第九話 低空飛行
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俺は燃え尽き症候群という言葉が嫌いだ。
正確には、自分は燃え尽き症候群だと称する人が嫌いだ。
なぜなら、そういう人たちは大抵の場合、やりきってない人だからだ。
本当に頑張った人、やりきった人というのは、そんな陳腐な言葉を一切吐かない。
だから俺が自分に対して「燃え尽き症候群かもしれないな」と思った時は、嫌になった。やりきれない気持ちになった。
十月。
今月の最終日に、この前出したSF新人大賞の一次選考結果が出る。そのことで頭がいっぱいだった。
朝早く起きることもなくなり、だらだらと登校し、適当に授業を受けて、放課後は先輩のいる部室へ。その毎日を繰り返した。
部室では、本を読んでも長続きせず、勉強をやろうにも二問目で手が止まるという始末。記憶に新しい、先輩とのカラオケなんていうスペシャルイベントが毎日続いたとしたら、俺のこの無気力加減というのも底知れたかもしれないが、そういうわけにもいかない。仮にも先輩は受験生なのだ。邪魔しちゃいけない。
かと言って、勉強している先輩の前でソシャゲをしたりYouTubeを観るのも忍びなかったので、俺は本を読んでいるフリや勉強しているフリをした。
自分でも何をやっているんだろうと思いながら、それでも何をする気も起こらず、惰性のまま時間を浪費した。
心のどこかで、俺には小説がある、この前出した小説が選考委員の目にとまり、高く評価され、そのまま書籍化まで漕ぎつける──なんて夢のようなことを思っているのかもしれない。いや思っている。
そう思えるほど俺はやりきったのだ。夏休み全部と二学期の四分の一を投下して、俺は小説を執筆した。犠牲にしたものもある。
だから、他事はやらなくてもいい。結果を待っているだけでいい。ほら、果報は寝て待てということわざもあるじゃないか。
だから俺は寝て過ごした。物理的にも比喩的にも。
秋の始まりを現実的に定義するとしたら、それは十月の中旬から下旬にかけてのどこかだろう。暑い、と思わない日が何日も続いたら、それは秋の始まりだ。
部室から見える景色。緑が占める面積は随分と少なくなり、代わりに赤黄色に染まった木々が存在感を出し始めた。
日が落ちるのも早くなった。最終下校時刻に学校を出ると、周りは真っ暗で生徒たちの顔の判別がつかない。言うなれば全員がのっぺらぼうだ。だけど彼らが長袖を着るようになったのは見てとることができた。俺は自分がまだ半袖だったことに気づいた。
コンビニのレジ横にはホットドリンクを売るショーケースが並ぶようになり、学校の自販機にも「あたたかい」メニューが追加された。
これじゃまるで、季節にからかわれているみたいだ。何もしない俺に相反して、季節は着々と変化し変容し、進んでいる。その様を見せつけられている。
俺は焦燥感を誤魔化すように、普段は買わないパンをわざと買ってみたり、好きでもない一人カラオケをしてみたり、ゲーセンのUFOキャッチャーで百円玉を消化してみたりした。
選考結果開示までの時間は長かった。俺が待つには長すぎたのだ。
バッドニュースが二つある。
一つ目。
十月中旬にあった中間考査の結果は散々だった。また赤点を取ってしまったのだ。
本仮屋先輩には、「全部ギリギリ赤くなかったっす」と嘘をついた。
補習で部室に行くのが遅くなる日が何日かあったから、先輩も察しているだろうけど。
二つ目。
その中間考査の結果を受けて、両親が動き出した。
「いい加減にしろ。なんのために学校に行かせてると思ってるんだ。母さんに聞いたぞ、最近勉強せずにパソコンばっかりいじってるそうじゃないか。何事にも程度ってものがあるだろ。パソコンは没収する」
俺の小説執筆ツールは、ひとたびノートとペンだけになった。
