第七章 駆け引き 七話
スインも何か事情がある事は察していたが、何故、敵軍の兵士の治療がしたい、と言ってくるのか、見当が付かなかった。
そこで、トードが、アッシュとスインの前に出てきた。
「あの、スイン将軍。アッシュは、味方が不利な状況になるのは承知の上で聞いてるのだと思います。それに、こんな事、貴方たち、軍人の皆さんに言うべきではないかもしれませんが、戦争で、多くの人が傷つき、死んでしまいます。僕たち医者は、争いのために駆り出されるなんて、本当は望んでません。病で苦しむ人や事故で怪我をした人のために尽力したいと、常日頃、願っています。なので、僕からもお願いです。どうか、ギゼン国の兵士の人たちも助けさせてください。これ以上、血で血を争う戦場で、治療なんてしたくないのです」
相手の情に訴えかけるトード。
それを聞いた兵士たちが、激怒したのか、トードの足元に何発か撃ちこむ。
恐怖と驚きでビクンと体を跳ねらせるトード。
「それでは何か⁉ 俺たちはお前たちの治療を受ける資格は無いとでも⁉ こっちだって国や家族のために命がけで戦場に来てるんだ! それを言う事に欠いて俺たちは貴様らと対等ではないと⁉ 俺たちはモルモット以下とでも言いたいのか貴様は⁉」
剣幕を突き立てトードに銃口を向けるグイリバナ国の兵士たち。
「い、いえ、決してそのような事は! ただ僕たち、人間は本来、争う事で負う傷は、余りにも嘆かわしい事です。どれだけ犠牲を払ったら、この負の連鎖から抜け出す事が出来るのですか? 負う傷にしても、そこに価値はあるのですか?」
戦々恐々としながら、頭をフルに働かせ、言葉を繋げようとするトード。
それを聞いたグイリバナ国の兵士たちは、納得がいかなかったのか「スイン将軍! この者の射殺の許可を!」とスインの言葉を引っ張り出そうとするグイリバナ国の兵士たち。
スインはと言うと、顎を摘まみ、沈思黙考でもするかのように黙り込む。
スインの言葉を待つ兵士たち。
その間、トードはとてもではないが生きた心地がしなかった。
アッシュも同じだ。
そこで、ゆっくりと目を開けるスイン将軍。
「……やれやれ、この様な二世代も離れた年の子に、思い出させられるとは」
「スイン将軍?」
グイリバナ国の兵士たちは、身を固めながらも、顔だけをスインに向ける。
「君の言う通りだ。我々は血で血を争う戦争を、旧石器時代から続いていたが、これに終止符を打つ者など今の今まで一人として現れなかった。国のトップはメンツと保身のため、兵士を派遣する。それが嫌で私は軍のトップとなり、この血塗られた連鎖にピリオド打ちたいと息巻いていたが、結果、国の重責を肌で感じ取り、大人のメンツと保身がどれほど価値あるものかと思い知らされ、昔の夢を断念した。だから君の様な若者が命を懸けて、話してくれたその言葉は、我が国の大統領以上に価値あるものと、どれほど我々兵士は罪深いのだ、と思い出させてくれた」
スインは儚げな瞳で、自分の国の方角を見ながら語る。
それを聞いた兵士たちも先程までの殺意が収まったかのように、武器を下ろし、俯いてしまう。
あまりにも罪深い自分たちを見つめ直すかのように。
「トード君、アッシュ君。君たちの意志ではなく、私の意志でギゼン国の兵士たちを治療させてくれないか?」
「えっ?」
スインの言葉を聞いたトードとアッシュは呆けてしまう。
「ともに行こう。前線へ」
優しい面持ちで、トードに手を差し伸べるスイン。
すると、ギョッとした表情になってしまうグイリバナ国の兵士たち。
「それは危険です! 将軍自ら前線に行くのは! せめて私たちが彼らの護衛として着いていきますので、将軍はここで現場の指揮を!」
「いや、ここは私が行く。ある程度の立場の人間の言葉でないといかん。伝令などまっぴらだ。それにこれは停戦ではなく、和平を結ぶため物だ。大統領の名など知った事ではない。今回の事の件が気に食わないと国防総省や大統領がとやかく言うのならクーデターを起こしてでも黙らせるつもりだ。お前たち若い兵は私の後を継ぎ、国を担ってくれ。君たち軍人こそが、国を支柱に収める器だ」
威厳良く口にするスイン。
兵士たちは、その言葉を胸に刻み、ただ黙ってしまった。
「後は頼んだぞ」
スインは兵士の一人の背中を軽く叩き、優しい笑みになる。
「お、お待ちください将軍。医療セットの在庫は、もうほとんどありません。和平を結ぼうにも、それ相応の誠意が必要ですし、手ぶらで行くのはまずいきがします」
近くの兵士がおどおどとしながら前に出て物も押す。
それを聞いたスインは「それは困ったな」と顎を摘まみ、何か良い物はないか、と思案顔になる。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回で第七章は終わりです。
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