第八話 八森ランデブー
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十月一日の終礼は長かった。それは、早く部室に行きたいという俺の気持ちのせいではなく、実際時間にして十五分くらいはかかった。谷松先生は、その時間で俺たちに注意喚起をした。公共の場でのマナーについてだ。
話によると、一部のやんちゃな奴らが公共の場でどんちゃん騒ぎをしたらしい。やんちゃな奴らと言っても、サッカー部や野球部の連中ではなく、帰宅部かつ親の金で毎日遊び呆けているようなマジもんの奴らだ。制服で誠真高校とばれて学校に通報があり、応対した新人の先生が半泣きで謝ったとのことだ。その先生にはどうか強く生きてほしい。
「自分たちが誠真高校の看板を背負ってるんだという自覚を持って行動してほしい。原則、買い食いも寄り道も許されているわけではないし」
頼んだぞ、と言って谷松先生は委員長に号令を促した。
ひでぇもんだ。
暇と金を持て余して人様に迷惑かけるなんて、若気の至りにも程がある。だけどそういう奴らに限って、地頭が良くて成績がいいのがむかつくんだよな。それに問題を起こすようなアブない人間は謎にモテる。セルフ吊り橋効果なのかなんなのか知らないが、それだったら俺みたいな真面目で一途で無難なやつの方がいいと思うんだけど。
そんな戯言を胸にしまいこみながら、俺は部室に向かった。一ヶ月ぶりだ。「明日から休部解除させてください」というラインは送ってある。
久しぶりに会うので、どんな顔をすればいいのか分からない。笑えばいいのだろうか。部室へ歩きがてら、俺は笑顔の練習をした。運悪く同級生に見られて若干引かれたが、気にしないことにした。
ノブをひねる。
「お、お久しぶりでーす……」
「はーい、久しぶりだね、黒原くん」
先輩の第一声は、実家のような安心感を俺に与えてくれた。
「元気してた?」
「はい、元気してましたよ。先輩はどうでしたか」
「私も元気してたよ。でも私がうさぎだったら死んでたかも」
「先輩が人間で良かったです」
「うん。小説の応募、お疲れ様」
「どうもっす」
「読ませて欲しいって言ったら、黒原くんは読ませてくれるのかな?」
「恥ずかしいですけど、先輩なら大丈夫です」
「きゃーうれしい。じゃあ、今度ラインに送っておいて」
「わかりました」
わかりましたとは言ったけど、パソコンからスマホにデータを移す術を俺は持っていない。
そう言うと、「USBとかでできるんじゃないかな、家に余ってるのあるから、今度持ってくるよ」と先輩は言った。この人、機械にも詳しいのかよ。弱点がねぇ。
「記念すべき黒原くんの処女作を読めるなんて、本当に光栄です」
「ご期待に添えるかはわかりませんが……」
どうして一作目を「処女作」と言うのだろうか。男だったら「童貞作」じゃないのかな。心の中でそんなことを思ったけど、まさか先輩に言えるわけもなかった。際どすぎる。
「黒原くんと会話してるとすごく楽しいから、きっと小説も読んでて楽しい文章になってるんだろうなと思ってるよ」
「そんなにハードル上げて、いざ読んでみたら全然で肩を落とすなんてやめてくださいね」
「そのときはバレないように家に帰ってから肩を落とすよ」
「それが一番キツいですから!やっぱり見せるのやめます」
「嘘嘘!読ませて欲しい。それに心の底から、黒原くんの小説は素敵だと思ってるよ。なんていうかな、黒原くんが書いたっていうだけで私にとっては名作なんだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですけど……面白くなかったらどういうところ直した方がいいとか言ってくださいね」
「ラジャー」
この人なら、気になったところを本音で言ってくれるはずだ。
先輩は本を手に取っていた。本のタイトルの全部は見えなかったけど、「歌」という文字があるのは確認することができた。
「あれ、先輩。今日は勉強じゃなくて読書する日なんですね」
勉強道具の類も一切机の上にない。
「あー、まあそれでもいいんだけど」
先輩はパタンッと本を閉じ、期待を込めた目で俺を見た。
「黒原くんのお疲れ様会っていうのも込みでさ、カラオケ行かない?」
終礼のこともあって、寄り道することに抵抗がなかったわけではないけど、それでも本仮屋先輩とカラオケに行けるこの機会を逃すほど俺はバカじゃない。原則許されていない「寄り道」を先輩とすることは、それこそ俺に吊り橋効果のようなドキドキを与えていた。
学校から八森駅まで、先輩はバス、俺はチャリで帰ることにした。一緒にバスに乗っていたら、どんな顔でどんな話をすればいいかわからなかっただろうから、別々でよかったと思った。
なぜかわからないけど、事故らないかすごく心配になって、超絶安全運転を心がけた。ハンドルを両手で持ち、心臓破りの坂を下る時もブレーキをかける。そんなことをしたのは、雪が降る氷点下に帰った去年の冬以来だ(いや降りろよ、と今になっては思う)。無事先輩と合流できた。
六月に先輩と食べたうどん屋の近くにカラオケがある。カップルの先客が受付をしていた。無人の受付が台頭している今、まだバイトの人が受付をしているのはこの地域が都会じゃない証拠なんだろうな。
前のカップルはきゃぴきゃぴと楽しそうに会話をしている。先輩の横にいる俺はたまったものではない。今まさに俺が前のカップルをカップルと認識しているということは、俺と先輩も他の人から見ればそう見えるということだ。否、俺の雰囲気があまりにも芋すぎるため、その例から漏れる可能性はある。
いやはや。
ていうか、女子とカラオケにいくのなんていつぶりだろうか。
中学の時、楠本とか掛崎を含めた何人かでたまたまカラオケに行く流れになったときが最後だから……二、三年ぶり?
