第七章 駆け引き 五話
「でも、本当にそうかなあ」
「は?」
突如、トードは悩みながらも口にすると、これに異を唱える者がいる事に呆れるを通り越して、ネムイは何かがプチンとキレた。
「いや、あのさ。確かに組織って、同じ考えの人同士だからこそ、共に困難を切り抜けるものだけど、じゃあ僕たちは? これを機に正直に言わせてもらうけど、僕たちは全員が同じ価値観なわけがない。さっき医学生の人たちは治療中に、自分たちの合格のために患者を治療出来て良かったみたいなことを迂遠に言っていたけど、僕は到底、そんな言葉は受け入れられない。だったら、どうして、僕たちは皆が全員違う価値観でありながら、同じ志を持てているのか?」
「つまり何が言いたいの?」
トードが思わず立ち上がり、熱弁すると、癇に障ったかのようにネムイが、その先を促す。
「僕が言いたいのは、部下が必ずしも、上司であるスインさんと同じ価値観ではないと言う事。全員が生き残りたいと思う考えは同じであっても、その人に対する認識は同様とは限らない。だから僕は信じてみる。スインさんを」
トードは拳を握りネムイに見せつけながら自分の強い意志を訴えた。
ライアたちは、どこか呆けた顔をしていたが、トードの純粋な気持ちを知っているからこそ、自然と笑みになる。
トードなら言う、と。
しかし、ネムイは。
「勝手になさい。どうなっても知らないわよ」
お人好しのトードに心底、呆れたネムイは、食器を持ったまま、その場を去った。
「……俺も行くぜ」
アッシュも食器を持ち暗い面持ちのまま立ち上がる。
すると、ライアが立ち上がり、ネムイに近付いていく。
ネムイは食べ終わった食器を洗っていた。
「なあネムイ」
「気安く話しかけないで」
穏やかに話しかけてくれるライアに対し、愛想悪く黙々と食器を洗うネムイ。
かつては仲の良い姉妹だった。
その関係に戻したかったライアは、根気よくネムイに話しかけ続けていた。
「お前が過去の事で俺様を恨む理由は理解している。けどさ、トードはどれだけ逆境の渦中に居ても、相手を信じ続ける。だからお前も、少しは人を頼って信じてみろよ。きっと、違う景色が見れるはずだぜ」
「……交代の時間よ」
儚げに語ったライア。
ネムイは俯き、表情を隠す様にして、その場を去り、患者の容態を確認するため、医療テントに戻る。
ライアは、大きな溜息を吐いて、渋々、トードたちの所に戻っていった。
夜が明けた後も、次々と患者が運ばれてきた。
軍医として、働き続けるトードたち。
そんな生活が、五日経った夕方。
トードは休憩のため、外の空気を吸いに行く。
すると、アッシュがギゼン国の方角を見ながら、落ち着かない様子だった。
「アッシュ、どうしたの?」
「ああ、トードか」
トードはアッシュの隣に立ち、同じ方角を見てみる。
「そう言えばここに来てから、ずっとギゼン国の方角ばかり見てたけど、もしかしてギゼン国の兵士の人たちの安否を気にしてるの?」
「……お前には関係ない」
憂慮しながら聞いてみたトードの言葉に、アッシュは浮かない顔でそう言うと、再び医療テントの所に戻っていった。
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