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プラトニック  作者: 島 尚夏
第二部 黒原鉄山 編
15/25

第五話 Calling…

最後まで読んでいただけると嬉しいです!

 夏休み最終日。夕方。

 俺は満足感を胸に、自室の窓から焼けた雲を見ていた。

 夏休みという膨大な時間を、夢に近づくために使えたことへの満足感だ。

 だけど、小説はまだ書き終わってない。進捗は半分くらいだ。与えられた時間全てを、小説に充てられたわけではなかった。スーパーの二階では、スマホを見てしまう時間もあったし、家に帰ってからSwitchをする時間もあった。

 もし、何をどう書けばいいのか最初から100%わかっていたなら、あるいはフルコミット、ノンストップで執筆できたかもしれない。

 しかし、いかんせん初めての作業だったから(つまづ)くところがたくさんあった。躓くたび、考えるのが少し億劫(おっくう)になり、他事をしてしまった(それも宿題以外の)。熟語とか接続詞とかを調べるついでに動画サイトを開いて、気がつけば二十分というパターンは何回あったか数えきれない。

 書きたいシーンが思い浮かんでも、そのシーンまでのつながりが思い浮かばず、とりあえず書いてみて「いやこれ違うな」の繰り返し。

 大元のプロットを変えようとしたことも何度もあった。月面旅行のままでいいのだろうか、太陽系を旅行したほうがいいんじゃないだろうか、もっとスケールを大きく、そしてディテールを細かく。でもやっぱり月面旅行の響きが一番しっくりきた。

 今日もまだやり足りない。もっと小説を書き進めたい気持ちは山々なのだが、宿題という、唯一確実に内申点を稼げるタスクがある以上、これをやらないわけにもいかない。

 宿題との戦闘前に、ちょっとだけ休憩しようとスマホを手に取ると、本仮屋先輩からラインが来た。

──今日、どこかで電話できたりするかな。それとも宿題やるので精一杯かな。

 俺が宿題溜めてるのはやっぱりお見通しかよ。

 前までは、先輩からのラインに返信するまで時間を置いていたが、今回はすぐに返信することにした。

──宿題はやらないとだめですけど、全然いけます。なんなら今からでも。

 即既読。

──今、、、まあいっか。じゃあかけるね。

 携帯が振動する。俺はかつてないプレッシャーを感じながら、通話ボタンを押した。

「もしもし」

『あーもしもし、黒原くん。久しぶりー』

「お……お久しぶりです」

 先輩の声は、なんだか反響して聞こえる。

『うん、どう元気?』

「元気です……なんですかその思いっきり社交辞令な挨拶は」

『えー、心からの言葉だよ』

「……そうですか、僕は元気ですよ。先輩はどうですか」

『私も元気だよー』

「なんか……先輩の声、変じゃないですか」

『なによー変って。女の子っぽくないってことー?』

「いやいやそうじゃなくて、なんかこもってるっていうか……」

『あー、そゆことね。私いま、お風呂入ってるから』

「おっふ、お風呂ですか⁉︎」

 しまった!ヲタク特有の「おっふ」がナチュラルに出てしまった!