いよいよ、十月三十一日になった。発表は正午に行われる。それは四限目の途中の時間帯だったから、俺は授業中にスマホで見るか、それとも昼休みまで待つか迷った。だけどたまたまその時間は体育だったから、迷う余地はなかった。
体育から教室に戻ってきて、そそくさと着替えた俺はスマホを握りしめ、トイレの個室に入った。リアクションを誰にも見られたくなかったから。
運動したから体温は上がっているはずなのに、スマホを操作する手は自分で引くほど震えていた。期待と緊張がないまぜになって、思うように呼吸もできない。
パスワードを何度も打ち間違え、普段の数倍ほど時間をかけて、結果の画面まで辿り着いた。そのページは音もなく開いた。
一次選考落選。
うわ、と声が漏れた。やってしまったと思った。何をやってしまったのかはわからない。ただただ自分が失敗したという感情だけで埋め尽くされた。
気づけば、トイレの地面にへたり込んでいた。膝から崩れ落ちたようだ。そして心が折れる音がした。確実に俺の心はへし折られた。
わかってたのに。心のどこかではわかってたのに。
こうなることが、わかってたのに。
無性に湧いてきた承認欲求、ぽっと出の創作衝動。そんなありきたりでひよわな動機で始めた、そして高校生が二ヶ月で作ったものが誰の心も動かすことができないことぐらい、わかってたのに。
現実を受け止められる強さを持っていないから、暇だと言いながら家に帰らず部室に逃げ込んでいるってわかってたのに。
甘えてたことぐらい、わかってたのに。
どうして期待しちゃったんだろう。
どうして次の小説を書き始めなかったんだろう。
どうして中間テストの勉強をしなかったんだろう。成績を上げないと、大学に入れないじゃないか。社会人になれないじゃないか。小説家なんて絵空事だ。なれるわけがない。文字で人の心を動かすなんてできるわけがない。対価をもらえる物語を作れるわけがない。
そんなこと、全部全部夢物語だって、自分が一番わかってたのに。
どんなに気持ちを保とうとしても、午後の授業を受ける気にはなれなかった。早く一人きりになりたかった。
昼休みをそのままトイレでやり過ごし、先生に早退の旨を伝えて、俺は帰った。皮肉にも俺の顔色は本当に悪かっただろうから、仮病だとは気付かれなかった。
チャリを漕ぐ気力はなかったけど、こんな真っ昼間にスクールバスは走っていない。チャリを押して歩き、下り坂だけチャリにまたがった。
真昼間に帰ったら、母親が心配そうに声をかけてきた。先生と同じ要領でやり過ごした。
もうなにをする気も起こらなかったけど、好きなゲームのパッケージがふと目についた。全クリしてるけど、もう一回ムービー見直そうかな。
精神的に辛い時、やったことのあるゲームや観たことのあるアニメにもう一度触れたくなるのは俺だけだろうか。
ノスタルジーに浸るしか、無心になる方法はない。
何もやらなければ、自分の弱さに呑まれてしまう。
俺が生まれたぐらいに発売されたRPG。目の前にあるのはそれのHDリマスター版だ。バトルシステムは完全ターン制で、属性とか特殊スキルとかを考えてパーティを組まないと敵に勝てない。レベルを上げて数値でゴリ押す戦法はダメということだ。
謎解き要素も凝っている。アイテムの説明を細部まで読まないといけなかったり、そんなとこにっていう場所に隠し扉があったりする。謎解きパートで流れるねちねちとしたBGMも難しさに興を添えていた。
肝心のストーリーだけど、そこが一番すごかった。ラスボスを倒すという大義名分を掲げて仲間たちが集まり、道中出くわす様々な敵を倒していくというのは世に憚る他のゲームと大差はない。しかし途中で、この旅の終わりは絶対にバッドエンドだということが判明する。ラスボスを倒した瞬間、あれやこれやの理由で、同時にヒロインも命を落とすことがわかったのだ。主人公以外はみんなその事実を知っていた。つまりヒロインも自分の死を覚悟した状態で旅を続けていたのである。しかし主人公はそんな事情を露ほども知らず、ヒロインに対し「絶対ラスボスやっつけような!」と快活に話していた。そして真実を知って、打ちひしがれるのである。自分はひどいことを言った。なにも知らず素直に、呑気に、そして無責任に──