むなしくなるぜ……
「どうしたの、浮かない顔して。カラオケ苦手?」
先輩は、心配そうにこちらを見ている。
「いやいや、そんなことないです。でも僕、レパートリー少ないんすよね。アニソンしか聴いてこなかったんで」
「じゃあアニソン歌えばいいじゃん」
「あ、そ、そっすね……」
世の中にアニソンを歌うのを良しとしてくれる女子がいたのか!でも原曲キーがでるわけないから、オク下で歌うことになるが、それも引かないでくれるのかな!
「私も何曲か、好きなアニソンあるよ。家に楽譜あるし」
「そ、そうなんですか!」
「たとえば……」
先輩の口から出てくる曲は、アニソン界のレジェンドたちとも言える顔ぶれだった。もれなく俺も知っている。
アニソンを弾いている先輩を想像してみたけど、アニメの登場人物の誰よりもかっこよかった。
受付の順番が来た。
「僕やりますよ」
「ありがと」
名前 :黒原鉄山(我ながら珍しい名前だな、と今更ながらに思う)
電話番号:080―xxxx―xxxx
利用時間:F
学生人数:二人
紙を渡して、学生証を掲示する。
「それでは、お会計が千四十円になります」
一介の高校生にとって、レジに表示される四桁の数字は思わず拒否反応を出したくなるものだが、俺は瞬間的に精神力を超強化し、スムーズに財布を出そうとした。
すると、その手を本仮屋先輩に阻まれた。
「一旦私が出すから、後でちょーだい」
「あ、おけす。あざます」
いつ用意したのだろうか、先輩はお会計ちょうどを用意していて、トレイ(後で先輩に聞いたところカルトンと言うらしい)にすっと差し出した。
そのすぐ後でお金を渡そうとしたら、「今日は私が誘ってるし、黒原くんのお疲れ様会だから」と言って頑なに断られた。不甲斐ない。
部屋は二階の五十一号室。どうして二階なのに十の位が五なのかとても不思議だった。
二人には少々広すぎる部屋だったけど、荷物を置いたりするのにちょうど良かったし、先輩との距離感も間違えずに済むからむしろ救われた。
先輩はつまみ式の照明をグリグリして楽しんでいたが、結局「これぐらいかな」と言って暗めに設定した。
「どっちから歌う?」
正直歌どころの騒ぎじゃないぐらい俺は緊張していた。
暗めの密室に先輩と二人。何も起こらないし起こせないのはわかりきっているのに、いつもの数倍先輩の存在を意識してしまう。男子たるもの仕方のないことだろうけど。
それに先輩の……いやこれ言語化するかめっちゃ迷ったけど、先輩のいい匂いがする!部室だと古い本独特の匂いが空気中に混ざってるから気づかなかったけど、こんなだったのか!
香水……ってやつなのかな。
いやわからん!なんもわからん!俺には手に余る!余りあり過ぎる!