『そうだよ、ぽかぽかしてる』

「ぽかぽか……でもお風呂入るにしては時間早くないですか?」

 まだ十七時過ぎだ。

『いやさー、夜にお風呂入っちゃうと、眠くなって勉強とか全然身が入らなくなっちゃうんだよね。だから夏休みは超早めに入るか、寝る直前に入ってるの。今日は前者』

「なるほど、そうゆうことですか」

 納得はした。だけど、たまに聞こえるチャプとかチャパという音がすごく気になる。なんだか悪いことをしてる気分だ。

「どうしたんですか、急に電話なんて」

『んーそうだなー、黒原くんの声を最後に聞いておこうと思って』

「なんですか!今からラスボスとの最終決戦に挑むんですか!」

『ははは、違うよ、勝手に死亡フラグだと思い込まないでよ。まさか、この私が死ぬわけないじゃない』

「今のセリフがまんま死亡フラグになってますよ!」

 ほんとに「またらいせ」になるのはごめんだ。

『なんか、お互いこの夏休み、色々頑張ったじゃん、それを(ねぎら)おうと思って』

「たしかに、先輩、受験勉強めっちゃ頑張ってましたもんね。模試でA判定出たんでしたっけ」

『そうだね、第一志望はA判定だったよ』

「僕よくわかんないですけど、A判定出たらもうほぼほぼ勝ちじゃないんですか」

『もしそうだったとしたら、油断大敵という言葉は生まれなかっただろうね』

「たしかに……」

『黒原くんも、九月末の締切に向かって精を出してたね』

「我ながら、よくやったなとは思ってます。サボってる時間も多かったですけど」

『ううん、きっとそれも必要なサボりだったんだよ。人の集中力の限界はせいぜい九十分って言われてるし』

「そうですね、ショート動画で見つけたかっこいい四字熟語を小説に登場させたこともありました」

『たとえば?』

「因果応報、神出鬼没、天下無双とかですね」

『ちょっと……どんなショート動画見てたの……っ……ふふ……あとどんな小説なの……早く読みたいなぁ』

 先輩の笑い声がスマホのスピーカーから聞こえる。

 胸を張って言おう。可愛すぎる。

「完成したら読んでください……ていうか、労うなら明日でもできたんじゃないですか」

『うーん、そうかもね。でも夏休み最後の日に振り返りをするの、ちょっとエモくない?』

「先輩も「エモい」みたいなザ・若者言葉使うんですね」

『だって……私も若者だもん……』

「はい!すみません、失言しました!僕が言いたかったのは、読書家で博学で、アマゾンの熱帯雨林で(しげ)く生え盛る木々の豊穣さ顔負けの語彙力を持っている先輩が、簡単で耳当たりの良い言葉を使うのが意外だったってことなのであります!」

『なんだー、そういうことなら最初からそう言ってくれればいいのに。めちゃくちゃ早口で弁明してくれてありがとう。やっぱり黒原くんと話してると退屈しないよ』

「嬉しいです」

『それでさ、今日も徹夜で宿題やるの?』

「そうですね、徹夜しないと終わらないですから」

『別に、何個か出さなくてもいいんじゃない?』

「そんなことしたら、僕留年しちゃいますよ」

『ふうん、宿題ってそんなに内申点に影響するんだ』

「そうですね、僕もある時までは、丸写しするぐらいなら出さないほうが男として潔いって思って宿題出してなかったんですよ」

『うん』

「でも、同じことして単位足りなくなって泣きながら自主退学した同級生がいたよって話を、いとこの兄ちゃんから聞いた瞬間、僕は男としてのプライドの一部を捨てました」

『英断だね』

「えいだん」

『英雄の英に、断罪の断』

「ああ、わかりました。それもかっこいい熟語ですね」

『私もそう思う。私さ、数ある言語の中でも日本語が一番すごいと思ってて』

「はいはい」

『日本語って、ひらがなカタカナ漢字の三種類を使ってるじゃない』

「そうですね」

『そんな言語、他にないと思うんだ。圧倒的に単語量が多いから、わずかなニュアンスの違いを汲んだ表現ができる。これって、言語を扱う側の人間からしたら、とても幸せなことだと思うな』

「なるほど……考えてみたこともありませんでした」

 和製英語みたいな、言語のねじれ現象が起きてるのも独特の文化なのかな。

『だから、小説を読んでいても、どんどん新しい言葉を覚えられるから、毎回新鮮な気持ちになれるよ』

「たしかに、小説読んでて、辞書を引かないことなんて滅多にないですもんね」

『うん。でも同じように、英語長文で毎回知らない英単語が出てくると、もうやってられないって気持ちになるな』

「あー聞きたくないなー英語嫌だなー数学も嫌だけどー」

 大体、将来英語を使う機会ってほんとにあるのかよ。俺海外に移住する気もないし外国の人とルームシェアするつもりもないぞ。

『まあでも、大学受験の科目に英語があるのは、興味がない、やりがいがないことをどれだけ本気で覚えたり使えるようになれるかの能力を問うためだろうねー。どんな仕事をやるにしても、その能力は必要になるだろうから』

