十章 向けられた目 六話
月日が経ち、アッシュは晴れて外科医になり、約束通り、自分の妹、ルイの脳梗塞を手術するための計画を練っていた。
既に院内で許可を貰い、手術の日まで一週間を切る。
だがそんな中、ネムイたちはある目論見を立てていた。
深夜の一時、ネムイたちは院内の事務部門の事務部屋で集まっていた。
「医師になってダージュ先生の懐に前以上に潜り込めたよな」
「ああ。今が好機かもしれない」
ライアとカズイが部屋の隅っこで警戒しながら喋っていると、ネムイとアッシュも中に入る。
「バレてない?」
「大丈夫。周囲には誰も居ない」
ネムイが扉を閉めるアッシュに念を押す様に口にすると、アッシュは息を呑むように口にしながらゆっくりと音をたてないように扉を閉めた。
「来たな」
「ああ。でも本当に良いのか? 今更だけど、お前たちを巻き込んで」
カズイが出迎えると、アッシュは少し申し訳ない気持ちで口にしていく。
「なに言ってんだ。ここからは皆一丸となってだろ。だからこそ、ダージュ先生の弱みを握り、世間にそれを公表し、医療界だけでなく、いま危機に陥っているギゼン国も救う。本来のあるべき過去の姿に変えるためなんだからな」
ケロっと笑顔で口にするライア。
それを聞いたアッシュも、心強い仲間だ、と思って安堵する。
アッシュたちの狙いは、事務部屋のダクトから、ダージュの医務室に忍び込み、ダージュの弱みになる様な証拠を押さえようとすると言う魂胆だった。
トードの遺志を継ぎ、また今まで、ダージュたちに理不尽に葬られてきた医学生や仲間たちの無念を晴らそうと、一丸となっていた。
しかし、実際は、ネムイたちはダージュの命を狙おうとしていたが、アッシュはトードの遺志を継いでいて、ダージュの医療界のルールを根本的から瓦解させ、本来のルールに確立させるのが狙い。
ただダージュだけを殺して終わりと言うわけではないのがアッシュの想い。
だからこそアッシュは、ダージュから何か弱みになる様な不正の様な証拠を探り、公に公表し、医療界の変革を狙っていたのだ。
しかし、ここまで悲惨な医療界の現状を知って尚、世界の市民たちはそれを受け入れ、それを良しとしている。
だが、世界中がダージュの思想に同意しているわけでもないのも事実。
現在は世界の七割がダージュの医療界のルールを受け入れている。
前までは九割が占めていたが、ギゼン国とグイリバナ国の一件で、ギゼン国が世界に猛抗議しているのだ。
ギゼン国の言い分はこうだ。
『アメリカの大統領は、ダージュ・バイソンと結託し、グイリバナ国だけでなく、ギゼン国すらも我が支柱に収めようとした。その証拠に、我らギゼン国の兵士たちが
対峙した、ダージュの右腕と称される、ウイリー教官が攻撃してきた事実。そしてこれはギゼン国とグイリバナ国が抗争状態の時の物だ。アメリカや他のニュースでは、我が国の自作自演と笑い、ギゼン国がグイリバナ国を陥落させたなどと言うデマを流す。ウイリーがギゼン国を攻め落とそうと言うのなら、そのトップのダージュがグイリバナ国でも目撃され、同時刻にグイリバナ国を壊滅させようとしたのは至極当然と言える。グイリバナ国民たちはダージュに懐柔され、真実を知る者は一人も居ない。だから我々ギゼン国は、この真相が闇に葬られる事だけは、国を犠牲にしてでも究明されなければならぬ事案だと思っている。でなければ、ダージュとアメリカの大統領がこの世界を、文字通り支配するだろう。弱肉強食の猛禽の世界になって、貴方たちは、本当にそれを望んでいるのですか? このままでは最低限の平等な社会すらままならなくなってしまう。どうか世界の皆様方、目を覚まして、ダージュ・バイソンとジョーン・グライを見極めてほしい。皆様方の意志が、我々ギゼン国の国民と一致している事を、心から願います』
テレビでそう熱を込めて語るのは、ギゼン国の大統領、ダロルド。
実は、アッシュたちがギゼン国から帰国し日時がそう経たない内に、元グイリバナ国民や政治家、著名人たちは、アメリカ国と合併したと言う話ししか聞いておらず、今のグイリバナ国の大統領が、ダージュに殺された事も知らない。
知っているのは、今まで以上に、手厚い厚遇をしてくれて、それで元グイリバナ国の人たちは、アメリカがとてもいい国、と言う認識が根強く植え付けられ、今となっては、ジョーンがグイリバナ国の大統領になる事を望み、またグイリバナ国がアメリカになる事も強く望んでいた。
そのニュースは、世界中で瞬く間に取り上げられ、流石はアメリカだ、とギゼン国や一部の国を除いて、称賛された。
グイリバナ国の国民たちが、ギゼン国と戦争をしていたのは知っていたため、ギゼン国側のニュースは、ただアメリカだけでなく、敵対していたグイリバナ国における嫌がらせ、だと思われているのが大半だった。
何故ならグイリバナ国を我が物に出来なかったギゼン国の不満と捉えていたためだ。
だが、ギゼン国は断じて虚言を口にしているわけではない。
ダロルドだけでなく、スインと言う人格者が居る中で、嫌がらせでアメリカや世界に抗議しているわけではない。
それはアッシュたちも分かっていたし、むしろ、ダロルドやスインたちの身を案じて電話で連絡し合ったくらいだ。
アッシュたちはギゼン国からアメリカに帰国している間にそのような事件が起きていたなど夢にも思わなかった。
それだけでなく、ダロルドたちは、グイリバナ国を支柱に収めたのがアメリカ側と言う強い根拠と証拠を隠していた。
その証拠と言うのが、何を隠そう、アッシュたちだった。
アッシュたちの生き残りであった医学生たちが証人となれば、今まで以上に証拠として信憑性があるにも関わらず、ダロルドたちは、アッシュたちの身を案じ、危害を少しでも免れるためにも、アッシュたちに証人となってもらう事を止めたのだ。
仮にアッシュたちが証人となり、ダージュの指令でグイリバナ国とギゼン国にゲリラ戦闘員となる事を口にし、辛い思いでも語っていたのなら、体制も変わっていただろう。
それだけでなく、ネムイがダージュとやり取りしていた音声データ。
これが一番の証拠になるが、仮にこれをニュースで取り上げてしまったら、アッシュたちの命がダージュだけでなく、アメリカからも狙われ、アッシュたちの家族や友人にも多大な被害を与えてしまう。
だからこそ、ダロルドとスインは入念な話し合いの中、その証拠を隠蔽したのだ。
アッシュたちも分かっていた。
ダロルドたちが自分たちに考慮し配慮してくれた温もりを。
そして、場面は切り替わり、アッシュたちがダクトの中に入ろうとする。
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