「じゃあ、一曲目は一緒に歌おっか」
俺がしどろもどろしているうちに、先輩は誰もが知る、歯科医のみで構成されたボーカルグループの大ヒット曲を入れていた。
はい、とマイクを渡される。
「せーの!あーしーたー」
「あーしーたぁぁぁぁ」
青春瞬間風速、更新中。
先輩が絶対音感を持っていることは以前から知っていたが、それにしたってここまで歌が上手いとは思わなかった。
先輩が歌った曲には知ってるものも知らないものもあったが、それら全てが名曲に聞こえた。テレビで見る歌手と比べても、なんら遜色ないように思われた。
先輩はアニソンも歌ってくれた。かっこいい曲はかっこよく歌い、切ない曲は切なく歌い、萌える曲はもえもえしてくれた。もちろん俺は先輩に萌。
選曲、デンモクの操作、その他佇まいからして、先輩はカラオケに行き慣れているように感じた。誰と行ったのか気になりはしたけど、それは聞かないことにした。
俺はというと、アニソンとか親父の車で流れているレトロなラブソングとかをオク下で歌ったけど、先輩は拍手したり「いいねー」と言ったりして盛り上げてくれた。
いやそもそも、最近の男性歌手の歌のキーが高過ぎる。彼らは一般人に歌わせる気がないのか。非凡だからこそプロなのかもしれないけど。
俺みたいな声の低い学生にも歌いやすい曲を作ってほしいものだ。
「大丈夫、歌っていれば、どんどん音域は上がっていくよ」
途中三十分ぐらい、先輩との雑談タイムがあったけど、そこで先輩は音域についての自論を語ってくれた。
毎日自分が出ない音域の曲を無理やり歌っていたら、いつのまにか出るようになるらしい。ならば俺は今日から風呂で歌の練習をしよう。次先輩と来た時、もう少しだけかっこつけるために。
カラオケに何時間ぐらいいたのかな。四時間ぐらいはいた気がする。一度も時計を見ることもなかったしその必要もなかった。時間を忘れる感覚を思い出した。
カラオケを出た後は、うどん屋に入った。
「楽しかったね」
「はい、もう僕の喉潰れかけてますよ」
「はは、私も」
そう言ってはいるけど、俺のひしゃげた声と比べて先輩の声は綺麗なままだった。
「でも、ちょっと寂しいかも」
先輩は学割うどん(温)を見つめながら声のトーンを落とした。
「どうしてですか」
「だって、来年はもうこうして黒原くんと遊べないかもしれないじゃん」
来年。先輩は晴れて大学生となり、俺はもう一年この制服を着なければならない。
「そうですね、大学生になったらバイトとかもあるし、何より先輩の第一志望の大学、圏外ですもんね」
「うん、黒原くんも受験とか小説とかやること増えると思うし」
当たり前のように、俺のやることに小説をリストアップしてくれたことが嬉しかった。
まるで想像もつかないけど、確かに俺は自分の進路を決めなければいけない。就職する選択肢は今のところ持ち合わせていないから、結局どこかしらの大学に進学することになるんだろうけど、今の学力で行ける大学が果たしてあるのやら。
ただ──
「来年も、暇だったら遊んでください」
俺は本仮屋先輩と来年も遊びたい。再来年もその次の年も、いや何歳になったって。
ここまで言い切りたかったけど、やはり俺はチキンだった。
「こちらこそ。いやさ、私も案外、友達少ないんだよね」
「え、そうなんですか」
「うん、だって放課後はずっと文芸部の部室に行って、早めに家に帰ってピアノの練習をしてたからさ」
「たしかに言われてみればそうですね。でも何回か、友達さんとわいわいしながら廊下を歩いている先輩を見たことありますよ」
「よっ友はたくさんいるの」
「なんか冷めてますねー」
「気がついたら隣にいるような友達、私には黒原くんしかいないよ」
「そ──それは光栄です」
はっきりと。
今、はっきりと友達と言われて俺は心のどこかを抉られた。
勘違いしてたのかもしれない。俺なら先輩にとって友達以上になれるかもしれないと。あわよくば恋人になれるかもしれないと。
そんな都合の良い勘違いは、ことごとく否定された。
先輩にとって俺は、どこまでいっても友達だったのだ。
気落ちしたのをなんとか隠そうと、俺は自分から質問した。
「でも、それなら先輩。カラオケには誰と行ってたんですか」
「誰とって?」
「いやなんか今日の先輩見てて、ちょっと慣れてる感じあったので」
「いい観察眼だね」
先輩は、うどんを食べるためにこしらえたポニーテールをぎゅむぎゅむと掴みながら、「んー」とか「あー」とか言って考え事をした。
そして最後に「うん」と言ってこっちを見た。
「九月にね、一人カラオケしたりさっきのよっ友とカラオケ行ったりしてたんだ」
「そーう、なんですね」
「そう、練習するため」
「練習……ですか」
「うん」
「なんの練習ですか」
「黒原くんとカラオケに行くための練習」
「ごふっ」
むせた。
一気に体温が上がる。頭に血が上ってくるのがわかる。もちろんそれは怒りとかではなくて、嬉しさと恥ずかしさで。
「なんか……それは……光栄です」
「だから黒原くんもはしゃいでくれてるみたいで良かった」
「いやそれはもう……おおはしゃぎでした」
心の中ではどんちゃん騒ぎが起きている。
わざわざ練習してくれたんだ……なんでそれを俺に言うのかな……
さっきの気落ちは月の彼方まで吹き飛んでいた。
そうですよ!俺は単純な人間ですよ!
今飲んでる水も無味のはずだけど美味しく感じてきた。いや美味しい。
「さ、出よっか」
先輩の掛け声で、俺たちは駅に向かうことにした。
俺と先輩の方面は違うから、いつも改札前でお別れをいう。
今日も先輩は、別れ際であの合言葉を口にした。俺も小さく手を振りながら返す。
こんな日が、一日でも長く続けばいい。
俺は心配になる。先輩が卒業する日、俺の心は原型を留めていられるのかと。
だって、また明日会うってわかっている今日でさえ、こんなにも心が苦しいのだから。
名残惜しさも束の間、先輩は自分の方面の階段へ踵を返す。
俺は、先輩の華奢な後ろ姿を間接視野に入れてから、自分のホームへ歩いた。
※
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