第八章 奇跡を起こせ 六話
「私はどうなってもいい。せめてここに居る医学生に君たちの負傷した兵士の治療に当てさせてくれ。身勝手な言い分だと言うのは百も承知だ。そしてどうか、我が国との和平を」
懇願するスイン。
その言葉に少しは心を開き始めてきたダロルド。
どうやら命がけで交渉しに来た事を察し、ある程度は信用できる人間と思えてきたらしい。
暫し、沈思黙考する敵兵士たち。
「ただでとは言わん。今回の責任を重く受け止め、私はこの場で命を絶つ。それでどうだ?」
その言葉に目を引ん剝くトードとアッシュ。
「なるほどな。筋は通っているが、それではいくら何でも食傷すぎて芸が無いと言うもの。なのでもう一つ条件を付けくわえる」
一体何が? と思いながら身構える様にして聞くスインとトードたち。
「ここからあそこの岩山まで大体、五十メートルだ。あそこまで貴様が無事に辿り着けたのなら貴様の要請を汲んで、私自らギゼン国の大統領に反旗を起こすことを約束しよう」
「無事に辿り着く? 死んだ状態でか?」
ダロルドの言葉に不可思議な疑問を持つスイン。
「そうだ。この後、貴様の心臓を撃ち抜く。その状態で五十メートル走り切るのが条件だ」
「なっ⁉」
「そ、そんな」
不敵に微笑む敵兵士の将軍の言葉に、恐怖の旋律を嫌でも感じるトードとアッシュ。
「ま、待ってください! 心臓が止まれば十秒ほどで意識が失われ、動けなくなります! それに血流も止まり、思う様に体は動かなくなるんです! どうかスイン将軍、考え直してください!」
「――分かった。飲もう。その条件」
「す、スイン将軍⁉」
トードとアッシュは必死にスインを説得しようと試みるが、既に覚悟を決めていた面持ちをしていたスイン。
恐怖も焦りも後悔も感じていない様な様子。
そんなスインは「私の命一つを懸けて、国が傾くなら安い物だ。どうか君たちは見守っていてくれ。必ず完走して見せる」と揺るぎない意志を見せつけると、トードとアッシュは目を大きく開き言葉が出てこなかった。
「あれを持ってこい」
「はっ!」
ダロルドが一人の兵士に声をかけると、兵士は敬礼して迅速に行動する。
持ってきたのはアタッシュケースとハンドガン。
誰がどう見ても、そのハンドガンでスインの心臓を撃ち抜け、と言うものだと言うのはトードたちはすぐに理解し、苦悶の表情で涙を流し始める。
間違いなく、スイン将軍は死ぬ。
それを分かっていた。
今まで散々、助けられてきた。
恩があると言ってもいい。
自分たちの試験の都合で、治療させてもらい、保護までしてくれた。
我儘も聞いてもらった。
そんな大恩人が、今、目の前で死のうとしている。
スインは手渡されたハンドガンを躊躇なく受け取る。
すると、スインは優しい面持ちでトードとアッシュに振り向く。
「トード君。君はリーダーシップがある。その気になれば、あのダージュ・バイソンを凌ぐ人徳を用いてる。だからこそ、今の医療界を変えてくれ。あんな残忍な男に医療を委ねてはならない」
「はい!」
泣きながら答えるトード。
「アッシュ君。君は人付き合いが苦手なようだが、どうか、家族に対する優しさを、少しでいいから他人にも分けてあげてくれないか? そうしたらきっと、君の人生は、支え合う素晴らしい人でしか埋められない何かに変わる。それは財産になり、いずれ間接的にその財産が人々に笑顔をもたらす」
「スイン将軍、はい!」
最後の言葉。
それはあまりにも微弱でありながらも、何にも代えられない重く価値ある言の葉。
スインは、トードとアッシュに、言いたい事を言え終えると、心残りが無いようにして、スタート地点に着く。
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