそれを抜くと文量が寂しい。
受験頑張ってください的なことを送ろうとも思ったけど、そんなの余計なお世話で俺が言うまでもない。
そんなこんなで悶々してたけど。
気づいたら十二時超えてたぐらいには悶々してたけど。
もう考えてもしゃーない。
一番よく見る決まり文句を脳死で送ることにした。
先輩、楠本、掛崎の順番であけおめラインを投下。
予想外だったのは、掛崎から一番早く返信が来たことだ。なんなら次の日の午後までこないかなぐらいに思っていたのにあっさりと「あけおめ。ことよろ。お互い頑張ろ」という彼にしては温かい返事が返ってきた。「おうよ」という文面の後にスタンプを送って会話を終わらせる。
楠本からも五分後ぐらいに返事が来た。「あけましておめでとう。今年もよろしくね。なんか最近、黒原くん頑張ってるよね。私も負けないように頑張ります。今年の引退試合、見に来てくれると嬉しいです」。いかにも楠本らしい。引退試合という言葉を見て、ああ今年高三になるんだと改めて実感する。「おう、絶対見に行く!今年もよろしく!」と送って既読がついてスタンプが返ってきた。それにリアクションをして会話は終わった。
先輩からは、しばらく待っても返ってこなかった。だから俺は、先にもう一つの野暮用を済ませることにした。
一階に降り、外履を履く。両親にはどこに行くか伝えてあるから、「行ってきます」とだけ言って外に出た。
家から徒歩五分とかからない場所に、地元の人しか知らないような小さな神社がある。
そこに初詣に行くのだ。何となく決めていた。
俺はどの宗教集団にも属していないし、どの神様も信じていない。でもその小さな神社が好きだ。子供の頃、よくそこで遊んだ。神社は遊ぶところではないのだけど、近くに大きな公園がなかったものだから、そして謎にその神社が広かったものだから、父さんとキャッチボールをしたり追いかけっこをしたりしてた。
俺にとって神社は思い出の場所なのだ。
神社の砂利を踏むと、小学校時代の感覚が蘇ってきた。見るものもやることも、それら全てが新鮮だったあの頃。慣れやぐだりを知らない、最強の好奇心。それをもう一度、取り戻しにきた。小説に必要なのは、経験と好奇心だと思うのだ。
お賽銭箱の前には、先客がいた。近くに住む夫婦だろうか。彼らが諸々を終わらせるまで、ご神木を眺めて時間を潰した。大きすぎる。薪を背負いながら読書をする像で有名な偉人がそう願ったように、もし生まれ変わったら木になりたい。
お参りを済ませた夫婦とすれ違いざまに会釈をして、お賽銭箱の前に立った。なんか先にお辞儀をするとか拍手をするとか細かい決まりがあるらしいけど、俺は正確な儀式を知らなかった。だから一回お辞儀をしてから鐘を鳴らし、お賽銭箱に四十五円を入れた。五円でもよかったんだけど、「始終ご縁がありますように」とかっこつけてみた。
合掌する。
進級できますように。小説が上手くなりますように。なんなら今年デビューしちゃってもいいです。それから──先輩が大学受験で合格しますように。先輩ともう一度対面で話せますように。先輩とこれから先も定期的に会えますように。夢が叶いますように、いや叶えます。
家に帰ると、先輩から返信が届いていた。「あけましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。それにしても久しぶりだね。私のこと忘れたと思ってたよ」
びっくりマークも絵文字もないその文面からは、解釈によっては怒りの感情さえ読み取れたけど、しばらく考えてそんなことはないという結論が出た。おそらく、先輩がそういう強烈な感情を向けるのは、本当に大事な人に対してだけだ。とすると、この文面の固さは俺への無関心からくるものなのだろうか。ううんううん。
ただ、常套句じゃなくて、少しでも先輩の言葉が添えられていたのはとても嬉しかった。寝る前にぐちゃぐちゃな心になった。
次、どう返信するか、本気を出せば軽く徹夜するぐらいには悩めただろうけど、先輩の勉強の邪魔をしてはいけないという金科玉条を思い出し、「そんなわけないです!受験応援してます!おやすみなさい!」と送って無理やりベッドに潜った。
非通知モードにし、YouTubeで好きなゲーム実況者の年越し配信をぼんやりと見ていると、いつの間にか寝ていた。
一月も二月も、師走顔負けの速さで過ぎていった。
どれだけ毎日を大切に過ごしていても、気がつけば一週間経っている。共通テストの模試を受ける回数も増えてきた。結果は散々だ。出題範囲が絞られている定期テストに比べて、模試は全範囲を網羅的に理解していないと高得点が見込めない。定期テストで精一杯の俺にとって、模試は試験時間中眠くなるぐらいにはわからなかった。
一月末の大賞に小説を応募した。二月末に結果発表だったけど、落ちていた。
もちろんショックを受けたけど、今回は前に進むための経験として捉えられた。一回や二回、十回や百回のミスでへこたれているようでは、勝負できない。
傷つく覚悟があるから、夢を見ているのだ。
プロットをノートで練っている最中、無意識に「本仮屋茉莉」という名前を書いてしまったときは、本当に笑えたけど。
そんなこんなで、結局本仮屋先輩と一言も交わすことなく、暦上の春を迎えることになった。ラインでのやりとりも、本仮屋先輩からの大学合格報告に対して「おめでとうございます!」と返した一回こっきりだった。
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