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プラトニック  作者: 島 尚夏
第一部 本仮屋茉莉 編
2/25

第一話 本と天使と学生証

最後まで読んでいただけると嬉しいです!

 みんながそわそわしていることは、教室の前の方に座っている俺にさえ伝わってきた。床を擦る上履きの音、止むことのない話し声。

 それも無理はない。

 明日から、ゴールデンウィークが始まるのだから。

 担任の谷松先生もそれを知ってか知らずか、なにやら苦笑していた。

「うーんとまあ、明日からゴールデンウィークが始まるが、羽目を外しすぎないようにな。遊ぶなとは言わんが、もう君たちも高二だ。大学受験をすると決めた人は勉強をする、部活がある人は部活を頑張る。それぞれこの四日間を有意義に使うように」

 それでもサッカー部の連中が私語をやめなかったから、先生は注意する。

「ほれ坂本、俺今なんて言ったんだ」

「す、すみません!」

 やべっ、という顔をしながら、答えにならぬ答えを彼は返した。

「……ったく。そんな調子だと、彼女できないぞ〜」

「先生、オレ彼女できました!」

「えぇえええええ!」

 クラスメイトの半分くらいが大声を上げたので、教室が揺れた。サッカー部の女子マネが一人、耳を真っ赤にしている。

「っかぁー。そういうところだけは、ちゃんとしてるんだからなぁ。まあ連休明け、みんながまた元気な顔を見せてくれたら先生はそれでいい。じゃ、号令」

「起立!」

 委員長が、凛然とした声で号令をかける。

 終礼が終わった後も、連休前の気持ちのはやりと、クラスメイトのゴシップで、教室は異様にざわついていた。


 特段はぶりにされているわけでも、いじめられているわけでもない。部活動をしていなくて、どちらかというと一人が好きだというそれだけの理由で、俺は放課後を一人で過ごしている。

 早々と帰宅しなければならない理由もないので、図書室に向かう。図書室はいい。外界と隔離されていて、時間を忘れさせてくれる。

 俺は推理小説のコーナーに向かった。十九世紀末、産業革命ど真ん中のイギリスを舞台にした推理小説を読んでいる。その小説を愛読する人はシャーロキアンと呼ばれるらしい。

 ゴールデンウィークにシリーズを読み進められるのがとても楽しみだ。

 四冊ほどを本棚から引き抜き、カウンターへ向かう。

 カウンターには、一人の図書委員が座っている。

 俺はその女子の顔をどこかでみたことあるなーと思いながら、返却する本と借りる本をカウンターに置いた。最後に『黒原鉄山(くろばらてっせん)』と書かれた学生証を渡す。

 うちの学校では、学生証を使って本を借りるシステムが導入されている。

「お願いします」

「はーい」

 ピッピッというバーコードリーダーの音が順調に四回鳴った。

 そしてその後すぐ、ビロリンというどう考えてもエラーを知らせる音が一回強く鳴った。

「あれ……あ」

「あーそうですね、この本の返却期限が一日過ぎてます」

「わーなるほど」

 やらかした!返すのがめんどくさくて後回しにしてたら、最悪の結果になった。

 ゴールデンウィークでばりばり読書しようと思ってたのに。

 なんたる不覚。結構萎える。

「おーっけです。じゃあ、これ本棚に返しときます……」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」

 図書委員さんは、天使のような笑顔を浮かべている。

「おまけ、しましょうか?」

「おまけ……ですか」

「はい」

 図書委員さんは、ごそごそと何かを探し出した。

 俺はその様子を見ていることしかできない。

「あ……あったあった。私の学生証で貸し出します」

「え!いいんですか⁉︎」

 静かにする、という図書室の金科(きんか)玉条(ぎょくじょう)を一瞬忘れてしまった。

「しー静かに。他の人にばれちゃいますよ」

「あ、すみません……でもほんとにいいんですか?」

「いいですよ。君がたくさん本読んでるの知ってるから」

「え」

「だって、ほら、履歴がすごいんだもん」

 図書委員さんは世界遺産を見るような面持ちで、パソコンの画面を見ている。

「君……もう百冊以上は読んでるね」

「そう……なんですか、自分でもそんなにいってるとは思ってませんでした」

 これは嘘である。

 正の字を書いていくように一冊ずつ数えていたわけではないけど、自分が読んできた冊数が百を優に超えていることは把握している。なんなら、密かに誇りに思っている。

 でもそれをおおっぴらにしてしまうと途端に軽い存在になる気がしているから、演技をした。

 演技をしている時点で、軽い存在なのかもしれないけど。

「黒原くんっていうんだね。黒原くん、ラッキーだよ」

「ラッキーですか」

「うん、だって今日、たまたま私がここに座ってるだけなんだもん」

 図書委員さんは、またバーコードをピッピし始めた。

「というと」

「私、三年生だから。基本こういうのは二年生がやるでしょ」

「たしかに……そうですね」

 我が誠真学園高校の三年生は、委員会などには基本的に入らない。自称進学校ということもあり、受験勉強に専念すべく勉学以外の仕事を持たないようになっている。

「今日はたまたま、二年生の子の都合が合わなかったから、私が代わりにやってるの。去年まで図書委員だったからね」

「そうなんですか……」

 去年から図書室にはかなりの頻度で来ていたけど、この人の顔を覚えていない。それは天文学的な確率でこの人に当たったことがないからか、俺がいつも斜め下を向いているからだろう。

