第八章 奇跡を起こせ 七話
一度深く深呼吸するスイン。
それは緊張でもなければ恐怖でもない。
ただ、心臓が止まった状態で、五十メートルも走る事が出来るのか、と言う不安からだった。
一か八か大博打。
トードとアッシュはひたすら泣いていた。
武運と感謝を込め。
「始めろ」
「ああ」
ダロルド将軍たちは、道になる様に列を作り、スインの勇士を見守る。
そして。
バン!
発砲音が鳴ったと同時にスインは走り出す。
心臓から血をドクドクと流しながら、必死な形相で走り出す。
呼吸がしたくても、出来なくなってしまったその体を、めいっぱい引きずる様にして走り出す。
「かはっ!」
吐血もし始め、土砂物でも吐き出す様な血の塊も吐き出す。
それでも尚、走り出す。
一人一人の兵士たちが、先程と違い、鋭い眼光をスインに向ける。
「スイン将軍! 頑張って――!」
思わずトードは、人の事など気にせず、けたたましい声で声援を送る。
アッシュも同じく続く。
痛みと苦しみで泣きながら走っていくスイン。
残り五メートル。
片腕を前に伸ばしながら必死に走り続ける。
後二メートル。
意識が既に定まっていなかったスインは、最後の最後で、走るのではなく、片足で地面を強く蹴り、ジャンプした。
その時だった。
スインは意識を手放した。
ドサッ!
地面に倒れてピクリとも動かなくなってしまったスイン。
急いでスインに近付くダロルドたち。
「……ギリギリ届いたか。流石だな。あれだけ威勢を張ってただけはある」
どこか笑って結果を見たダロルド。
トードたちも、身柄を拘束されている身にもかかわらず、両手を拘束されていた状態でスインの元にまで走り出した。
「スイン将軍! スイン将軍!」
「……スイン将軍、貴方は紛れもない、英雄でした。今までも、これからも」
トードは亡きじゃくり、アッシュは下唇を噛みしめながら、悔しそうにしながら言っていた。
救えなかった。
その意味だけが、脳裏を鮮明に過る。
「すいません。ダロルド将軍。こいつら止まれと言っても聞かなくて」
「構わん。この二人の拘束を解いてやれ。それより先程もってきたあれを持ってこい」
ダロルドの指示にテキパキと動く兵士。
先程、ハンドガンと一緒に持ってこさせたアタッシュケースが、トードたちの前に運ばれる。
トードとアッシュは嗚咽を漏らしながら泣いていると、ダロルド将軍が話しかけてきてくれた。
「彼は大した男だ。まさに大器であった。君たちも良く見届けてくれた」
「いえ、自分たちは何もしていません。ただスイン将軍に守ってもらっただけです」
優しく声をかけてくれるダロルド。
トードはむせび泣きながら答える。
今まで見ていた中で一番つらかった。
スインの行動は、何にも代えられない、偉大な男の生き様だった。
そこへ、ダロルドがトードたちにアタッシュケースを差し出す。
「君たちには申し訳ないが、もうひと働きして貰えないだろうか?」
「はい。ギゼン国の兵士の皆さんの治療ですよね」
ダロルドの意味深な言葉と思えた。
しかし、トードたちはダロルドの言葉から、ただ負傷したギゼン国の兵士の治療か、と真っ先に思った。
アッシュもそう思い、泣くのを堪え、鼻を啜ってダロルドの要請を受けようとした。
だが、ダロルドの帰ってきた言葉は。
「もちろんそれもある。だがその前に、彼を救ってやってくれないか?」
そう言うと、アタッシュケースの中を見せてきたダロルド。
「えっ!」
「こ、これは」
なんと、ダロルドが見せてきたのは、真空パックされていた心臓だった。
それを見たトードとアッシュは驚愕する。
そう、ダロルドの狙いは、スインに心臓移植をしてくれ、と言う要望だった。
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