第三章 もてなし 二話
お昼時と言う事もあり、医学生たちの食堂は賑わっていた。
そんな中、トードが食券で注文し、厨房に向かい、券を差し出すと、不愛想な店員が渋々と言った感じで食事の乗っていたトレイを差し出す。
今日のトードのメニューは、カルボナーラ。
どの席に足を運ぶか見渡していると、一人の見知った医学生の女性に目を付け、向かって行く。
「やあネイム。前、良いかい?」
「……」
トードは気さくに聞くが、ネムイと言う女性は、トードを見向きもしないで、黙々と、サンドイッチを食べていた。
このネムイと言う女性も、トードを同期の医学生。
茶髪のショートヘアーで、目つきが鋭く、出来る女、と言うイメージが強い女性。
彼女もまた外科医を目指していた。
トードは、返事を待っていたが、何の反応もしないネムイに、口を真一文字にさせ、座るな、と言われる事を覚悟でネムイの向かいに座る。
「今日の研修どうだった? 疲れてない?」
「……」
無言だと決まづく感じたトードは何気ない会話をしたが、相も変わらずネムイは無視し続けていた。
どうすれば良いのか考え込んでしまうトード。
思考を巡らせては見るが、ネムイはかなりの人間嫌いで、近付くものは全て敵とみなすくらいの一匹狼。
そんなネムイが、しつこく話しかけてくるトードにうんざりしたのか、大きな溜息を吐く。
「貴方。いい加減にしてくれない。そんなお人好しで居ると、ここじゃ生き残れないわよ」
トードの善意などお構いなしかの様に、牙を向けてくるネムイ。
「僕は別にお人好しってわけじゃないさ。ただ君がいつも一人でいるし、あまり良い噂を聞かないから、その、心配で」
少し暗い表情で言葉を繋げようとするトード。
「それをお人好しって言うのよ」
ネムイはトードを睨みつけ、再び食事を再開する。
すると、トードはこのまま話しても埒が明かない、と判断し、思わぬ行動に出る。
それは、ネムイのサイドメニュ―の、フライドポテトを少しだけ奪い、美味しそうに頬張ったのだ。
「うん、美味しいね。ケチャップにほんのり磨り潰したニンニクを混ぜていて、これが良いアクセントになってるよ」
無邪気に語るトード。
もちろん、トードは相手からただ奪うだけじゃない。
お詫びとして、自分のカルボナーラを少し分けようとしていた。
そう行動しようとした次の瞬間。
ヒュッ!
「……ん?」
何か風を切る音がトードの耳に入ったと思ったら、何か自分の口、正確には唇に違和感を感じた。
口を開こうにも開かず、喋りたくても塞がっていて喋れない。
「んっ、んんっー!」
なんと、トードの唇がいつの間にか糸で縫われていて、完全に塞がっていたのだ。
それに気付いたトードは酷く動揺する。
ネムイは、腹が立ったのか、片手に手にしていた針に糸を通し、横一文字に、針を手にしている指を、トードの唇目掛け、塗っていたのだ。
ただ、腕を振るったぐらいにしか見えなかったのに、ネムイは、その一時の間だけで、トードの唇を綺麗に縫い合わせたのだ。
「知ってる? どんな家畜でも人権はある。それが今までの法だった。でも今は違う。強者が弱者の軸を操り、弱者は強者の糧になるしかない。これが証拠よ」
野生の獣が、怯えたウサギを睨みつける様な眼差しで、語気に威圧感を込め口にするネムイは、言い終えると、トードのカルボナーラを奪い、飲み込むようにして、品性の欠片も無い様な食べっぷりで、瞬く間に間食した。
絶句し、驚愕な目でそれを見守る事しか出来なかったトード。
「これに懲りたら、二度と私に話しかけてこないで」
ネムイは口元に着いたソースなどを、二の腕周りの衣服で豪快にぬぐい取ると、捨て台詞を吐き捨てる様にして退席した。
誰もが二度と話しかけてやるもんか、と思う状況下ではあったが、トードは違った。
トードは急いで縫われた糸を解いた。
幸いなことに、ただ糸を通しただけで、玉留されてはいなかったので、以外にもすんなりと解けた。
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今回はここまでとなります。
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