「はい、手続き終わりました。良いゴールデンウィークをお過ごしくださいね」

「ほんとにありがとうございます!」

 すごく得した気分だ。

 こんなに運がいいこと、なかなかない。日頃の行いがすこぶるよいわけではないのだけど、まあ神様にも気まぐれというものはあるだろう。

 それからもしばらく図書室で読書をした。やはり時間を忘れて。

 そしていよいよ帰宅しようとした時、さっきの図書委員さんがいたら会釈をしようと思っていたけどもうすでに帰ったようだった。


 帰宅。

 自室に戻って、また本を開いた。さっき借りた四冊のうち、一冊はもう読み終わってしまったから、二冊目を開く。

 すると、本の間からポトリと何か落ちた。

 拾い上げてみると、『三年A組 本仮屋(もとかりや)茉莉(まり)』と書かれていた。

 おもいっきり学生証だった。

 学生証に映るその人は、やはり天使のような笑顔だった。


 俺は、ゴールデンウィークのほとんどを、目論み通り読書に回した。

 これだけ読書だ本だと言っていたら勘違いされるようだから言っておくけど、全然ゲームもする。YouTubeも見る。人並みに。人並み以上に。

 平年ならば、五日あるはずのゴールデンウィークも、今年は暑さにあてられたのか、たったの四日ぽっちだった。その理不尽に首を傾げながらも、好きなことをやっていた。

 するとほらびっくり。もう最終日になっている。

 楽しい時間が早く過ぎていくというのは、もはや誰も反論することのできない絶対真理なのではないだろうか。

 唯一の問題は、ゴールデンウィークの宿題にまだ一つも手をつけていないということだった。後でいい後回しにしよう、とあぐらをかいていた昨日までの自分が憎くて仕方がない。誰だよ。「あしたがあるあしたがある」なんて良い歌を作ったのは。鵜呑みにしちゃったじゃん。

 夜の七時。俺は歩いている。これから宵越しで行われる宿題写経大会のお供に、エナドリを仕入れるためだ。

 都会とも田舎とも言い難い俺の地元。住宅街の周りに畑やら田んぼやらがある。郊外という表現が一番近いのだろうか。どこからともなく、ちらほらと蛙が鳴いているのが聞こえた。早い早い。その気の早さを少しでも良いから分けてほしかった。

 コンビニで目当ての品を買い、自動ドアを出ようとした時だった。

「あれ、黒原くん」

「ん、おー、楠本」

 近くに住む同級生とばったり出会(でくわ)した。

 楠本(くすもと)結衣(ゆい)。バドミントン部。

 近くに住む同級生、という表現をしたが、いささか説明不足かもしれない。

 楠本は幼馴染だ。物心ついた時には一緒に遊んでいた。小学校の六年間は一緒に登下校をして、中学二年の──途中まで。俺も楠本も部活が忙しくなって、同年代の男女が、互いを意識し合う時期に踏み込んだ。そこから、俺たちは突然かつ自然に距離を置き始めたのだ。

 別に、距離を置いたと言っても、一切話さなくなったとか、絶対に鉢合わせにならないようにしているとかそんなことはない。ただ、一緒に遊ばなくなっただけ。休日に予定を合わせてゲームセンターに行かなくなったり、ファミレスで勉強会をしなくなっただけだ。

「黒原くん、寒くないの?」

 楠本は俺が半ズボンを履いていることに驚いてるようだ。

「まあ、ちょっと寒いかも。でもいいんだ」

「いいの?」

「うん。寒いぐらいがちょうどいい」

 楠本はくすりと笑った。

「……どうして?」

「だって、今から徹夜で宿題やらなきゃなんだ。あったかくしたら眠くなっちゃうだろ」

「今から宿題やるの……すごいね」

「全然すごくないさ。むしろだめなんだよ、最終日にまとめてやるなんてのは。楠本はいつ終わらせたんだ」

「私は……二日目ぐらいかな」

「はえー。しかもそれで部活もしてるもんな。頭が上がんないよ」

「そんな……普通のことだよ。それより、宿題手伝おうか?」

「いいよいいよ。自分でやる。一応バフアイテムも買ったから」

 ほれ、と袋を広げてみせた。

「あ、健康に悪そうな飲み物だ」

「そんなことないさ。ちょっとカフェインが多めの清涼飲料水だよ」

「清涼飲料水自体、あんまり体によくないんだよ」

「アスリートが言うんだったら、そうなのかもな」

 楠本は、去年、つまり彼女が高校一年生の時に、バドミントンの県大会で三位を取った。期待の新人。我が校のエースだ。

「アスリートなんて……そんなんじゃないよ」

「いやいや、実際もうどの三年生よりも、楠本の方が強いんだろ」

「まあ……勝ったり負けたりかな……」

「十分すげえよ。楠本は何買いにきたの?」

「うんと、私は化粧水を買いに来たの。もうすぐなくなっちゃうから」

「そっか、俺そんなの使ったことないわ」

「今どき、男子も美容に気をつかってる人多いらしいよ」

「美容とか言い出す男子ってあれだろ、量産型黒髪マッシュとかだろ大体」

「ふふ、なにそれ初めて聞いたよ、でも黒原くんも、どっちかというとマッシュ寄りじゃない?」

「俺は偽装マッシュだ」

「それ偽装する意味ある?」

「はは……ねえな」

 俺が返事をした時、楠本の携帯から通知音が鳴った。

「あ……お母さんだ」

「そうか、確かにもう遅いし、早く帰っちゃったほうがいいよ」

 送ってこうか、という言葉が喉まできてたけど、それは似合わない気がしてやめた。

 これ以上楠本の足止めをしないように、俺は歩き始める。

「ん、じゃあ俺は帰って、宿題を退治してくるわ」

「あ、黒原くん」

 宿題は敵じゃなくて、味方なんだからね——

 そういう彼女の声。挨拶代わりに手をあげた。

 いつからだろう、お互い、苗字で呼ぶようになったのは。


   ※

ここまで読んでくださってありがとうございます。

次のお話もよろしくお願いします!

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