「いやだ!大人になりたくない!ずっと青春時代がいい!」

『私も同じだよ。でも、心のどこかに少年少女の志があれば、いつまでも青春時代だと思う。そういう意味では、青春時代は終わらせないこともできるよ』

「じゃあ僕は、青春時代を終わらせないことにします、今決めました」

『私も真似しよー』

 少年少女の志が何にあたるのかは正直わからないけど、瞳がギラギラ輝いているうちは大丈夫な気がする。

 クラークの銅像を思い浮かべながら、そんなことを考えた。

『ねえ、黒原くん』

「なんすか」

『夏休みにあった出来事、何か教えてよ』

「わかりました。でも、大丈夫ですか先輩、のぼせないですか」

『私は長風呂大好きだから大丈夫だよ』

「そうですか、じゃあ……」

 楠本と一緒に、掛崎のお見舞いに行ったことや、その時少し波風が立ったこと、その帰りに楠本と散歩したことなどを話した。

 ちなみに、楠本がワンピースを着ていたこと、それに対して可愛いと思ったことなどはもちろん言ってない。

『へえー、そんなことがあったんだ……』

「そうなんですよ、病院なんて久しぶりに行きました」

『そうだよね、文化部だから怪我もしないもんね』

「代わりに何か運動しないと、体力が落ちちゃうぐらいですもん」

『あれでも、黒原くんは自転車通学だから、基本毎日運動はしてるよね』

「まーそうですけど、結局上半身はそこまで鍛えられないんですよ」

『そっか。動かすのは下半身だけだもんね。マッチョになりたいの?』

「そうじゃないですけど、ある程度は……逞しい体でありたいなと思って」

『あれー楠本さんに何か言われた?』

「いやいや、そういうわけではないですよ!」

 勘が鋭い。

『ふーん、楠本さんも隅におけないな……』

「え、何か言いました?」

『ううん、なんにも言ってないよ』

「そすか。あ、そういえば、楠本と男女の友情についての話もしました」

『おー、なんて言ってた?』

「あるって言ってました」

『そうなんだ、人によってやっぱ違うね』

「ていうか、この前先輩とこの話をした時、僕の意見ばっか言って先輩の意見聞きそびれてましたよね。先輩はどっち派なんですか?」

『そうだね──』

 もし先輩が「ない」と言ったら、俺と先輩の関係は果たして何になるのだろうか。先輩は俺のことをどう思っているのだろうか。

 先輩は、えっとねーとか言いながら考えている。

 俺は、先輩の回答によって、俺と先輩との関係性が浮き彫りになってしまうことに、後から気づいた。

 どっちだ……!

『どっちを言えば、黒原くんは喜ぶのかな──』

「え……」

 また難しいことを言う。突き放されているのか、それとも手繰り寄せられているのかわからない台詞だ。

「質問に質問で返すのが好きですね……」

『違うよーそんなつもりじゃないの。でも私もそこまで深く考えたことなかったな。今度この話をする時までに考えとくね』

「わかりました……」

 保留ということか。

 ただ電話をしているだけなのに、俺の心境は穏やかになったり荒くなったりと忙しい。

『友達以上恋人未満という言葉があるよね』

「ありますね」

『あの関係性の行き着く先は、友達未満恋人以上だと思う』

「……紙に書かないと以上以下未満が整理できないっす」

『あはは、そんなんだと実力テストで点取れないぞー』

「実力テスト、うわ、思い出したくなかった〜そんなのあるじゃん」

『休み明けにテストがあるの、よく考えたら意味わからないよね』

「そうですね、でもいいんです。実力テストはじ」

『実力でいかないと、ってことだよね』

「……そうです」

 読まれた。

『あれは、そう命名した誰かが悪いよね』

「そうですよ、もし実力テストの名前が『夏休みの勉強の成果だすぞテスト』とかだったらもうちょいやる気出るんですけどねー」

『でも黒原くんは宿題最後までしない人だから、あんまり変わんないじゃん』

「あ、そうでした」

 また先輩があははと笑った。

 気づけば、もう三十分は電話をしていた。

「先輩、僕そろそろコンビニに行ってきます」

『何買いに行くの?』

「夜の宿題写しのお供です。エナドリとか」

『あーなるほどね。私もそろそろお風呂上がって、また勉強の続きやろうかな』

「お互い、いい最終日にしましょう」

『そうだね、電話してくれてありがとう。楽しかった』

「こ、こちらこそ楽しかったです!」

『うん、じゃあまたらいせ』

「はいまたらいせ」

 どっちも電話を切らないノリが発生すると思って、期待半分にスマホを耳から離したらもう通話終了の画面が表示されていた。

 俺の右耳は、少し汗ばんでいる。スマホを強く当てすぎていたみたいで、ちょっと痛い。

 例えば俺がサラリーマンだったとして、終わらない仕事、口調のきつい上司、割に合わない給料に日々悩んでいたとして、その悩みがかなり深刻で毎日頭が痛くなるほどだったとして、それでも先輩との電話一本で全て吹き飛ぶだろうと、確信した。

 ほとぼりが冷めやらぬまま、俺はコンビニに向かった。もちろんスキップで。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

次のお話もよろしくお願いします!

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