第二章 野望 三話
「すまない。二人とも。助かったよ」
トードが去った脅威から安堵したのか、大きく深呼吸をしてライアとカズイに頭を下げる。
「良いってそんなの。同じ釜の飯を食う同士だ。世の中助け合いこそがモットー見たいなもんだしな」
明るい表情でニンマリそう言い切るライア。
「その通りだ。俺たちはこの業界に足を踏み入れた時から、持ちつ持たれずの友愛の関係を気付くべきだ。アッシュの言っている事は三割が正論、と言った所だ。冷酷こそがこの業界を生き残れる。これは言うまでもないが、弱者が強者に虐げられる事を示す。だが、それは誤りだ。俺たちは獣じゃない。人間だ。医療で人を救うには、腕だけじゃなく、心も問われる。俺はそう信じている」
カズイの力強い言の葉に、トードとイムは自分たちと同じ志を持った同士だと再確認した。
トードとイムも、ライアとカズイが、力や知識、技術も、この中ではずば抜けていた事は知っていた。
噂ではあるが、ダージュはこの二人に一目置いているらしい。
そんな安堵した中、一人の陽気な男が近付てくる。
「なんだ、終わったのか?」
抜けた面持ちでぶらぶらとした足取りで近付いてくるのは、ハラア・デスマと言う、トードたちと同期の研修生。
肩まで垂れ流したベージュの髪、睫毛が長く、いつもふざけている様な面持ちの男。
「ほんとお前はチキンだよな。いつも揉め事が収まってからのうのうと出てきやがって」
ライアが眉を顰め、呆れながら口にする。
「良いだろ別に。ゴクゴク、プハー」
なんと、ハラアはまだ十代だと言うのに、お酒を飲んでいた。
瓶に入っているビールをぐびぐび飲み、幸せそうな面持ちをしていた。
「なあハラア、やはり隠れて飲酒は良くないよ。どう見ても医師の素行に関わるし、ばれたら一大事だ」
トードは不安な面持ちで口にする。
もちろん、病院での飲酒や喫煙は御法度。
バレれば医師免許は剥奪され、医療業界からは永久追放。
それに、個人病院を設立したくても、ダージュの許可なく、開く事は出来ない。
ましてや、ダージュの思想の旗のもとに居るならば、落第、つまり殺されても文句は言えないのだ。
「大丈夫大丈夫。これノンアルコールだから」
「そう言う問題じゃなくて。まだ研修中でしょ。もうちょっとシャキッとしなさいよ」
イムがハラアの穴をひっぱたき、活を入れようとしても、ハラアはケラケラ笑っていた。
ノンアルコールだろうが駄目なものは駄目なのだが、ハラアは、基本、揉め事は嫌いなはずなのに、バレるかバレないかの擦れ擦れの規則違反を犯そうとするのが快感にも感じていた。
「やれやれ、そんなんじゃ、患者は寄り添わないぜ。君はもう少し、基本をマスターした方が良い」
カズイも呆れて口にするが、ハラアは聞く耳を持たないように、まだ剽軽な笑い方をしていた。
「てかさ、皆って晴れて外科医とか医師になったら、何かしたい事とかある?」
「なんだ? 随分唐突だな」
ハラアが一本、ビールを飲み終えると、何の前触れもなく口にする。
そこで、カズイが意外そうな面持ちをして答える。
「いやさ、今まで死に物狂いで研修生やってきただろ? 医療から少し離れて、何かやりたい事、ないかと思ってさ」
「なに馬鹿な事言ってんだ。この業界に足を踏み入れた時点で、逃げ場はねえんだぜ。契約書にも書いたろ? 研修員として入った時点で、自身の臓器や、命そのものを献上しなければいけないんだ。合格したってその先も死に物狂いさ」
ライアが馬鹿々々しい見たいなノリで口にしていく。
一度、ブラックバイソンクリニックに関与するだけで、臓器提供は勿論、命すらっも捧げなければならない、死臭が蔓延する死のクリニック。
影では死神医院とも呼称されるほどだった。
「僕は、この医療業界を……改革したいな」
「「えっ⁉」」
誰もが本気に相手にしない様な空気の中、なんと、トードが真剣な面持ちで口にする。
「本気なの?」
イムは口元を両手で塞ぐようにしながら目を大きく開く。
「うん。僕にはそれだけの理由があるんだ」
「ああ。確かに、君にはそれだけの理由がある事は、俺たちも存じ上げている。だが、それを実行するって事は、君は、ダージュ先生を、殺すと言う事になる。ここじゃポジションを殺して奪え、なんてのが規律としてある。だが、実際、ダージュ先生を殺すには無理がある。分かるだろ。君にも」
「……うん。でも諦めない。僕は、父さんの墓の前で、そう誓ったから」
カズイが警告でもするかのように、少し心配しながらも口にする。
だが、トードは、揺るぎない眼差しだった。
ここまでお読みいただき、また評価して下さった読者の皆様方。本当にありがとうございます。
今回で第二章は終わりです。
次章からも是非ご一読ください。
宜しくお願いします。