主人公はヒロインに旅の中断を提案する。最後に誰かがいなくなる旅を続けるより、のどかな街で一緒に暮らそう。仲間も説得できるさ。みんな君のことが大好きだから。ヒロインも一時はその提案に身を任せようとするが、これまで出会った人々、仲間、今は亡き偉大な父、主人公の優しさ、それら背負ってきたものを再確認し、やはり旅を継続する決心をしたのだった。そして最終決戦へ。
みたいな。まあそんな感じだ。
クライマックスシーンのムービーを観終わった。何回観ても心動かされる。
そして気づいた。なぜこのストーリーはこんなにおもしろいのか。
それは落差があるからだ。
幸せな時間、みんなが仲良しな時間、主人公とヒロインが愛し合う時間。ゲームしてるこっちの口角がいやでも上がってしまうような時間がある。一方で、強すぎる敵に絶望する時間、大事な人の死を悼む時間、そして仲間との別れの時間には、コントローラーを強く握りしめ、「スー」と深呼吸をしないと涙を堪えられない。
俺が応募した物語には、落差がなかった。登場人物たちに、挫折や絶望が訪れることはなかった。それだと、読み手の心が締め付けられない。傷まない。クライマックスシーンでどれだけ幸せな展開が待ち受けていても、上がり幅が少ないのだ。
でも俺はこうも思う。全員がずっと幸せな小説もあったっていいじゃないか。悲しむ必要はない。両親を交通事故でなくす必要もないし幼馴染が不治の病にかかる必要もない。
夢破れる必要もない。
みんなが幸せな世界──
あ、そっか。
ストンと腑に落ちた。
そんな世界あるわけないじゃん。みんなが幸せな世界なんてあるわけがない。主人公が勝つなら誰かが負けるのだ。それはライバルでもいいし魔王でもいい。
結局、自然淘汰の世界。実力主義の世界なのだ。
だったら、物語に落差はあって然るべきだ。
あれだけ平坦に見える滑走路にすら、勾配はあるらしい。物語になくてどうする。
俺は浅かった。
そんなことにも気づかないままで応募したのだ。
嫌になってくる。
夕ご飯を食べ、風呂から出ると、先輩からラインが来ていた。
「私は早く黒原くんの小説が読みたいな」と。
優しいな、と思った。先輩はどこまでも優しい。
思えば、小説を読んでもらう約束もほったらかしにしていた。先輩との大事な約束だったはずだ。先輩から預かったUSBは、まだリュックから一度も出していない。
やること為すことが中途半端。不完全。灰にもならない。
燃え尽き症候群かもしれないと思った時点で、結果は決まっていたのだ。
「明日、データを入れたUSBを渡します」と一言返した。今更落ちたと打つのは辛かった。
父さんにパソコンを没収されていたけど、正直に事情を言って、データだけ入れさせてもらった。自分の成績のせいでパソコンを没収されているという事実も、自分自身を惨めだと思うには十分な材料だった。
むごいほど鮮やかに、俺は挫折した。
正直、明日学校に行ける自信があるわけではない。ベッドから這い上がって、制服に腕を通せるかどうか、定かではない。
一番後悔しているのは、十月の有様だった。
何をするでもなく、蒙昧に時間を食い潰した。その理由は、「自分には小説があるから」。そんなものはなかったし、ないこともわかっていた。にも関わらず、三万文字の小説を書き切ったことを口実にさぼりにさぼったのだ。
本心から小説家を目指しているのなら、応募してまた次の作品、それを応募してまた次、と間断なくチャレンジするはずだ。PDCAを回すはずだ。
それをしていない時点で、俺の想いの底は知れていたのではないか。
そう考えれば考えるほど、十月の自分が無様でならない。
口だけ番長とは、俺のことだった。
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